第1章 一人旅の終わり 第2節:狙う者、狙われる者
第二節 狙う者、狙われる者
後ろをついてくる男の気配を感じながらも無視し続け歩いていたアミナスは突然立ち止まると振り向かずに、後ろの男に言う。
「…おい。いつまで付いて来る気だ?」
「いつ去ろうか、タイミングを測っていたところです」
「そうか。だったら、ここでお別れだ」
「そうですか。では、お気をつけて」
男は手を振ると角を曲がり、闇へと消えていった。散々ついてきていたあの男がこうにもあっさりと去った事を訝しく思いながらも先ほどから感じていた嫌な空気に注意を払う。殺伐としたオーラを回りに振りまきながら辺りの様子を伺っていると、
『こんばんは御嬢さん』
「……。」
突如響く少女の声。楽しそうにクスクスという笑い声だけがアミナスに纏わりついた。
「いいから早く出てこい。私が一瞬で散らせてやる」
『血の気が多いわねぇ、私を誰とも知らないで』
「クレイブだろ」
『…。』
アミナスは、ゆっくりと武器を取った。
『…なぁーんだ。ばれちゃってたかぁ…』
少女がゆっくりと闇から姿を現した。闇に溶け込む様な黒いマント、目元を覆う黒のマスク。弱い月光を浴びてぼんやりと輝く金髪に、それを二つに結びあげている赤いリボン、胸元にも大きなリボンがあしらわれている。危険な雰囲気の中にあどけない子どもの雰囲気が漂っている。
『だったら話は早いね』
その言葉が合図だったかの様に先程の影が湧き出てきた。
「またこれか。馬鹿の一つ覚えみたいに…あぁ、クレイブは馬鹿だったな」
少女は嘲笑するアミナスに何も反応せず、ただ笑顔のままだ。気付くとそこは影で埋め尽くされていた。
『やっちまえ!』
影達は一斉にアミナスに襲い掛かる。アミナスの視界は影によって真っ黒となった。
「散れ!」
アミナスの横一線の一撃で十数体の影が散った。動きを止める事なく次の攻撃態勢に入る。背後からの攻撃をかわすと、そのまま影を葬る。まるで舞う様な姿を少女は顔色一つ変えずに眺めている。
(何故だ…?)
どう見てもアミナスが優勢だ。少女側はただ、やられるばかりなのに少女のあの態度はアミナスに怪訝な顔をさせた。
「…うじゃうじゃと…束になっても私は倒せないぞ」
アミナスの左瞳の色が───変わった。栗色だった左瞳は、真紅へと染まっていく。爆風を起こしてアミナスの背に漆黒の大きな翼が出現、悪魔の姿へと化けた。
「一気に片づけてやる」
『させないぞ!』
翼を羽ばたかせ、飛び上がろうとした、その時だった。
「!?」
アミナスの足元、地面から舗装された道路を突き破り、アミナスの足を鎖が捕えた。これでは飛び上がるどころか、移動さえできない。身動きができない標的に畳み掛ける様に影が群がる。
「…っく!」
『どう?馬鹿に捕まる気分は?』
少女の先の態度は、これだったのだ。最初から影だけで闘う気はなかったのだ。
『あははは!備えあれば憂いなしとはよく言ったものだね!』
高らかに笑う少女を睨む余裕もなく、身動きができない状態でアミナスは影と戦っていた。完全におされているアミナスはこの状況の苦しさを顔に出しながらも、それでも諦めずに応戦していた。
『…つまんなーい』
しばらく黙って様子を眺めていた少女が突然口を開いた。
『全っ然ピンチって感じじゃないじゃん。もっともっと苦しそうに戦ってくれなきゃ面白くないよ。もっと恐怖してくれないとさぁ…』
そう言うとパチンと指を鳴らした。一斉に影たちの動きが止まる。影たちは一体に集まり、そしてそれは大きな一体へと変貌していった。その光景にアミナスは目を見開き、息をのむ。その表情に少女は歓喜の声をあげた。
『そう!その顔が見たかったんだよ!いいよ…その顔すごくいい!あはははははっ!』
アミナスに少女の笑い声は届いていなかった。身動きが取れない状況におかれているアミナスはこの圧倒的な大きさを誇る影に、なす術はないのだ。嫌な汗が一筋、背中を流れたのがわかった。
「だったら…!」
