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時刻は、もうすぐ正午になろうとしていた。
佳澄は時計を見上げて、
「でも、遅いなぁ…、お母さん。いつもなら、もう帰って来てる頃なんですけど」
ちょうど、その時、玄関の戸がガラガラと開いて、「ただいまぁ」の声が聞こえた。
「婆ちゃんや!」
それまで喋らなかった俊彰がそう叫んで、一目散に玄関へと走った。
しばらくして、孫に手を引かれた佳織が、キッチンの入口に姿を現した。
ぼさぼさの髪の毛を首の後ろで束ね、土で汚れた仕事用のシャツを着ている。腕には、手差しをしていた。
ガタンと椅子の音をさせて、曽山と石原が立ち上がった。
「お邪魔してます。佳織さん」。曽山が言った。
その顔を見て、佳織が両手を口に当てる。
「まぁ、曽山くん!」駆け寄って、近くで顔を覗き込む。「やっぱり、曽山くん!お久しぶりねぇ、元気?娘さん、大きくなったでしょう!」
「ええ。まぁ…」と、曽山は複雑な表情をした。
「お父さんの、お墓参りにいらしたんやって」。佳澄が言った。
「本当?純平さんも、きっと喜ぶわ。ね、お昼は、まだやろう?近くに美味しいお弁当屋さんができたんやけど、よかったら、食べていかへん?」
曽山に会って大喜びする佳織の姿を、石原は横で見ていたが、ようやく意を決したように、
「どうも、ご無沙汰しています。佳織さん」。精いっぱい顔を引き締めて言った。
佳織は石原の顔を見て目を瞬き、曽山の顔を見て言った。
「こちらは?」
石原は、目に見えて、激しく落ち込んだ。
弁当屋は、配達もやっているようだ。
佳澄が電話をかけて、幕の内弁当を4つと、子供用の弁当を一つ注文した。
弁当屋は、すぐに注文分を持って来て、佳織が代金を支払った。財布から千円札を三枚出すと、紙の金は無くなった。
一つ六百円の安い弁当だが、中身はなかなか充実していた。材料も良いものを使っているらしく、サバの塩焼きなどは、見るからに脂が乗っている。
佳織は、どうしても石原のことが思い出せないらしく、
「あの、ギターやってた人?」。口をもぐもぐさせながら、思いついたように言う。
「それは、佐藤だ」。曽山が答えた。
「釣り好きの?」
「篠原」
「コンピューターに詳しい人だ!」。箸の先で石原を指した。
まったく、はしたない。孫が見ているんだぞ。
「田井…、だな。多分」
石原はすっかり、いじけてしまった。
不意にドスドスと、乱暴に廊下を歩く足音が聞こえたかと思うと、ダイニングのドアが開いて、黒いジャージを着た若い男が顔を出した。ジャージには、ものものしく金色で龍の刺繍がされている。同じく金色に染めた頭には、寝癖があった。
和やかだったキッチンの空気が、ピンと張りつめる。佳澄が、入口に鋭い視線を向けた。
「あら、ハル。起きてたの?」。佳織が声をかけた。
「やかましいんで、起きてしもたわ。…誰や、こいつら?」。顎をしゃくって、曽山たちを指す。
「ちょっと、ハル!失礼じゃない!」。佳澄が怒鳴った。
佳織は、それを宥めるようにして、
「この人たちはね、お父さんが大学のときのお友達よ。お墓参りにって、わざわざ東京からいらしたんよ」
「へぇ…」。春人は、薄笑いを浮かべて、曽山と石原の顔を順番に見た。
「なるほど。あの親父の友達らしいやん。まるっきり、うだつが上がらなそうな顔しよってからに」
「なんやと?!」。怒鳴って、俺は立ちあがった。
石原は、目を伏せた。
曽山の目には怒りが浮かんできたが、それを言葉にすることはない。
「まぁ、せいぜい、あの役立たずの墓参りでもすりゃあ、ええわ。…くだらねぇ」
バンッ!と大きな音がした。溜まりかねた佳澄が、机を叩いて立ち上がったのだ。
「役立たずは、あんたの方やないの!母さんばっか、働かせて!あんたは夜遊びばっかして!」
「なんやと、カスミ!また殴られたいんかぃ?!」。ハルが目を剥いた。
佳織が、「やめときな」と、佳澄を諌めた。
ノミの心臓の石原は、こんなとき、からっきし役に立たない。危うい状況に圧倒されて、オロオロしている。




