↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
37/52

37

 時刻は、もうすぐ正午になろうとしていた。

 佳澄は時計を見上げて、

「でも、遅いなぁ…、お母さん。いつもなら、もう帰って来てる頃なんですけど」

 ちょうど、その時、玄関の戸がガラガラと開いて、「ただいまぁ」の声が聞こえた。

「婆ちゃんや!」

 それまで喋らなかった俊彰がそう叫んで、一目散に玄関へと走った。

 しばらくして、孫に手を引かれた佳織が、キッチンの入口に姿を現した。

 ぼさぼさの髪の毛を首の後ろで束ね、土で汚れた仕事用のシャツを着ている。腕には、手差しをしていた。

 ガタンと椅子の音をさせて、曽山と石原が立ち上がった。

「お邪魔してます。佳織さん」。曽山が言った。

 その顔を見て、佳織が両手を口に当てる。

「まぁ、曽山くん!」駆け寄って、近くで顔を覗き込む。「やっぱり、曽山くん!お久しぶりねぇ、元気?娘さん、大きくなったでしょう!」

「ええ。まぁ…」と、曽山は複雑な表情をした。

「お父さんの、お墓参りにいらしたんやって」。佳澄が言った。

「本当?純平さんも、きっと喜ぶわ。ね、お昼は、まだやろう?近くに美味しいお弁当屋さんができたんやけど、よかったら、食べていかへん?」

 曽山に会って大喜びする佳織の姿を、石原は横で見ていたが、ようやく意を決したように、

「どうも、ご無沙汰しています。佳織さん」。精いっぱい顔を引き締めて言った。

 佳織は石原の顔を見て目を瞬き、曽山の顔を見て言った。

「こちらは?」

 石原は、目に見えて、激しく落ち込んだ。


 弁当屋は、配達もやっているようだ。

 佳澄が電話をかけて、幕の内弁当を4つと、子供用の弁当を一つ注文した。

弁当屋は、すぐに注文分を持って来て、佳織が代金を支払った。財布から千円札を三枚出すと、紙の金は無くなった。

 一つ六百円の安い弁当だが、中身はなかなか充実していた。材料も良いものを使っているらしく、サバの塩焼きなどは、見るからに脂が乗っている。

佳織は、どうしても石原のことが思い出せないらしく、

「あの、ギターやってた人?」。口をもぐもぐさせながら、思いついたように言う。

「それは、佐藤だ」。曽山が答えた。

「釣り好きの?」

「篠原」

「コンピューターに詳しい人だ!」。箸の先で石原を指した。

 まったく、はしたない。孫が見ているんだぞ。

「田井…、だな。多分」

 石原はすっかり、いじけてしまった。

 不意にドスドスと、乱暴に廊下を歩く足音が聞こえたかと思うと、ダイニングのドアが開いて、黒いジャージを着た若い男が顔を出した。ジャージには、ものものしく金色で龍の刺繍がされている。同じく金色に染めた頭には、寝癖があった。

 和やかだったキッチンの空気が、ピンと張りつめる。佳澄が、入口に鋭い視線を向けた。

「あら、ハル。起きてたの?」。佳織が声をかけた。

「やかましいんで、起きてしもたわ。…誰や、こいつら?」。顎をしゃくって、曽山たちを指す。

「ちょっと、ハル!失礼じゃない!」。佳澄が怒鳴った。

 佳織は、それを宥めるようにして、

「この人たちはね、お父さんが大学のときのお友達よ。お墓参りにって、わざわざ東京からいらしたんよ」

「へぇ…」。春人は、薄笑いを浮かべて、曽山と石原の顔を順番に見た。

「なるほど。あの親父の友達らしいやん。まるっきり、うだつが上がらなそうな顔しよってからに」

「なんやと?!」。怒鳴って、俺は立ちあがった。

 石原は、目を伏せた。

 曽山の目には怒りが浮かんできたが、それを言葉にすることはない。

「まぁ、せいぜい、あの役立たずの墓参りでもすりゃあ、ええわ。…くだらねぇ」

 バンッ!と大きな音がした。溜まりかねた佳澄が、机を叩いて立ち上がったのだ。

「役立たずは、あんたの方やないの!母さんばっか、働かせて!あんたは夜遊びばっかして!」

「なんやと、カスミ!また殴られたいんかぃ?!」。ハルが目を剥いた。

 佳織が、「やめときな」と、佳澄を諌めた。

 ノミの心臓の石原は、こんなとき、からっきし役に立たない。危うい状況に圧倒されて、オロオロしている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。