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第2章 天涯孤独の過去 第1節:帰郷

【第二章 天涯孤独の過去】


  第一節 帰郷

 朝食後、すぐに出発した二人は予定通り日が沈みきる前にロンヴェイグ村に到着した。

「この中が村になっているんですか?」

「あぁ、そうだ」

 目の前の島に続く小ぶりな跳ね橋は今閉ざされているため村の様子は窺えなかった。跳ね橋のところにある小さな小屋には村人らしき者がいる。その人に声をかけようと言ったクラウドを無視してアイリーンは歩き出してしまった。

「この村に用があるのではないのですか?」

 後ろから聞こえてくるクラウドの声にも反応せず歩き続ける。村の向かって右を高い塀沿いに歩いていくと海が見え始めた。どうやらこの先は岬になっているらしい。岬の先には何も見えないがアイリーンはその先を目指している様なのでクラウドは黙ってついて行くことにした。小さな島沿いにある岬なので、それ自体あまり大きくはなかった。すぐに先端へと到着し、アイリーンは足を止めた。

そこには木製の十字架が二つ立っていた。誰かの手作りなのだろうか、二本の木を紐で縛って作られた簡易的なものだ。

「誰かの手作りですね」

「私だ」

 クラウドの呟きにアイリーンは振り向かずに答えた。その言葉にクラウドはどう反応していいかわからず、口をつぐんだ。また余計な事を言ってしまったのかもしれないと俯く。そんなクラウドの心情を察してなのか、アイリーンは訥々と話し始めた。

「これは私の両親の墓だ。…もっとも、本物ではないが」

 どういう事かと眉をひそめたクラウドの方にゆっくりと振り向く。

「訳あってな、私はあの村を追放されたんだ」

 自嘲的な笑顔を浮かべる彼女にかける言葉が見つからない。何を言っても彼女を傷つけそうで、何を言っても彼女の心には響かない様な気がした。しかし、何か言わなければと口を開けた時だった。

「アリィ…?」

 突然背後から声がした。振り向くとそこには中年の女性が立っていた。彼女は商人なのだろう、大きな荷馬車が傍らに停まっている。恰幅の良いその女性はそばかすだらけの顔を驚愕の色に染めてこちらを、いや、アイリーンを見ていた。アリィと呼ばれた本人も目を大きく見開いている。

「アリィ…アリィだろう…?」

「エマ伯母さん…」

 彼女の名前を口にしたアイリーンは体を強張らせた。エマは嬉しそうな顔をしてこちらに走ってきた。そしてそのままアイリーンを思い切り抱きしめる。

「アリィ!良かった…生きてて…本当によかった!こんなに大きくなって…」

 心の底から心配していたのだと伝わる様な優しい声にアイリーンは動揺した。どうしてこの人はこんなに優しい声で話すのだろう。目の前にいるのは自分の弟を殺した本人だというのに。憎んでいる相手にどうして彼女はこんな暖かい言葉をかけられるのだろう。混乱する中、ようやく絞り出したのは謝罪の言葉。許されるなどとは微塵も思っていなかったが、謝らずにはいられなかった。

「…ごめんなさい」

「何謝っているんだい!心配するのは当然のことさ。こうしてあんたが無事でいてくれただけで十分だよ!」

 アイリーンから体を離したエマは止めどなく流れる涙を袖で拭いた。アイリーンの謝罪をエマは彼女の本意と違う様に捉えた様だ。そんな彼女にアイリーンはさらに表情を曇らせる。昔から変わらない、おおらかで暖かい、そそっかしい伯母に涙が出そうだった。

「本当によかった…あんたが帰ってきてくれて…」

 そう言ってアイリーンの手を引いて歩き出そうとしたエマをアイリーンは止めた。

「伯母さん、私は帰ってきたわけではないんだ」

 そう寂しそうに微笑むアイリーンをエマは不思議そうに見つめる。わかっていなそうなエマにアイリーンはさらに寂しそうな表情を向けた。本当は帰りたい。しかし、それは出来ない理由を簡潔に言う。

「私は追放されたんだ。…生まれ故郷を」

 その言葉にエマはハッとした。アイリーンが無事でいた事が何よりも嬉しく、彼女が行方不明になっていた理由を忘れていた。そして、それがアイリーンを傷つけた。

エマは一度地面を見つめると意を決した様にアイリーンの顔再び見る。

「村長にあんたの追放を取り消してくれる様に頼むわ」

 その決意をアイリーンは首を振るだけで否定した。

「駄目だよ、そんな事をしたら今度は伯母さんが追放されちゃう」

「それでもいい!」

「よくない」

 有無も言わさない真っ直ぐな言葉にエマは黙らされる。アイリーンは構わず続ける。

「私は然るべき理由で村を追放された。悪魔の様な力を持って生まれてしまったから、あの村を追放された。私があの村にいれば、村の皆に被害が出てしまう。また…死人が出てしまう」

