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第1章 一人旅の終わり 第4節:夜襲

 第四節 夜襲


 アイリーンが目指しているロンヴェイグ村は島の中に村があり、大陸と島を繋ぐのは小さな橋が一本あるのみという少々変わった村だ。商人である村人は定期的に島を出て近隣の村や町と貿易を行い、再び村に戻ってきて商売をする。外界との関わりと言ったらこれだけだ。完全に隔離された村。ここには独特な伝統と文化が今も生き続けている。

「ここからどれ程歩くのですか?」

 森を半日程歩いた頃、クラウドは変わらない景色を見回しながら言う。

「このペースだったら明日の夜までには着くはずだ」

「そうですか」

 これきり再び沈黙が続いた。クラウドは何となくアイリーンに話しかける。

「そういえば、貴方は何処出身なんですか?」

 とても長く一緒にいる気がするがまだ出会って半日もたっていないのだ。まだお互いの事を何もわかっていないと言ってもいい。そんな彼の質問に

「……ロンヴェイグ村だ」

 ぶっきらぼうに答える彼女に違和感を覚えた。常にぶっきらぼうだが、今のは特段ぶっきらぼうだった。拒絶の様な返答にクラウドは余計な事を聞いてしまったかと心の内で溜息を吐いた。クラウドはあえて気付かなかったかの様に会話を続け、何気なく話題を彼女から自分へと移した。

「なるほど、今向かっているのは貴方の故郷なんですか。故郷がわかるというのは、素晴らしいですね」

 今度はアイリーンが首を傾げた。彼の口調からすると、彼には故郷が無いかの様だった。背後からでは彼女の表情が見えないのでクラウドは特に気にする事なく話を続けた。

「物心がついた時にはもうあのお屋敷の使用人だったらしいので、私には故郷っていうのが一体何なのか、良くわからないんですよね」

「…お前はそんな幼い頃から働いていたのか。親の稼ぎではままならなかったのか…?」

「さぁ…どうなんでしょうね」

 まるで他人事の様に言うクラウドが今、一体どんな顔をしているのか気になり、アイリーンは肩越しに彼の顔を見た。

「……お前」

 出会って間もないが、今までの彼の態度からは想像できない様な表情だった。悲しそうな、寂しそうな、心の奥底に何かを隠す辛そうな、静かな微笑であった。茫然と自分を見つめる彼女にどう反応していいか困った様に苦笑すると、さらりと驚愕の事実を告げた。

「私には家族どころか記憶が無いんです。あのお屋敷に来た時より前、私は一体何をしていたのか、何処で生まれてどんな経緯であのお屋敷にたどり着いたのか覚えていないんです」

 アイリーンはそんな彼にどう返していいかわからず、思案顔で再び前を見た。自分が今どんな顔をしているのかわからないアイリーンはどうしても彼の顔を見れなかったのだ。この世には自分が思っているよりも辛い過去を背負った人が多くいるのかもしれない。記憶はその人そのものだ。記憶が無くなったり、記憶が変わってしまえばその人はその人ではなくなってしまう。彼はそんな大切なものを失ってしまったという過去がある。それでも彼は気丈に笑うのだ。なんて強いのだろう。…いや、自分がただ

「…弱いだけかもしれないな」

 アイリーンはぽつりと呟いた。

「ん?何か言いました?」

「いや、何も」

 そう言うと再び沈黙が続いた。日が沈むまで黙々と歩き続けた。アイリーンは終始何かを考え込んでいた。

 夜になると二人は寝る準備に入った。今夜の空は少々雲行きが怪しい。アイリーンは数少ない荷物の中からシートを取り出し、木に登るとそれを枝に結わきつけた。

「何ですかそれ?」

 木の下で夕食の準備をしていたクラウドが問いかけてきた。

「…………?」

 しばらくしても返事は返ってこない。クラウドは木の上にいるアイリーンを見上げた。彼女は心ここにあらずという様子で作業を続けている。クラウドがもう一度声をかけると驚いた様子でこちらを見下ろす。

