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鳥族

作者: 湯気

男は車から降り地面を踏みしめた。

長い運転のために凝り固まった身体を伸びをする事で慣らす。初夏の日差しが僅かに汗を滲ませた。

「よし。着いたぞ」

一言だけ呟き、乗ってきたバンのドアを閉めた。そして、目の前に広がる光景を眺めた。

そこにあったのは廃村であった。

雑草によって荒れ果て、家屋の瓦は割れている。開け放たれたドアから見える住居の中は昼間にも関わらず薄暗く気味悪さを感じさせた。

男がこの村に来たのには理由があった。

彼の勤めている出版社では主にオカルト雑誌を出版していた。

その編集者である男は、こうして噂のある地に足を運び現地取材を行っていたのである。

男は、村の散策を始めた。数軒立ち並んでいる家屋を見ながらその荒れ具合を確認し、その都度写真を撮影していく。

一通り外観の調査を終えた男は続いて内観の調査に移ることにした。

「くそ……暗いな」

ペンライトを取り出し、辺りを照らす。前の住人の物らしき家具が埃をかぶっていた。

探索を進めていく内に、男はその場所に生活感が残っていることに気づいた。

「村が廃れていったというよりも突然いなくなったような感じだな……」

疑問を口にしつつペンライトで廊下を照らした。その先には、階段があった。一階よりも闇が濃く、禍々しい空気が漂っていた。

男はじっとりとした汗を拭い、一段一段ゆっくりと階段を上る。そのたびに古びた階段は鈍く軋んだ。

最上段にまで上り詰めた男は廊下の先に黒い影がうずくまっているのを見つけた。

ゆっくりとペンライトの光が廊下の奥に進んでいく。黒い影が光を受け明確な物へと姿を変える。

「うっ……!わっ!」

閑散とした住居に大きな音が響いた。後ずさりした男が階段から転げ落ちたのだ。

何が起きたのか瞬時に理解できなかった男は階段の下で呻き声を挙げながら痛む箇所を押える。意識が遠のく中、彼はやっとのことで自身の状況を理解した。それと同時に自身が二階で見た物を思い返した。

一瞬であったがそれは確実に男の目に焼きついていた。

二階にあったのは腹が裂かれた女の死体だった。


男が意識を取り戻すと辺りは真っ暗闇だった。

パニックに陥りかけながらも携帯電話を取り出す。時間は九時を回ったところであった。日頃の過労も重なり五時間以上気絶していたのだと悟る。

男は携帯電話の明かりを頼りにペンライトを探す。手が汚れるのも構わず埃を掻き分けペンライトを見つけ出す。

携帯電話よりも明るい光が手に入ったこともあり、少し冷静さを取り戻した。

男は二階で見た光景を思い出す。あれは間違いなく女の死体であった。腹が裂かれるという凄惨な殺され方をしていた。

二階に戻るなどという考えは到底考えられなかった。一刻も早くそこから立ち去りたい気分で一杯だった。

男は立ち上がり、住居のドアがあったと記憶している方向にペンライトを向ける。ドアは簡単に見つかった。しかし、男は違和感を覚え、そこから動けなくなってしまう。

開いたドアからはまるで街灯があるかのような光が射していたのだ。

何者かが外にいるのではないかという疑問が男の脳裏に浮かんだ。こんな場所に来るのは同業者か物好きな若者くらいしか思いつかなかった。しかし、これほどまでに明るい、まるで松明のような光源を持ってくる人物などいるのであろうか。