「あれは…二人が死んだのはあんたのせいじゃない!」

 自虐的なアイリーンの発言にエマが強い口調で反論する。それだけは譲れないとでも言うかのような口調であった。アイリーンは一瞬目を見張ったが、すぐに目を細めた。

「ありがとう、エマ伯母さん。でも…あれは私のせいだよ。母さんも父さんも私のせいで…。ごめんなさい」

 もう一度された謝罪に、今度こそエマはアイリーンの本意に気づいた。

一番辛いはずなのに、彼女は謝るのだ。自分のせいではないのに、彼女は謝るのだ。

「なんで…」

 それだけ言うとエマはその場に膝をついてしまった。彼女の両目からは大きな涙の粒が次々と流れ出した。涙を流すエマの頭の中では、アイリーンが追放された日の出来事が走馬灯の様に流れていった。

 新月の夜、騒ぎを聞きつけ駆けつけるとそこには壮絶な光景が広がっていた。一面の深紅の中、幼いアイリーンが一人焦点の合わない瞳で佇んでいた。アイリーンの体も同じく深紅に染まっていた。そして、その傍らには深紅に沈む彼女の両親と、見知らぬ男が三人。あの晩、あの家で一体何が起こったのか誰もわからなかった。知っているのはあの場に居合わせ、生き延びたアイリーンただ一人だけであった。しかし、すぐに執り行われた村人による小さな裁判で、アイリーンは追放という刑罰を下された。まだ幼い彼女に追放は酷すぎるとエマは訴えたが聞き入れてもらえず、放心状態のアイリーンはそのまま追放されてしまった。エマはアイリーンを追うことすら許されなかった。

 下を向いたままのエマの前にアイリーンは膝をついた。

「ごめんなさい。私のせいで…。私は伯母さんの大切な人を奪ってしまった…それに」

 アイリーンの言葉を遮るようにエマは再び、今度は力の限り抱きしめた。

「謝るのは私のほうだよ、アリィ…あの晩、私はあんたを助けてやれなかった。まだあんなに幼いあんたを一人この世界に放り出しちまった。本当にごめん…本当…ごめんなさい…。今まで辛かっただろう…」

 嗚咽交じりに紡がれる言葉はアイリーンの心にじんわりと染み渡った。零れそうな感情を押しとどめるためにアイリーンは思い切り唇を噛んだ。拳を握り、目をきつく瞑る。そうでもしないと、大声で泣いてしまいそうだった。もう泣かないと、一人旅に出た時に心に決めたのだ。

「謝ることなんてないんだ。あんたは私が自分を憎んでいると思っているんだろう?」

 自分の心を見透かされた様で、表情が強張った。だが、それも一瞬だった。

「バカだね、憎んでいるわけないだろう?私にとってあんただって大切なんだよ。大切な人を憎む訳ないだろう?」

 その言葉に決心が一瞬だけ揺らいだ。一粒の涙が左目から溢れ、流れた。

「ごめ……ありがとう」

 謝罪の言葉を呑み込んだアイリーンの頭をエマは優しく撫でた。ゆっくりと体を離すと頬にできた一筋の涙の跡を拭う。優しい温もりにアイリーンも微笑んだ。エマも微笑み返すと、クラウドに視線を移した。悲痛な面持ちで立っていたクラウドが会釈した。

「そういえば、お前の存在を忘れていたな」

 普段の調子を取り戻したアイリーンは意地悪く笑ったが、彼女の悲惨な過去を垣間見たクラウドは普段通りの反応はできなかった。

「えっと…どちらさんだい?」

 エマが軽く首を傾げ、答えを促す様にアイリーンを見た。どう言ったものかと困っていたクラウドだったが、アイリーンはさらっと答えた。

「連れだよ」

「え?」

 あまりに自然に言うので、思わずクラウドは間抜けた声を出してしまった。エマは気にする事なく、そうかい、と言うと再び真剣な顔になった。

「アリィ、あんたにどうしても見てもらいたい物があるんだ」

「見てもらいたいもの?」

「そう、それは村の中にあるんだ…」

 その言葉にアイリーンは眉をひそめた。自分は追放されている身、村には入れるはずがない。

「それは持ってこられない物なの?」

 アイリーンの問いかけにエマは頷く。表情からして冗談ではなさそうだ。

「私にどうしろと…まさか…」

「あぁそうさ、帰るというのは無理かもしれないけど、少し入るくらいできるだろう…?」

 そう言うと荷馬車を指差した。


「…で、私まで荷馬車なんですね」

 あの後、少々論議があったがエマの真剣な眼差しがアイリーンを折ったのだった。そして今、アイリーンとクラウドはエマの荷馬車の中で揺られている。跳ね橋を渡る時軽い荷物検査があったが、長年商人をしているエマはほとんど検査されずに通れてしまった。

