ナイフにご用心7
久保先生の誘いを断り、いざ本屋へ。
今日こそは、今日こそはと思って本屋に行った。ここ一週間、立ち読みだけしている。しかも、毎回3時間くらいいる。ということもあって、だんだん店の人からの冷たい視線を感じるようになった。
大塚先生に「会いましょう!」って言っても全然会ってくれないのだ。
私だけが会いたいと思っているだけなのかもしれない。大塚先生は、私のことを女性として見ていないのだろう。たとえそうだとしても、私はどうしても大塚先生に会いたいのだ。
偶然会ったということになれば、大塚先生だって怒ったりはしないだろう。
そう思いながら待つこと1時間。
「あれ?」
誰かが私に話し掛けてきた。私は、持っている本を静かに閉じてゆっくりと声のほうを見てみると・・・
「大塚先生!」
そこには大塚先生がいた。中学の教育実習時代の時と比べると、男らしく、より一層素敵な男性となっていた。
「田辺、田辺じゃないか。そうか、お前、若葉台だったもんなぁ。」
大塚先生は、ちゃんと覚えていてくれたのだ。私が勤めている学校のことを!
「そうだ、お前、飯食ったか?」
感激していると、大塚先生は冷静にそう言った。
「ううん。食べてないよ。先生は?」
「俺も食ってないんだよ。飯でも食いに行くか」
「うん!」
うれしさのあまり、私は大きく首を縦に振った。
大塚先生は、駅から歩いて数分のところにある小料理屋へ連れて行ってくれた。中に入ると、サラリーマンらしき人たちばかりで賑わっていた。大塚先生は、こういうした街っぽい情緒のあるところが好きなのだろうと想像した。
「ねぇ、先生。いつも手紙で会おうって誘っても全然会ってくれなかったじゃん」
「あぁ、忙しくてさぁ。お前が指定してきた日はいっつも結婚式か見合いが入ってたんだよな・・・あっ!」
「えっ?先生、お見合いしてたの?」
私は、いつも大安吉日の日曜日ばかりを指定していた。と言うのも、何か良い事がありそうな気がしてそうしていたからだ。それが裏目に出ていたようだ。
「あぁ・・・、何かかっこ悪いな」
「そんな事無いって!」
大塚先生は、どうやら自分がお見合いしていたことを隠しておきたかったみたいだ。
お見合いをしているということは、彼女がいないということだろう。と言うことは、もしかしたら、私にもチャンスがあるのかもしれない。
「この年になるとさぁ、周りもどんどん結婚していっちゃってさぁ。焦ってくるんだよなぁ。まぁ、焦ったからって良い結婚ができるってわけでもないのにな」
元気のない声で、肩を下げ、大塚先生が言った。
「そうだよ、そうだよ。幸せな結婚ができればさあ、別に焦って結婚する必要も無いでしょ!」
「まあな」
大塚先生は、ビールを一口飲んでそう言った。
「それより、田辺、学校の方はどうだ?慣れてきたか?」
聞かれそうだと思っていた質問。だけど、あんまり聞いてほしくはなかった。
「全然慣れない・・・」
私は、下を向いてそう言った。
「入ってびっくりした・・・、あんなに変な学校だったなんて・・・」
学校内のことを思い出した。授業にならない教室、やる気のない教師たち。輝かしい教師生活を夢見ていた私の理想を大きくぶち壊されてしまった。
「そうかぁ・・・。噂ではとんでもない学校だと聞いていたんだけどなぁ。部活でも全然若葉台とは交流が無くてな。あまり、活動的に部活はやってないらしいが」
大塚先生は、バドミントン部の顧問をやっている。そう言えば、うちの学校ってバドミントン部がなかった。
「うちの学校、バドミントン部無いしね」
「確かに。それに、他の先生に聞いても大会にも出場してないって聞いたんだよ」
そう言えば、うちの学校って運動部も文化部も大会には出場してないみたいだ。一応、部活はあるけれど、お遊び程度らしいし。
「生徒はどうだ?何か、問題児が多いとかって聞いたんだけどさぁ・・・」
隣の中学に勤務しているだけあって、大塚先生はうちの学校に結構詳しいみたいだ。
「えぇ、その通りで、授業は大変だよ。真面目な生徒なんてほとんどいないから」
「そっかぁ。まぁ、何かあったら遠慮無く相談しろよな。俺も出来る限りの事はしてやるからさぁ」
遠慮なく相談ができると言うことは、大塚先生とこうして食事に行く機会が増えるととってもいいだろう。
うちの学校がとんでもない学校だったのが、かえって良かったのかもしれない。これで、大塚先生との距離が近づくかもしれない。
「うん!遠慮無く相談する!」
ピカピカの笑顔で言うと、大塚先生は微笑を浮かべながらビールを飲んだ。