31
「よぉ、久しぶり」
何気なく答えた俺だったが、内心、曽山が俺の姿を見て、俺の名を呼んだ事実に感動していた。
「何してるんだよ、こんなところで。お前、死んだんじゃなかったのか?」
「何って、お前…」。俺は、麻雀牌を見た。「麻雀だろう?」
曽山は、こたつ机の上を見、寝ている石原を見、再び俺の顔を見た。
「そうか、夢なんだ…」
ああ、夢だ。
「お前の国士無双に、全部持っていかれてしもうたわ。せっかく、俺がトップ目やったのによ」
曽山は、寂しそうに笑って、
「懐かしい夢だな。あの日の国士無双なんて、俺くらいしか覚えていないって言うのに」
「いいや、俺も覚えてる。あれで、その月のバイト代を全部持って行かれたんや。忘れられるかよ」
曽山は笑って、「そりゃあ、気の毒なことをしたな」
「ええよ。そんなこともなけりゃ、面白くない」
言って立ち上がり、キッチンに向かった。流し台には、大量の皿やどんぶりが重ねてあり、水が張ってある。
「石原を起こしてくれよ。今日は、気が済むまで語り合おう」
俺は冷蔵庫を開いた。一人暮らし用の、小型の冷蔵庫だ。上に、電子レンジが載っている。開けてみると、中には、いつの物やら分からない惣菜のコロッケと、松村が愛飲していたリンゴ酢が入っていた。
ビールが欲しかったんだが、ここに、そんな気の利いたものがあるはずもない。当時は、毎日十人以上も出入りしていたんだ。あったらあったで、誰かが勝手に飲んでしまう。
だが、これは夢だ。
俺は、一旦、冷蔵庫を閉じると、もう一度開いた。
冷蔵庫の扉の向こうは、ちょっとオシャレなオーセンティクバーに姿を変えた。薄暗い店内、ジュークボックス。カウンターの上にインディアンの置物がある。
覚えてるぞ。ミナミで行ったバーだ。美味いカクテルを出すと評判の店で、友達が連れて行ってくれたんだが、俺はどうも肌に合わず、一杯だけ飲んで早々と出て来たっけ。
カウンターの向こうで、蝶ネクタイを締めたバーテンダーがコップを拭いていた。冷蔵庫のドアをくぐって中に入った俺は、そのバーテンに、
「缶ビールを三本」と注文した。
こういう店では、せめてジョッキで注文した方が良かったかなと思ったが、あの部屋で飲むんだから、缶の方が都合が良い。
「かしこまりました」と、バーテンは、一旦奥に引っ込むと、銀の盆に載せて、銀色の缶を三つ持って来た。表面が、薄く曇っている。見るからによく冷えていて、美味そうだ。
「あと、何かツマミが欲しいな。刺身の盛り合わせなんか、できる?」
「かしこまりました」
バーテンは、カッターシャツを腕まくりして、刺身包丁を手に取り、魚を捌き始めた。
店を間違えたな。こんなことなら、和食店にすれば良かった。
バーテンの包丁捌きはたいしたもので、5分とかからず、立派な舟盛りができあがった。
俺は、右手に缶ビールが載った盆、左手に舟盛りを持って、冷蔵庫から部屋に戻った。
石原は、既に起きていた。二人とも、今一つ状況が呑み込めない様子で、
「多分、これは夢なんだけど、純平が…」
「なんや夢か。ということは、ソーヤンも俺の夢と?」
「いいや、お前こそ、俺の夢だろう」と、要領を得ない会話を繰り返しているところだった。
俺がビールと舟盛りを持って姿を現すと、二人とも、
「なるほど、夢だ」と、改めて頷いた。