「どうだい、私の顔の広さも捨てたもんじゃないだろう?」

 そう言いながらエマは得意げな顔をした。思わずクスッとアイリーンは笑った。こんな風に彼女が笑うのは初めて見たかもしれないと、クラウドは珍しいものを見る事ができて得した気分だった。

「なんだ、何ニヤニヤしている」

 それに気づいたアイリーンはすぐに不機嫌そうないつもの顔になってしまった。

「伯母さん、何処にむかっているんだ…?」

 周りに気づかれない程度に外を覗きながら、手綱を取るエマに話しかける。先ほどまでのおどけた顔とは一変し、口をきつく引き結んで険しい顔をしていた。

「もう少しで着くよ」

 それだけ言うと黙ってしまった。石畳の道から逸れてほんの少しすると教会が見えた。教会が視界に入った瞬間、アイリーンの表情が曇った。そっと荷馬車の中で座りなおすと何かを考え込む様に下を向いてしまった。彼女の態度の急変を訝しげにクラウドが見ていた。声をかけるべきかどうか迷っていると荷馬車が止まった。外からエマの声がする。

「そこにマントがあるだろう?ちょっと汚いけど、それを被ってきておくれ」

 言われた通り、マントを探す。商品の中に埃をかぶったマントが数枚まるめて置いてあった。追放となったアイリーンはもちろんの事、部外者であるクラウドも同じく顔を隠す必要があった。二人は埃を払ってからそれぞれそれを頭から被り、顔を隠して荷馬車から降りた。

「墓地…?」

 そこには小さな石造りの十字架が一面に広がっていた。その中で一際新しい物があった。何も知らないクラウドでも、それがアイリーンの両親のものだというのは分かった。

 アイリーンは何も言わずにその墓の前に立った。初めて両親の墓と対面した彼女は今、一体どういう表情をしているのだろうか。マントで隠れて見えない表情をクラウドは想像し、あまりの悲痛さに目を閉じた。

 幼い頃失った大切な家族、そして葬式どころか墓参りさえさせてもらえず、ここまできてしまった。自分で建てた小さな木の十字架を墓として、彼女は何度そこで両親を想ったのだろう。

「父さん…母さん…ごめんなさい…」

 そう、墓に話しかける。刻まれた二人の名前をゆっくりとなぞる指がふと、止まった。

「え……?」

それを見ていたエマは震える小さな背中に向かって、アイリーンの知らない過去を語り始めた。


 これはアイリーンが村を追放されてからの事である。

 アイリーンが村に追放された後も彼女の両親の意識は戻らなかった。二人とも大量の血を流してしまったのが原因である。大陸とは孤立したこの村には進んだ医学もなく、ただただ二人の生命力を信じ、祈るしかなかった。

「二人とも、非常に危険な状態です。今すぐ息をひきとられても不思議ではない…。今はそばにいてあげてください」

 それだけ言い残し、医者は部屋を出て行った。真っ青になった二人の顔を見つめ、それぞれの手を握った。体温が低下しているのが嫌でもわかってしまう。苦痛に顔を歪ませる二人に向かって必死に話しかけた。

「アイリーンが追放されちまったよ…。ごめんなさい…止める事ができなかった…」

 彼女の瞳から涙が一粒、また一粒と零れ落ちる。

「だから…早くあの子を探し出してやっておくれよ…。あんた達が死んじまったらあの子は…!」

 悲鳴の様な叫びに反応するかの様にアイリーンの父、エドワードは呻いた。

「アイ…リーン……」

 それだけ呟くと、再び彼は生死の境を彷徨い始めた。

 翌日、アイリーンの母、ニーナは一足先に旅立ってしまった。大量に流した血は彼女から体温を奪い、やがて死へと追いつめた。彼女の生命力は死への誘いに抗う事ができなかったのだ。その日の内に彼女の葬儀が行われた。葬儀には最愛の夫の姿も、子どもの姿もなかった。多くの人が涙を流す中、最も涙を流していたのはニーナだったのかもしれない。

