『 フィルムに恋をして 』
カタカタと心地良い音。
大分古いこのフィルムを、私は何百回観ただろう。
部屋の壁に掛けてあるスクリーンは、何百回彼を映しているのだろう。
ある男性の何気ない一日を撮影した物らしいけど、一体何処が面白いのかサッパリ分からない。
分からないまま、この懐かしいフィルムの音を聴きたいがために、私はそれを何度か観てしまった。
「……」
そして何故か、自分でも不思議なくらい彼を好きになっていた。
仕事に出掛ける時間、帰りに立ち寄る店の名前、家の場所、部屋の中の様子……彼の行動を何もかも覚えてしまうくらいに。
「次は読書の時間よね。貴方が手に取る本はそう、青いカバーの」
本を選ぶはず、だったのに。
彼は本に伸ばした手を止め、私の方をジッと見つめてきた。
視線はすぐに外れたけれど、明らかに彼の行動が変化している。
おかしい。
そんな事、絶対あり得ない。
突然背筋が冷たくなる感覚に襲われ、それと共に何故か訪れる奇妙な安心感。
彼が私に気付いただけ……ただ、それだけじゃない。