アミナスはありったけの力を剣に集める。膨大な力をぶつけて影を一撃で粉砕してやろうという考えだ。影の背後で笑う少女の姿が目に入った。影を倒したところで、まだ倒すべき敵はいるのだ。死ぬのが数分、いや、数秒先延ばしされるだけの事だ。それくらいわかっていたが、やはり少しの可能性にすがりたがっている自分がいた。そんな自分を腹の中で笑う。今まで何度も死のうとした。生きたくないと何度も何度も思った。それでも今、無意識に生きる道を選択したのだ。完全に命を投げうつ事が出来ていない自分が哀れだった。
「くらえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
アミナスの剣が炎を吹いた様に赤黒く光った。そして、光の軌跡を描きながら影を横に一刀両断した。一瞬の沈黙があり、影は爆風をたてながら散った。
終わった。これが最後の一撃だったのだ。続けて大量の魔力を打つことは出来ない。仮に打てたとしても目の前にいる少女は姿こそ少女だが強力な力を持ったクレイヴ一族の一人、この状況で勝てるはずがない。諦めた様に、ぼんやりと少女を見つめていると
『あれ、どうしたの?さっきまでの威勢はどこへ?』
諦めているのをわかった上でそう微笑む。
『アミナス…いや、アイリーン』
「何故その名を…」
少女の言葉にアミナスの表情が急変した。その顔に浮かぶのは驚愕というより、恐怖だった。アミナスの表情に、少女は満足げに笑う。
『そりゃあ獲物の事くらい詳しく調べあげるよ。他にも色々知ってるよ?あんたが不幸を(ミ)呼ぶ(ナ)者って呼ばれる様になった理由も』
「……!」
『あれはもう十年以上前の出来事かな?』
「やめろ…」
アイリーンの声に聴く耳を持たず少女は話し続ける。アイリーンの身体は小さく震えていた。
『まだ幼かったあんたが深い眠りにおちた真夜中に』
「やめろ…やめろ…!」
止める声が震えている。月光に照らされた頬は青ざめていく。
『突然現れた黒い─』
「やめろぉぉぉぉ────!」
たまらず叫んだアイリーンの声と重なる様に
『キャ───!』
少女の悲鳴が響き渡った。次の瞬間何かが雨の様に、しかし雨とは比べ物にならない速さで少女に降り注いだ。
「石…?」
アイリーンが足元に転がってきた物を見てつぶやくと石の雨がやんだ。
「近くに砂利道があって助かりましたよ」
その声が発せられた方を見上げる。アイリーンの背後にあった家の屋根の上に人影があった。その影に見覚えがある。長身で燕尾服、
「お前…!」
「クラウドです。そういえばさっき、自己紹介し忘れていましたね」
そう笑うのは先ほど別れたあの男だった。手には何故かバケツを持っている。
『ちょっとあんた!邪魔しないでよ!』
「申し訳ございません。主人のご命令しか聞き入れられない性格でして…」
クラウドはバケツから取り出した石を再び投げつけた。投げられた石は魔力を纏って少女に向かって飛んでいく。少女は石をよけるために後ろに飛び退いた。クラウドは屋根から飛び降り、アイリーンの目の前に着地するとそのまま少女に急接近する。少女が応戦するよりも早くクラウドの拳が少女の鳩尾に入った。
『ぐっ』
変な声を出し、少女の身体は後ろに吹っ飛んでいく。そして、積んであった木箱の山に突っ込んだ。壮絶な音が響きわたり、砂埃が少女の姿を隠す。軽く肩を回しているクラウドにアイリーンは
「…何故戻ってきた!」
「戻ってきたも何も…不穏な気配が近づいてきている事には気付いていましたから、少々武器調達に出向いていただけです」
持っていたバケツを持ち上げながらアイリーンに笑いかけ、こちらに近寄ってきた。
「お前には関係ない!いいから早く立ち去れ!」
「レディを置いていくなんて出来ません」
「ふざけるな!無関係な奴を巻き込むわけにはいかないんだ!」
「無関係…?何を言っているんです。貴方はさっき私を助けてくれたでしょう?」
「…相手が誰だかわかっているのか!?」
「わかってないですよ?」
