ナイフにご用心6
一方、久保先生はと言うと・・・。
「はい、では授業をはじめますね。」
生徒たちは、休み時間と同じようにしゃべり続けているのに、注意もせずに授業を進めているらしい。想像できてはいたけれど、本当にそうだと思うと、悲しくなった。では、体育はどうなってるんだろう? 授業中、職員室の窓からチラッと校庭を見てみた。
「では、今日はサッカーです。グループ分けは自分たちでやるように。では、ウォーミングアップをかねてラジオ体操をしましょう。」
そう体育の教師は言ってはいるものの、ラジオ体操をしているのは先生だけで、生徒たちは黙々とグループ分けをして勝手に試合を始めてしまった。
体育も真面目に受けてはいなかった。こんなんだから、福島さんたちが不安になるのだろう。この学校は、生徒たちのことをちゃんと考えているのだろうか。
せめてもの救いと言えば、大塚先生の勤めてる隣の学校って事だ。大塚先生の勤めている学校も私の勤めている学校と最寄り駅は同じだ。駅の目の前に本屋があるので、私は毎日のように、本屋で立ち読みをしている。
学校の帰りに、今日も駅前の本屋で立ち読みをした。今日こそは、大塚先生に会えますようにと、そう心の中で強く思いながら立ち読みをしていた。
しかし、今日も大塚先生は来なかった。
だんだん学校に行くのが怖くなってきた。いつ行っても授業中に静かにしてくれるのは白田さんと福島さんだけだ。あとの生徒は絶対に授業なんて聞いてくれない。せっかく念願の中学校教師になったけれど、あまりの相手の手ごわさに後悔しつつある。
職員室で放課後、考え事をしていると、久保先生が近づいてきた。
「あの、田辺先生。どうですか? 少しは慣れましたか?」
申し訳なさそうに久保先生は言った。
「全然、慣れませんよ。授業中は、いっつもうるさいし。どこのクラスに行っても全然だめですねぇ」
私が副担任を勤めているクラスは白田さんと福島さん。他のクラスにも一人か二人は大体真面目な生徒がいる。とは言え、一クラスに一人か二人しかいない。
「そうですかぁ。やっぱり、なかなか慣れませんよねぇ。特に、田辺先生の場合は新採用でこの学校ですから」
気を使っているらしい。久保先生は、続けて言った。
「僕もなかなか慣れませんでしたよ。この学校の噂は聞いていたんですけどねぇ。心の準備だってちゃんとしてたつもりだったんですよ。でも、なかなかこの雰囲気には慣れませんでしたよ。今でもちょっと怖いものを感じてるんですけどね」
その言葉は、聞く前からわかっていた。と言うのも、久保先生はいつもおびえながら廊下を歩いているし、職員室にいるときでさえもやはりおびえているように見える。
「なかなかなれないとは思いますけど、頑張ってくださいね。そうだ、今日の帰りにちょっと飲みに行きませんか?」
どうやら、飲みに誘いたかっただけらしい。しかし、気弱になりつつある私は、どうしても大塚先生に一目だけでいいから会いたいのだ。
「ごめんなさい。また、今度にしてもらえませんか?」
「そうですかぁ・・・。じゃあ、明日はどうでしょうか?」
久保先生は諦めることなく、私を誘い続けた。
「ごめんなさい。他の人を誘ってください。しばらく、お酒は飲みたくないので」
はっきりと断ってしまった。
「そうですか・・・」
そう言って、少し肩を落として久保先生は、自分の席に帰って行った。少しきつく言いすぎたかもしれない。