「一度声をかけたのですが、気づきませんでした?」

「え、あぁいや…すまん。少し考え事をしていた。で、何だ?」

「いえ、大した事ではないのですが、それは何ですか?」

 そう言ってアイリーンの手元を指差した。

「あぁ、これか。雲行きが怪しいからな、屋根の代わりだ。テントは重くて到底持ち運べないからこうして必要な分だけ切り取ってあるんだ」

「なるほど…」

 見上げた空の向こうにどんよりとした雲が空を覆っていた。今日の風はそんなに強くはないので、すぐには降りそうもなかった。降るなら眠っている頃だろうかとクラウドは思いながらしばらくぼんやりと空を見上げていたが、小さな鍋がたてるコトコトという音で我に返る。シートを張り終えたアイリーンが降りてきた。

「もうすぐできますよ」

 クラウドの顔をちらっとだけ横目で見てからアイリーンは

「少し散歩してくる」

 とだけ言って歩いていってしまった。小さくなっていく彼女の背に

「スープが冷める前に戻ってきてくださいねー!」

 と叫ぶ。アイリーンは軽く片手を挙げただけで何も言わず歩いて行った。ふと置いてあった彼女の荷物の中に武器まで置いてある事に気付いたクラウドは少し不安に思った。

 

 耳に届くのは森を吹き抜けると風と遠くで鳴く動物の声だけだった。静かな夜。こんな夜を彼女は今までずっと一人で過ごし続けてきた。森で過ごす夜はいつだって一人だ。そして時には傍らに死体が転がっている時でさえあった。

「クラウド…か」

 昨晩出会った不思議な男の名前をつぶやく。

自分の、アミナスの姿を見てなおこうして一緒にいる事を選んだ。普通ならあの姿を見たら怯え、自分を恐れて離れていく。“化け物”という鋭利な言葉を自分に投げつけて逃げていく。どんな攻撃、どんな傷よりもその言葉は彼女を痛めつけた。外からは決して見えることのない深く、癒える事のない傷。

いつからか彼女は人を避ける様になった。周りを巻き込まないためというのもあったが、どんなに親しくなった者でさえ、自分の正体がわかれば優しかったその表情を変えて自分を拒絶する。これ以上傷つくのが怖かった。決して命に関わる事のない傷は、確実に彼女を死へと追い込んでいく。

それでも彼は違った。あの姿を見てもなお、危険だと感じなかったと言った。拒絶するどころか共にいる事を望んだ。どんなにこちらが拒んでもそれを曲げる気はない様だった。

 今までにも彼の様についてくる輩はいた。だが、そいつ等も化け物じみた自分の姿を見た途端に姿を消したのだ。自分のこの力を欲しているというのが見え見えだった。彼も奴等と同様なのだろうか?自分の力が欲しいがゆえに共にいるのだろうか?

「しかし、あいつの瞳はあまりにも…」

 そうつぶやいた時だった。近くの茂みが音をたてた。動物なのかそれとも───

「誰だ!?」

 アイリーンの鋭い問いかけにも返事がない。動物ならまだしも自分を狙う敵だとしたら厄介だ。そう思い、腰に手を伸ばしたが

「え…?」

 武器がない。クラウドのところに置いてきてしまったのだと気づき、目の前が真っ暗になる。いくら自分に力があるとはいえ、素手でなんて戦った事はない。急いで落ちていた木の枝を拾い上げ、構えた。そして次の瞬間、茂みから何かが飛び出してきた。アイリーンは反射的に枝を振り上げ、飛び出してきた何かに叩きつける。吹っ飛ばされた何かは少し離れたところの地面に叩きつけられると動かなくなった。その姿にアイリーンは眉をひそめた。

「魔犬…?」

 殴られた額からは血ではなく魔力が光の粒となって、はらはらと消えて行っていた。ゆっくりと起き上がろうとする魔犬にアイリーンが一撃食らわせると、魔犬は遠吠えの様な断末魔をあげ、黒き花弁となって散って行った。

