01:狩猟
約10話ほどで完結します。
狩りには2通りの方法がある。
獲物と戦って狩るか罠に嵌めて狩るかだ。
ハルトという少年は後者だ。
罠を張り獲物が通りかかるのを待つ。時には自ら追いかけて罠へと誘導こともある。
「来たか……」
獲物を見つけた。
ビックガゼル。鹿に似た動物だが巨大な角を誇りビックの由来でもある。
基本的に草食で温厚な魔物だが、現在は繁殖期に入っており獰猛になっている。
強靭な脚力から繰り出させる体当たりは大人の男性に重症を与えるほどだ。それに加えて象徴的な長い角が凶悪な武器となる。
新米冒険者としては最初の関門とされ一人で倒せれば初心者卒業とも言われる存在だ。
皮や毛は素材になり、角は装飾品や武器の一部に使用される。肉はやや臭みが強いが肉厚で一般家庭から冒険者の携帯食まで様々な用途で用いられる。
そのため年中需要がある。
「あと少し……少しだ」
岩陰に隠れ、ビックガゼルの動向を見守る。
ここはビックガゼルが生息する草原だ。
草原は見晴らしは良いが死角がないわけではない。勾配があるし岩や背の低い植物もある。
それに今は暖かい気候のため植物が育つ時期だ。足元の草花の成長のピークのため地面に張った罠は見つけにくい。
「よし」
ハルトは岩陰から飛び出す。
手にはボウガンを持ち、ビックガゼルへ狙いを定める。
ビックガゼルの方も敏感に反応した。すぐさまハルトの方へ向き直るが足元に敷かれた魔法陣の描かれた羊皮紙、スクロールが発光する。
爆発するかのように地面が盛り上がり、大量のツタが溢れ出てくる。そのツタは近くにいるものを巻き込もうとビックガゼルに取り付く。
一度取り付かれたら最後、濁流のような勢いでツタが絡まり始め、ビックガゼルの巨体を全て包み込んでしまう。
辛うじて前足の一本と顔は外へと出ているが、必死の抵抗も虚しく自慢の角を振るうこともできずにただ天を仰ぐのみである。
「悪いな」
身動きの取れないビックガゼルに一言謝罪をする。
言葉が通じるわけではない。ただハルトのケジメだ。
ナタを使い、苦しまないように首を切るとビックガゼルは一度大きな痙攣をした後に目から光が消えた。
「よいしょっと」
ツタからビックガゼルを引き抜き、地面に横たわら、ハルトはすぐに解体を始めた。
解体に必要な道具はバケツと刃物くらいだ。
腹の毛、皮を開き内臓を取り除いく。内臓はバケツに放り込む。
あとは毛皮、肉、骨と分解していくが、うまく分解するには力が入るため慣れていないと苦労する上に怪我の恐れまである。
それに加え、ビックガゼルの体は大きく、人間と同じくらいの位置に目線があり角を入れると悠に人間よりも大きい個体がほとんどだ。
ビックガゼルの解体は慎重にかつ丁寧な作業とかなり負担のかかる肉体労働を同時に行うことになる。
ハルトは頭の中で組み立てた手順に従い、黙々と解体していく。
「ふう」
額に汗を浮かべ、血で真っ赤に染まった手、全身に広がる疲労感の中、解体は完了した。
「よし、終わり」
ハルトはそう言うと1冊の本を取り出す。
ページをめくるとそこには9つの枠とその枠にいくつか収まっているカードが並んでいる。
カードには名称とイラスト、説明文が書かれておりトレーディングカードのようなデザインとなっている。
ハルトが開いたページには4枚のカードが収まっている。
『ボウガン』、『ナタ」、『罠』、『水』の4枚の中から水のカードを選び手にする。
カードが発光すると水瓶に入った水が出てきた。その後、カードは消滅した。
「んぐんぐ」
水瓶に直接口をつけ、喉を潤す。
日当たりのいい草原での肉体労働で体温が上がった体に冷水はよく染み渡った。
「ぷはあ!」
爽快感に包まれる。
残った水は手と解体に使ったナイフとバケツを洗うのに使った。
ナイフの水を拭う。そして、発光するとカードになった。
カードには『ナイフ』と明記され、先ほどまで手にあったナイフがイラストの部分に書かれている。
説明欄には「凡庸なナイフ。」と簡素な文が書かれているだけだった。
その『ナイフ』のカードを本の1枠に収め、次にバケツをカードにして本に収める。
そして解体したビックガゼルへ手を伸ばす。
ビックガゼルは計3枚のカードになった。それぞれ『肉』、『ビックガゼルの毛皮』、『ビックガゼルの角』だ。
最後に残った骨と内臓を土に埋めてハルトの狩りは終わった。
「さーって、帰るかな」
ハルトは街までの道のりで『アイテムボックス』と名付けた本を取り出して眺めていた。
『アイテムボックス』は1ページに9枚のカードを収めることができ、全部で10ページある。
おもむろにページをめくり、そのページには『ナイフ』、『ボウガン』、『ナタ』、『罠』のカードが収められている。
次のページには狩りで手に入れた素材が並んでいる。
この『アイテムボックス』は生物でない物をカードにしてしまっておける、魔法がかかっている。ハルト自身は魔法使いではなく、この本にかけられた魔法だ。
この国には『勇者召還』という大規模な魔法が存在する。
他の世界から勇者となり得るだけの素質を持った人間を呼び出すという魔法だ。一方的に召還するのではなく、勇者候補として選ばれた人間の承諾を得て初めて完成する。
約半年、ハルトは学舎の帰り道に神を名乗る白蛇と出会い、召還の承諾に同意したのだった。
そして、この世界を訪れた。この世界は知らないことに溢れている。
ハルトのいた世界は自然は減り、代わりに人工的に作られた建造物、道具に満ちている世界だった。
便利な世の中ではあるが昔からあった文化や土地が失われ、ハルトが生まれた時にはそれらは本の中でしか知り得ない、過去の物へとなっていた。
ハルトは常々考えていた。未知とは何か、と。
知りたいことは知ろうと思えば手段はいくらでもあり、欲しい物は安価で手に入れられる世界にハルトは物足りなさを感じていた。
未だかつてない未知との遭遇をハルトは本の中でしか存在せず、子供の頃から憧れた知らない景色に見たことのない物はファンタジーの物語でしかなかった。
大人になるにつれて、同じように本を読んでいた友人たちはいつの間にか興味を失っていった。
自分もそうなっていくのかと、思いながら日々をいたずらに過ごしていた。
ハルトは自分がそんなことを考えているから『勇者召還』の勇者候補として選ばれたのだろうと思う。
この世界に呼ばれたことに不満はない、帰りたいという気持ちは今の所なかった。
今はひたすら自分だけの力で生きていくだけで精一杯だった。
狩りを行い、得た肉や素材を売って新しい装備や道具を購入する、今ハルトが行っているのは新米の冒険者が誰しも行う冒険の基本だ。
自分の『アイテムボックス』がどれほど優秀なのか、それとも冒険に向かないのかは今の所わからない。
ハルトはただ今の自分にできることをやるだけだった。
そんなことを考えているうちに町が見えてきた。
次は5月4日13時に投稿します。