 あの晩から三日たった朝、エドワードは目を覚ました。

薄らと目を開けると視界に入ってくる見慣れない天井に戸惑いながら、必死に記憶をたどる。しかし、呼び起されるのは三人の男と一面の赤だけだ。

「俺…は…うぅ!」

 突如頭に走る激痛に悶える。

「エドワード…エドワード!」

 連日の看病に疲労から、うつらうつらと船を漕いでいたエマは苦しむエドワードの声に飛び起き、何度も彼の名前を呼ぶ。苦しみながらもエマの声に反応するエドワードはしばらく苦しんだ後、痛みが引いたのかエマに問いかけた。

「ニーナは…アイリーンは…!?」

 その問いにエマは俯く。しばらくの沈黙。その空気に耐えられなくなり、エドワードは隣のベッドに目を向けた。本来ならここにニーナが眠っているはずだ。彼女は自分よりも深い傷を負っていた。ここに眠っていないという事は…。

「まさか…二人とも…」

「違う!」

 エドワードの呟きをエマは大きな声で否定した。ゆっくりとエマに向き直る。彼女の目には涙が溜まり、今にも零れそうだった。

「違う……二人ともじゃ…ない…」

「それはどういう…」

 正直聞きたくはなかった。エマの表情からして二人とも無事という事はない、というのはわかった。それだけでも聞きたくなかった。それでも、エドワードはじっとエマの言葉を待った。エマは、涙をこらえて震える唇で必死に真実を告げる。

「ニーナは…あの晩の翌日…………眠りについたわ…」

 予期していた言葉だった。覚悟はできているつもりだった。だが、いざ現実を突きつけられると目の前が真っ暗になった。最愛の妻が死んだ。この世界、何処を探しても彼女はもういない。

「それじゃあ…アイリーンは…」

 最後の望みとばかりに、すがる様にエマに問いかける。そんなエドワードの瞳をエマは真っ直ぐに見る事はできなかった。

エマは心の中で叫んだ。神様、あなたはなんて残酷なのでしょう。彼から全て奪って何をしようと言うのですか。

 堪えきれなくなったエマは大粒の涙を零した。

「あの子は…アイリーンは…追放されたわ」

「は…?」

 言葉の意味が分からなかった。エマが何か言っているのはわかった。だが、世界から音は完全に消え失せ、思考は停止した。

「探さなきゃ…」

「え…?」

 エドワードには何か見えているのだろうか。目の前にある何かを掴もうと腕を伸ばす。震える指の先にある何かを焦点が合わない瞳は必死に捕えようとしていた。

「俺が…アイリーンを…探さなきゃ…」

 譫言のように繰り返しながら起き上がろうとするエドワードをエマが必死に止める。重傷を負った彼が今無理に起き上がれば再び傷口が開いてしまう。

「あんな幼い子どもが村を追いだされて生きていけるわけがないだろう…!?」

「そんな傷で動いてはダメだよ!」

「だが、こんな所で寝ていられるわけがないだろう!…っ!?」

 いきなり打たれた頬で我に返る。エマは涙を浮かべて、彼の頬を打った手を握りしめた。

「あんたが死んじまったら誰があの子を助けられるっていうんだい…。今…村長に気付かれない様に商人達であの子を探してるんだ。だから、あんたは早くその傷治しな」

「あぁ…わかった…」

 それだけ言うとエドワードは大人しく横になった。

「一人にしてくれ」

「…わかったよ」

 エマは自分から顔を背ける姿を一度見てから部屋を出て行った。扉が閉まると同時に彼の悲痛な叫び声が聞こえた。


「それから傷が癒えたエドワードはあんたの情報を集め始めた。そして、ついにあんたの居場所の情報を手に入れたんだ」

 三人はエドワードとニーナの墓を囲んで立っていた。

エマから語られる、自分が知らない真実。あの晩死んだのは母だけだった。父は生き延び、自分をずっと探してくれていた。何年も何年も探し、エマの話によると同じ時期におなじ地域にいた事さえあった。そして、死んだのは今から───一年前。

アイリーンが一人旅を始めたのは今から二年前だった。もし、私がすぐにこの村に戻っていれば、父さんに会えていた。

「父さんは何故…」

 死んだのか。死、という言葉がどうしても言う事ができなかった。彼女の心中を察し、エマは答える。

「流行り病さ…。この村に戻ってきた時には既に…手遅れだった。滞在していた村で次々に村人が死に始めて、まずいと思って出てきたらしいが…。この村にたどり着くまでに発病しちまったらしくてね…」

 その事実に再び愕然とする。

 もし、自分があの時すぐにこの村に戻っていれば父親は死なずにすんだかもしれない。いや、死なずにすんだ。自分を探す旅の途中で彼は流行り病にかかり、命を落としてしまったのだ。