 一枚拾い上げ、見つめる。何故こんなところに魔犬がいるのだろうか?クレイヴの仕業なのだろうか?そう思考を巡らせていた時だった。

「まさか…」

 気配を感じ、アイリーンは辺りを見回した。それも一体や二体どころではない。かなりの数だった。持っていた枝を再び構える。

「戦いでこんなに緊張するのは久しぶりだな…」

 そう苦笑するアイリーンの目の前に一体、また一体と次々に魔犬が姿を現した。視界に入るだけでも十体はいそうだ。こんな数を木の枝で戦うのは不可能に近い。

 一体の魔犬が地面を蹴ってアイリーンに飛び掛かろうとした瞬間、横から殴られた様に魔犬は吹っ飛んだ。一瞬何が起こったのかわからなかったアイリーンだったが

「無事ですか!?」

 その声で理解し、石を握りしめて駆け寄ってくるクラウドの姿に何故かほっとした。

「あぁ、大丈夫だ」

「よかった…。これ、忘れ物ですよ」

 クラウドは心底安心した様に溜息を吐くと、アイリーンに武器を手渡した。アイリーンは受け取った武器を抜く。

「一つ借りだな」

「ははは、そういう話はここを生き残ってからにしましょう」

そう笑うクラウドにアイリーンは不敵に笑ってみせた。

「私を誰だと思ってる?」

風が吹き、アイリーンの前髪を揺らす。そこから覗く右目が血の様に紅く染まっていく。周りの空気が変わっていく。それを感じ取ったのか、魔犬達も体を低くし、いつでも飛び掛かれる様に構えた。お互いの腹を探り合うかの様に睨みあう魔犬の群れと二人。いつまでも続くかの様にさえ思える濃密な殺気が漂うこの時を一体の魔犬が破った。それが合図だったかの様に次々と襲い掛かる。

「行くぞクラウド!絶対に死ぬなよ!」

「紳士たる者、約束は果たしますよ!」

 こんな状況なのに、二人は笑っていた。背を合わせ、背後を互いに任せあう。今は目の前の相手だけに集中すればいい。

 クラウドはアイリーンが背後を自分に任せてくれた事を、

 アイリーンはクラウドがいることで安心して戦える事を、

互いに思うところは違うが、今二人はそれぞれの理由で心が満たされ、そして笑うのだ。

「おい、クラウド!」

「なんです?」

「一人でないというのも、悪くはないな」

そう言う彼女の笑顔にクラウドは一瞬、見惚れた。これまで生きてきてこれ程までに真っ直ぐで心の底から込み上がる笑顔、自分は見たことあるだろうか。

「危ない!」

 アイリーンの声と共に背後で断末魔が聞こえた。どうやら、クラウドの一瞬の隙をついて魔犬が背後から飛び掛かってきていたらしい。アイリーンは不機嫌そうな顔でクラウドを睨む。

「前言撤回だ」

「申し訳ありません。ですが…」

 今度はアイリーンの背後で断末魔があがる。

「これで、おあいこです」

 微笑むクラウドにアイリーンは肩をすくめてみせた。

「一気に片を付けるぞ!」

「了解です!」

 それからのアイリーンの戦いぶりは物凄かった。遠目から見ればまるで舞う様だ。握られた剣は動きを止めることなく一撃、また一撃と魔犬を葬っていく。相手の位置、目線、息遣い、この場における全てを彼女は把握している。相手に攻撃しながら、彼女の目線はもう次の相手へと注がれていた。常に次を考えている彼女に魔犬ごときが勝てるはずがなかった。クラウドはアイリーンの足を引っ張らない様にするのに精一杯だ。それでも、人間離れした彼女にも後れを取らない動きにアイリーンも内心驚いていた。彼の動きは魔力のものでなく体に染みついた身体的なものだ。その時、先ほど彼が言った言葉が浮かんだ。


『私には家族どころか記憶が無いんです。あのお屋敷に来た時より前、私は一体何をしていたのか、何処で生まれてどんな経緯であのお屋敷にたどり着いたのか覚えていないんです』


