ナイフにご用心2
と、次の瞬間。
即座に早川君の腕をつかみ、そして、ナイフを取り上げた。小林先生は、何もしないで、ただそれを見ているだけだった。教室中がしんと静まり返っている。目の前で起きたことに、驚いているようだ。
「職員室に行くわよ」
私は、早川君の腕をつかんだまま職員室に早川君を連れて行くことにした。ホームルームの続きは小林先生に託した。
こういうこともあろうかと、大学のときに護身術クラブに入っていたのだった。まさか、初日から護身術を使うことになるとは、この先が思いやられる。
「まったく、どうして学校にナイフなんて持ってくるのよ」
廊下を歩きながら、私は早川君に話しかけた。
「・・・・・・」
早川君はふてくされた顔をするだけだった。
それ以上、私はなんて声をかけるべきかわからなくなった。仕方なく、無言で職員室へと向かった。
職員室に入ると、教頭先生が驚いた顔で私たちを見た。
「教頭先生。うちのクラスの早川君が、教室でナイフを振り回したので、職員室に連れてきました」
「あぁ、そうだったんですか」
教頭先生はしどろもどろにそう言うと、立ち上がり職員室の後方を見た。私も職員室の後方を見た。するとそこには、教育指導の熊野先生がいた。
「じゃあ、隣の進路指導室に連れて行きましょう」
「はい」
熊野先生が早川君の腕を持ち、三人で進路指導室に行った。進路指導室はとても狭い教室だ。椅子は二人分しかなく、熊野先生と早川君が椅子に座り、私は立って二人の様子を見ることになった。
私は手に持っていた早川君のナイフを机の上に置いた。
「熊野先生、これが早川君が持ってきたナイフです」
熊野先生に言うと、熊野先生はまじまじと机の上に置かれたナイフを眺めた。しかし、熊野先生がそのナイフを手に取ることはなかった。
「そうですか。早川君、学校にはもうナイフなんて持ってきちゃだめだぞ!」
熊野先生の風貌はハッキリ言って温和そのものだ。まるでクマのぬいぐるみ。とはいえ、ベテランの教師であるのだから、ここから早川君に何かびしっと言ってくれるに違いない。
「・・・・・・」
早川君は、何も言わず、ただただうなだれているだけだった。さすがの早川君もベテラン教師には逆らえないのだろう。私は、立ったまま早川君を見ていた。
「よし、戻って良いぞ」
熊野先生は信じられないことを言った。もう早川君を教室に戻すらしい。早川君が立ち上がって進路指導室から出ようとしたので、私が早川君に「まだ駄目よ」と言ってもう一度椅子に座らせた。
「ちょっと待ってください。もっとちゃんと言った方が良いんじゃないですか?第一、早川君は教室で私が遅刻を注意しただけで、私を刺そうとしたんですよ!命の重さの大事さとか、モラルとか、ちゃんと説教をするべきじゃないですか?あんなことをしておいてすぐに教室に戻すなんて・・・・・・停学処分か何かを出した方がいいと思いますけど」
そう言うと、少し困ったような顔をされてしまった。そして、小さな声で・・・・・・
「田辺先生、あとでちょっと」
「はぁ…。」
結局、早川君は、すぐに教室に戻り、私はそのまま進路指導室で熊野先生と二人で話をすることになった。
「田辺先生。停学処分というものは、そう簡単に出さないほうが良い。田辺先生に向かってナイフを突きつけたようですが、別に先生は怪我をしていないんだし、今の親は、すぐに教育委員会だのなんだのって言うんですから、そんなことをしてはねぇ。わかるでしょう?」
熊野先生は私が怒り心頭に達していることに気が付いているようで、私をなだめるように言った。
確かに、今の親はすぐに教育委員会という言葉を出すようだ。だが、本当にそれでいいのだろうか。学校はサービス業ではない。教育業だ。親がお金を払って、子供が大人への階段を上るために必要な知識を、経験を習得する場所ではないだろうか。それなのに、教師が弱気な態度でいいとは思えない。こんな大人を見て育ったら、生徒たちはろくな大人になんてなれないだろう。
「だけど、一歩間違ったら犯罪なんですよ?私がもしも刺されていたら、どうするんですか?」
「まさか、そんなことをするはずがないでしょう。はっはっはっ!」
熊野先生は大きな声で笑った。
「笑い事じゃありませんよ。早川君は、鬼のような顔で私にナイフを向けたんですよ」
「田辺先生、何かの見すぎじゃないですか?」
冗談っぽい笑顔で熊野先生が言った。
「熊野先生、もっとまじめに考えてください」
「なあに、田辺先生が深刻にことを受け止めすぎるんですよ。ま、気楽にいきましょう」
そう言って、熊野先生は進路指導室を出て行ってしまった。完全に誤魔化して、いや、逃げていた。
だめだ。この学校は、腐ってる。本当に、私、とんでもない学校に来ちゃったみたいだ。これから、また、どんな事件が起きるか。このままでは、本当に殺人事件が起きてしまうんじゃないかと思ってしまう。現に、私はもう少しで早川君に脇腹を刺されそうになったんだ。それに、欠席者も10人くらいはいたと思う。私のクラスでこれだけの欠席者がいるということは、きっと、他のクラスにも欠席者は多いんじゃないだろうか。
それだけじゃない。この学校の悪いところは教師たちだ。生徒たちを保護者たちを怖がっているように見える。それでは、いい教育なんてできるはずがない。このままでは、この学校は崩壊してしまうかもしれない。