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大学時代、俺たちの仲間に、松村和彦という男がいた。身長が190cm、体重が130kgもあり、とにかくデカくて、何をするのもトロかった。目も、鼻も、口もデカく、耳はとびっきりの福耳だった。温和な性格で、俺は、奴が怒ったところを、一度も見たことがない。
何処か人を安心させる雰囲気を持っていて、そのせいか、奴の周りには人が集まった。
俺は、松村が何をしても人並以下だったから、『自分より下の者を見ていると安心する心理』が働いているのだと勘違いしていた。俺は二年ばかり付き合って、ようやくその勘違いに気付いたが、たいていの奴は、大学時代の4年間、そう信じて疑わなかっただろう。
懐が深いというのは、松村のような奴のことを言うのだ。松村こそ、男の中の男だった。
松村には恋人がいて、奴は彼女に心底惚れ込んでいた。
「俺は、愛する女性を幸せにできさえすれば、他に何もいらない。彼女の幸せが俺の幸せだ。彼女の不幸は、俺が全部、代わりに被ってやる」。恥ずかしげもなく、言ったものだ。
「のろけ話なら、壁に向かってやってろよ、マツ」。俺が言った。
「バカモノ!のろけ話ではない。俺の理想の人生を語っているまでだ」
「どちらにせよ、くだらん」。眼鏡を上げて、石原が言った。「男の本分は仕事ばい。稼いでナンボの男や。オイが目指すは、一流の企業戦士!女は黙ってついて来ればよか。例え辛くても、自分の惚れた男について行く、それが女の幸せやなかとや?」
自称『生粋の九州男児』だ。時代錯誤かと思われる台詞だが、本人は真剣そのものである。
「童貞のくせに…」
「うるさか、純平!よかや?オイの親父はな…」
石原の親父は、当時、長崎で雇われ工場長をやっていた。確か、造船関係の会社だったと思う。奴は父親のことを心から尊敬していて、何かと言うと父親の話を持ち出し、仕事への心構えを語った。
俺は、うんざりして、
「出たよ、また親父の話だ」
「親父をバカにすっとか?!言っとくがな…」
「親父さんをバカにしてるんやない。お前をバカにしてるんや」
「口の減らん奴ばい。やったら、お前の夢を言ってみろ!偉そうなことを言うからには、それ相応の理想を持ってるとやろうな!」
俺は、よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに、ニヤリとした。
「俺か?俺はな、卒業したら、世界を回るつもりや。世界中を回って、見聞を広め、そしてビッグな男になるんや」
石原と松村が顔を見合わせた。
どうだ。俺の壮大な計画に言葉も出まい。俺はドヤ顔して、奴らの次の言葉を待った。
「バカだ。こいつは」。石原が吐き捨てた。
「な、な、なんやと?!」
「要するに、具体的な計画は一つも無いとやろ?そんな奴に限って、ビッグだとかなんとか、曖昧な言葉で、将来を飾ろうとするもんばい。」
「く…っ!う、うるさい!」
青春ドラマのような、美しい話ではない。互いで互いの夢をけなし合って、俺たちは気分を害し、黙り込んだ。
そんな中、一人、黙って話を聞いていた曽山に気付いた俺は、奴に話を聞いてみることにした。
「曽山は?大学出たら、何かやりたいこと、あんの?」
「え?」。突然話を振られて、曽山はしばらく考え込んだ。「うーん…」
それは、けっこう長い時間だったが、俺も、松村も石原も、どんな答えが飛び出すのか、息を飲んで見守った。
「どうせなら、あったかい暮らしがしたかなぁ」
「え?」
「温かい家庭が欲しい。奥さんがいて、子供がいて、みんなが笑顔でいられるような、そんな生活がしたか」
皮肉なものだなと、俺は思う。
誰よりも家庭を欲していた曽山が家庭を失い、家庭のことなんて考えてもいなかった俺が、幸せな家庭を手に入れたのだ。少し前の話をすれば、企業戦士を目指していた石原はホームレスになり、曽山の方が優秀なサラリーマンになった。
そして、石原は人生に挫折し、曽山は仕事と家庭を失い、俺に至っては死んでしまった。
人生はままならないものだ。夢を描くことに、意味なんてあるのだろうか。