 そう言った時の彼の表情を思い浮かべた時だった。

「あ…ぐあぁぁぁぁぁ!」

 鋭い痛みが左肩を貫いた。アイリーンが戦闘に関係ない事を頭に過らせた一瞬に魔犬は彼女の左肩に噛みついたのだ。アイリーンの異常なうめき声にクラウドがこちらを振り向いた。視界に飛び込んできた光景に目を見張る。頭で理解する前にクラウドの体は動きだしていた。目にも止まらぬ速さでアイリーンの元まで来ると魔犬の頭部を殴りつけ、魔犬が口を離したのを確認するや否やその脇腹を蹴り飛ばす。信じられない速さだったが冷静で的確な判断であった。魔犬が離れる前に蹴飛ばしていればアイリーンの肩も食いちぎられていただろう。

「大丈夫ですか!?」

 傷口を抑えてアイリーンはその場で膝をついた。痛みに顔を歪め、息は荒れていた。応急処置で止血し安静にしなくてはならない。クラウドは辺りを見回したが、そこには魔犬がまだ数体低く唸り声をあげて二人を囲んでいる。どうしたものかと思考を巡らせているクラウドをアイリーンが手で制した。

「私なら大丈夫だ」

「何を言って…!」

「本人が…大丈夫だと言ってるんだ…」

 ふらつく足で必死に立つと右腕だけで武器を構える。息は荒れたままだが、それでもアイリーンはクラウドに笑いかける。

「幸い、やられたのは左だ…。しかも、たかだかこれっぽっちの数相手だろ?」

「ですが───」

 クラウドが反論する前にアイリーンは魔犬に向かって走っていた。クラウドも反射的にそれに続いていた。武器を振る度に傷口から血が流れ出す。

流れた血の代わりかの様に彼女の右目の紅がその濃さを増していったのを本人もクラウドも気付いていなかった。


 どれ程の時間がたったのだろう?

 遠くにあった雲がここまで来ていた。二人の間を吹く風もどこか湿っぽい。


「…終わったのですか?」

 静かになった空間にクラウドがぽつりと呟いた。

「あぁ…」

「…アイリーンさん?」

 ドサッという音にクラウドが振り向くとアイリーンはその場で倒れていた。左肩の傷口から流れた血は左腕全体を真っ赤に染めていた。

「アイリーンさん!?アイリーンさん!しっかりしてください!」

 どんなに名前を呼んでも返事が無いどころか反応さえない。そうこうしている内に彼女の頬に一滴の雨が落ちた。そして、その量は増えてあっという間に土砂降りとなる。この雨の中では止血どころではない。雨はアイリーンから血も体温も奪っていく。クラウドは自分のジャケットをアイリーンにかけると、

「ちょっと失礼しますね」

 抱き上げた。雨から彼女を庇うように抱きかかえて暗い森を走る。幸い、先ほど起こした火からはそう遠く離れていなかったので、ぼんやりと火が見える。その小さな灯を目指して全速力で走った。その間もアイリーンの体温はどんどん低下していく。早く止血をしなければ彼女の命に関わるだろう。

 そこまで遠いわけでもないのに、今は物凄く遠く感じた。ようやくたどり着くと、木の根元にアイリーンを横たわらせた。この土砂降りのせいで火は消えていたが、木のおかげで雨は凌げる。アイリーンが雨除けとして張ったシートは木の上で、さすがに彼女を木の上にあげるのは危険だったので諦めた。必要ならクラウドが木の上から回収してくればいいだけの話だ。そんな事より今は止血が最優先事項であった。

 左肩の傷口を見る。普通の人間なら肩から腕を持っていかれていたであろう。魔犬の歯は骨まで達していたかもしれないと思わせる程深い傷だった。しかし、やはり普通の人間とは少し違う彼女だからだろう、すでに傷が回復し始めていた。

「このペースなら私ができる止血法程度でもなんとかなりそうですね」

 安堵の溜息をつくと簡易的な止血法で処置し始める。処置が終わる頃にはアイリーンの息遣いもだいぶ安定してきていた。クラウドは一旦彼女をその場に寝かせると木に登った。やはり雨を凌ぐには木だけでは不安であったのでシートを回収するためだ。回収すると木の幹と幹に結わきつけた。これで彼女が雨に晒される事なく一晩過ごせる。明日の朝には彼女の傷も回復しているだろう。