「ま、まさか……」

男は知らず知らずの内に声を漏らしてしまっていた。外に出ないと車まで戻れないことを悟っていたためドアに近づいていくしかなかった。

ドアに到達した男は少しでも顔がはみ出さないようにドアに顔をくっ付け外の様子を窺った。

何かがいた。大勢の何かがそこに集まっていた。

廃村に大勢の何かが集まるという異常な状況の中、男の目はさらに異常なものを見つけた。それは、男が出版社内で「ありえない」と鼻で笑い飛ばした物であった。

『鳥族』

男の勤める出版社に届いた情報にはそのような名前で呼ばれていた。その特徴はまさに男の目の前に集っている異形の物にピッタリであった。

一目には大人の人間のように見える。しかし、二足歩行の「それ」には手がなかった。厳密に言えば手が鳥のように羽になっていたのだ。

裸足である足は鉤爪のように鋭く尖っており、目は大きく見開かれ眼球は黒目だけで覆われていた。

なにより、口が嘴のように尖っていることがおぞましかった。

情報によれば鳥族は雑食でその嘴を使い、時には人間をも喰らうのだと書いてあった。男は二階にいた女の姿を思い出し寒気を感じた。

まるで鳥と人間を混ぜ合わせたようなその姿は、体の汚れも合わさり見るに耐えない姿となっている。

男は素早く身を住居内に隠した。たった数秒見ていた光景が脳裏に鮮明に焼きついており、その異形の姿が頭から離れない。今にも叫びたくなる衝動を押さえ現状を把握する。

そして、廃村から逃げ出すためには車が必要なこと、そこまで辿り着くには鳥族の目の前を通るか、住居の周りに茂る林に身を隠しながら進むかの二択しかなかった。

どちらも得策には思えなかったがそこに待機していれば気が狂ってしまいそうであった。

男は、迂回し林を通ることを選んだ。

ドアから出てすぐに住居の影に隠れる。そして、隣接している林の中へと身を隠した。

体が草に触れ、カサカサと僅かな音を立てる。鳥族たちにその音が聞こえないことを祈りながら一歩一歩進み続けた。

車まで後十数メートルという所で男はどこからか視線を感じた。

廃村の中心で群れている鳥族に目を向ける。こちらに気づいた様子はなく、なにやら話し合っている。

安堵の溜息をつき足を踏み出した時、男の動きが止まった。

視界の右端、林の深い所に何かがいた。

男よりも小さい影が一歩足を踏み出す。

「うああああああ!」

そこにいたのは鳥族の子供であった。廃村にいた者たちよりもずっと小さかったが、そのおぞましさは変わりなかった。

鳥族の子供は鳥の鳴き声と人間の声を混ぜたような奇声を挙げた。男には何を叫んだのか理解不能であったが、『人間』と叫んだように感じられた。

廃村の鳥族が来るかを確認することもせず、残りの十数メートルを一気に縮めていく。男にはその距離が永遠のように感じられ、こけないことを誰というわけでもなく祈っていた。

車のドアは開いていた。疑問も持たず運転席に滑り込む。

男はそこで何かを尻に敷いた感触を覚えた。慌てて腰を上げ手で何かを掴む。

それは、一羽の鳥族の雛であった。明らかに潰れたそれは至る所から体液を出していた。

「うわわああ!」

慌ててそれを投げ捨てる。雛の死骸は闇に消え去った。

男はドアを閉め、エンジンをかける為、カギを取り出す。その時、車体が大きく揺れた。

フロントガラスには顔が幾つも並んでいた。人間の輪郭をした鳥の顔だ。瞬き一つもせず、大きな眼孔で空洞のように見える黒目をジッとこちらに向けていた。

「くるな!くるなあああ!」

半狂乱になりながらカギを回す。エンジンがかかり、闇雲に操作する。

奇跡的に車は後退を始めた。鳥族の数人は振り落とされ、男の視界から消えていった。しかし、一体だけボンネットに鋭利な足を食い込ませしがみ付いていた。

鳥族は頭を上下に動かし始め、フロントガラスに嘴をぶつけ始めた。

「やめろ!やめやがれえ!」

嘴はフロントガラスを突き抜ける。男はブレーキを踏んだ。自由になった足を嘴に向けて何度も何度もぶつけた。

鳥族は奇声を挙げボンネットから転がり落ちる。男はすぐさま車を動かしにかかった。

奇声とともに車が二度跳ねた。しかし男はバックミラーを確認することはせず、Uターンをし暗い道であるにも関わらずできるだけ強くアクセルを踏み込んだ。


男が我に帰ったのは自宅周辺のコンビニの明かりを見た時だった。

男はコンビニの駐車場の端に車を止め、夜が明けるまで泣き続けた。

結局、『鳥族』が記事になることはなかった。

何故ならこの一週間後、男は鳥の鳴き声のせいで精神を病んでしまったからだった。

現在、彼の入院している精神病院の周辺では誰も聞いたこともない鳥らしきものの鳴き声が観測されている。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

怖かったと思ってもらえれば幸いです。

ホラー小説ってハッピーエンドで終わるのが難しく、スッキリしない感じもします。ハッピーエンドで怖い小説とか書いてみたいものです。

これから夏になるので何個かホラー小説を書ければいいと思っています。

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