平然とそう返されて、アイリーンは怯んだ。そんな彼女に構うことなくクラウドはアイリーンの足に絡みついている鎖を持っていた石で砕いた。
『あんた…一体何なんだよ…』
埃だらけになった服をはたきながら少女が砂埃の中から出てきた。クラウドは石をつかみ出し、いつでも投げられる態勢をとりながら微笑む。
「ただのリストラにあった執事ですよ」
『嘘つくな!この私に…この私に傷をつけられる奴が…ただの執事なわけないでしょ!?あんた一体何者なの!?』
「…ごたごた言ってないで早く去った方がいい。こっちは僕と彼女で二人だ。君は僕達には勝てない。だったらどうしたらいいか、賢い君にはわかりますよね?」
クラウドが見せた笑顔はとてつもなく冷酷だった。少女はその表情を見た途端、怯えたような表情をすると
『…つ、次会う時は絶対に殺してやるんだから!覚悟しておきなよね!』
そう精一杯吠えると姿を消した。
「よくできました」
いなくなった少女にむかってクラウドは微笑んだ。
「何故私の言う事をきかなかった」
「何故って…私はいつでも紳士ですから」
「死んでいたかもしれないんだぞ!?……っ!」
アイリーンは自分の頭にのせられたクラウドの大きな手から伝わる体温に言葉を失った。
「心配ありがとうございます。でも大丈夫、私は死にませんよ」
こんな風に人に触れられるのは一体どれほどぶりだろうか。
「……私が何者かも知らないのに」
アイリーンはクラウドの笑顔から視線をはずした。そうでもしなければ、今までせき止めていた何かが溢れてきてしまいそうだったから。こんなのは、自分らしくない。
「何者か知りませんが、自分の命を守るくらいの力は持っているつもりです。それに…」
言葉を切ったクラウドの顔を少し見る。クラウドは目を細め、アイリーンの瞳を真っ直ぐ見て
「あなたが危険だなんて、微塵も感じませんでしたから」
そう笑った。冷え切った胸の中、じんわりと温かい何かが小さく脈打ったのがわかった。その得体のしれない感覚に戸惑いながらアイリーンは頭に置かれたクラウドの手を払いのけると歩き出した。何も言わず、クラウドの元から去っていく。クラウドは溜息を吐くと去っていく小さな背を追った。
「いつまでついてくる気だ」
「別に気配は感じませんが?」
「そういう意味じゃない。純粋に、いつまでついてくる気かと聞いているんだ」
少し苛立ちながらアイリーンは立ち止まり、振り向いた。クラウドは相変わらず笑顔だ。クラウドのその笑顔に少しアイリーンは再び怯む。笑顔なんて向けられるのは正直慣れてない。向けられるのはいつも多くの恐怖と憎悪の表情だけだ。だから、クラウドにこんな表情を向けられると、自分はどういう顔をしていいのかわからなく、もやもやとした何かが胸に広がる。アイリーンはクラウドから視線を外すと、もう一度言った。
「いつまでついてくる気だ」
「どこまででも」
「お前いい加減に…!」
勢いで顔を上げると、クラウドがいつのまにか目の前にいた。何故か懐かしく感じる優しい笑顔で。何も言い返せないでいるアイリーンにクラウドは屈んで目線を合わせた。再び頭に手をのせる。
「大丈夫です。あなたを悲しませる事はしません。…絶対に死にません」
まるで、アイリーンの心の中を見透かしている様だった。今まで自分と関わったものはことごとく死んでいった。それを恐れてアイリーンは人と関わる事をいつしか止めていた。失うという恐怖を味わうくらいなら、最初から関わらない方がいいのだと自分の中で答えを出していたのだった。
それでも…さみしいという気持ちは…まだ死んでいなかったのだろうか…?もうとっくにその感情は死んだと思っていたのに…。それでも私は…。
「私は今まで一人で生きてきた。これからも…それは変わらない…」
そう言うとアイリーンは再び歩き出す。クラウドはふっと笑うと歩き出した。強がる背中に向かって
「では、私も一人で、貴女と同じルートで旅をしましょう。あくまでも、これは私一人旅で」
「…勝手にしろ」
「はい、勝手にさせていただきます」