「この雨では火を焚くのは無理そうですね…」

 彼女の体温をこれ以上下げない様にトランクから大き目のタオルを取り出した。さすがに毛布までは持ち出せなかったので今はこれが最善であった。


 その晩、しばらくクラウドは再び魔犬の襲撃がないか見張りをしていたが、やがて雨が上がり朝が来ると重い瞼を閉じて眠りについた。


「う…ん…?」

 先に目を覚ましたのはアイリーンであった。薄らと瞼を開けると光が差し込んできた。どうやらもう朝らしい。しかも、周りの空気からして早朝ではなく昼に近そうだ。雨よけのシートの下なので太陽の位置がわかりにくい。時計を持っていないアイリーンにとっては太陽の位置が時計代わりだった。

「よいしょ…ん?」

 起き上がろうとしたが、どうも体が重くて動けない。

「そうか…私…」

 昨晩の出来事を思い出す。昨晩自分は左肩に深手を負ったのだ。通常の人間なら死んでいただろう。これも自分が化け物のお蔭と言ってはなんだが今こうして生きている。死ななかったことは、きっと喜ばしい事なのだろう。だが、それは自分が人間ではないと再確認し、その度に見えない傷が増えるのだ。

 そういえば、クラウドの姿が見当たらない。朝食の支度をしている訳でもないし、トランクは置いたままだ。一体何処に行ったのかと首を傾げる。そういえば、昨晩あれほど血を流したのに体が冷えていなかった。自分にまかれた大きなタオルはクラウドが巻いたのだろう。左肩にも止血の処置が施されている様だ。懸命に処置する姿が容易に想像できて、アイリーンは口の端を僅かに上げた。血は止まっている、というより傷はふさがっている様なので縛られた布を取ろうとした時だった。

「え…?」

 目の前に顔がある。無防備にスヤスヤと眠っているクラウドの顔だ。

「え…え…!?」

 状況を理解するのに時間がかかった。冷えていない体、重たい体、目の前にある彼の顔。そもそも自分はどうしてこんな体勢で眠っていた…?どうして自分は横たわっていない…?

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


「…まったく、寝ている人間をいきなりグーで殴るなんてどうかしてますよ」

 頬を赤く腫らしたクラウドがブツブツと文句を言いながら朝食の準備をする。

「もう一度殴られたいのか?」

「いいえ!結構です!」

 睨むアイリーンに全力で首を横に振るクラウド。クラウドは昨晩、雨で下がった気温からアイリーンを守るために彼女を抱きかかえて眠っていた。朝、先に目を覚ましたアイリーンは、訳もわからず混乱したままクラウドを思い切り殴りつけていたのだ。

 クラウドからしてみれば、命を助けるためにとった仕方のない行動であって、別に下心があったわけではない。それなのに寝込みに殴られるというのは、理不尽であった。

「…昨日は悪かったな。色々迷惑かけた」

 アイリーンだって理不尽だというのも、自分に非があるのもわかっていた。だが、彼女の性格からして素直に朝の事は謝れない。クラウドもその性格をだいたい把握し始めていた。

「いいえ、別に迷惑ではありませんでしたよ。ただ、少し心配しただけです」

 だから笑顔でそう返し、朝の件は無かった事にした。反省している様子は彼女の態度から伝わった。微妙な空気になった場をどうにかするため、少々語気をあげて言う。

「さて、朝食の準備ができましたよ。今日こそ村に到着予定ですよね?」

 しかし予想とは違い、クラウドのこの問いかけにアイリーンは表情を曇らせた。故郷に着くというのに何故この様な表情をするのかわからないクラウドは首を軽く傾げる。目的地であるその村に何かあるのだろうか?

「…あぁ、そうだな」

 それだけ言うとアイリーンは黙々と朝食を摂った。


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