「私が…殺したようなものだ…」

 アイリーンの口から漏らされた自虐的な言葉にエマが何か言いかけた時だった。

「おや、そちらのお二方はどなたかな?」

 声がした方を見ると、教会から出てくる二人の姿があった。一人はこの教会の神父、そしてもう一人は

「村長…」

 アイリーンを追い出した張本人、この村の村長であった。

「それで、そこのお二方はどなたかな?」

 笑顔だが、敵意剥き出しの言葉だった。よそ者は受け付けない、この村のしきたりそのものという男だった。

 追放されている身のアイリーンはもちろん、手続きをきちんと踏んでいない部外者であるクラウドも素性をばらす訳にはいかなかった。ここで村長に見つかれば、エマも処罰されてしまう。アイリーンは腰から武器を抜くと、エマの首に腕を回した。

「なっ!アイ……!」

 アイリーンと口走ろうとしたエマの口を手で塞ぐ。アイリーンの急な行動に村長も神父も目を丸くしただけで動けなかった。

「動くな!この女がどうなってもいいのか!?」

 アイリーンの鋭い声が墓場に響き渡る。ようやくこの状況を理解した村長が焦った様子で声を張り上げた。

「貴様何をしとる!彼女を離しなさい!」

「はい、そうですか…なんて言うことを聞く馬鹿が一体どこにいるんだ?」

 嘲笑するアイリーンに、村長は唇を噛んだ。クラウドに荷馬車から荷物を取ってくる様にと指示すると、アイリーンは村長に向き直る。

「貴様…何者だ!?こんな村に金目の物など無いぞ!?」

「お前と一緒にするな。金なんかに興味はない。古い伝統に囚われた哀れな村人がいると聞いてなぁ…その哀れな村人の長がどんな顔か見に来てやったんだよ」

 村長は怒りに顔を真っ赤し、拳を握った。しかし手元には何もなく、相手は武器を持っている状況で下手に動けばエマの命が危ないと判断した村長は、ただただアイリーンを睨みつけるだけであった。その後ろに立つ神父もじっと彼女を見つめている。

「ふっ…馬鹿ではないらしいなぁ」

 そう笑っている内にクラウドが荷馬車から戻ってきた。それと同時にアイリーンは村長に聞こえない様にエマの耳元でささやいた。

「ありがとう、エマ伯母さん」

 それだけ言うとエマを思い切り村長に向かって突き飛ばした。突き飛ばされたエマは村長に受け止められ、急いで振り向いたが見えたのは走り去るアイリーンとクラウドの姿だった。その背中にそっと、誰にも聞こえない様につぶやいた。

「ごめんなさいね、アイリーン……」

 村長はそんなエマに怪我が無いか確認すると、村人に二人を捕えろと命じるためには駆け足で去って行った。エマと神父の二人きりになると、ずっと村長の後ろにいた神父はアイリーンとクラウドが去って行った方向に笑顔を向ける。

「彼女…大きくなりましたねぇ」

「え…」

 神父の言葉の意味がわからず、エマは振り向いた。神父は彼女に笑いかける。

「よくご無事でした。あの時はまだ幼かったですからね、心配していたのですよ。本当によかった。凛々しく成長なさっていましたね」

 幸いな事に村長は気付いていない様でしたが、と優しく笑う神父の顔をエマは茫然と見つめていたが、やがて目尻に涙を浮かべながら頷いた。


 懐かしい故郷を、今は侵入者として駆け抜ける。この村の出入り口は、あの跳ね橋のみだ。

「待てー!」

 背後から村人の足音と叫び声が聞こえてくる。その中に見知った顔もいるのだろうが、アイリーンにとってそんな事はもう、どうでもよかった。真っ直ぐ跳ね橋へと向かる。視界の中に跳ね橋が見えてきた。

「跳ね橋をあげろ!」

 誰かの声に応えるかの様にゆっくりと跳ね橋があがり始めた。ここを閉じられてしまえば村から出ることはできない。ちらっと後ろを走るクラウドを見やると、クラウドはその視線に気づいた。

「私なら大丈夫ですよ」

 アイリーンが何を言いたかったのか、わかっている様だった。アイリーンはクラウドの返事を聞くと一気に加速した。そして半分閉じかけられた跳ね橋を一気に駆け上る。

「なに!?」

 追いかけてきていた村人がどよめいた。通常の人間なら間違いなく成せない業だ。アイリーンは跳ね橋が閉じかける僅かな隙間から村の外へと飛び出した。クラウドもその後に続く。着地した二人の背後で跳ね橋が音をたてて完全に閉じられた。


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