End Delusion-愛しい貴女へ最期のKissを-
暗く沈んだ部屋の中、独り少女の思いは漂う。
壊れた時計が指し示す、決して戻れぬあの日々に。
愛しい彼女の其の姿に。
「私の所為だ」
と蔑もうと変わらぬ日々の闇の中。
暗く輝く月影は、少女を照らし嘲り笑う。
心覆う暗幕に、映り流れる幻影を、この手の中にと伸ばした其の手は、徒々虚しく空振って。
今日も投げた日々が過ぎ、意識を闇へと落とす時、淀みの奥から呼び掛ける、壱つの声を少女は聞く。
「鬼さん此方、手の鳴る方へ」
聞き慣れた其の声に、聞き寂びれた其の声に、愛しい彼女の声辿り、少女は闇へと下りて往く。
霧に霞む一本道に、奇妙な哀愁、胸を穿つ。
暫く進んだ其の先に、往く手を阻む扉が壱つ、
「鬼さん此方、手の鳴る方へ」
響く声は此の向こう。
扉の奥から響き来る。
少女は扉を押し開けようと、力を込めるが動かない。
少女は扉を引き開けようと、力を込めるが動かない。
「其処に居るのは誰ですか?」
扉の奥から投げ掛けられる、問い掛けの其の声は、紛う事無く愛しい彼女、死した彼女の声だった。
「私、私だよ――!」
少女の発した其の声に、愛しい彼女は息を呑む。
そして静かに深呼吸。少女へと問い掛ける。
「如何して貴女は、此処まで来たの?」
「貴女の声が聞こえたの」
少女の答えを聞いて後、再び彼女は問い掛ける。
「如何して私の此の声が、貴女の元へと聞こえたの?」
彼女の其の問い掛けに、少女は再び答えを探る。
どうして彼女のあの声が、私に聞こえたのだろうか?
思いを巡らせその後に、少女は問いへの回答を、はたと思い付きこう告げた。
「其れは私が貴女の元へと、辿り付く為の道標。私は貴女を迎える為に、此の地まで来たんだよ」
「貴女が此処まで来てくれた。それはとても嬉しい事。ですが私は貴女と共に、往く事はもう叶わない」
彼女は少し悲しげに、少女に対してそう言った。
されど少女は、諦められぬ。
「如何しても貴女と生きたい」
と、少女は彼女に懇願す。
僅かな沈黙、其の後に彼女は少女にこう告げた。
「貴女の想いは伝わりました。それでは貴女と生きましょう。ですが徒壱つだけ、この誓約を交わしましょう」
彼女は壱つ、約束を交わす。
少女と壱つ、約束を交わす。
「貴女が通った霧の道。其の道を抜けるまで決して私の其の姿、目にしてはいけません」
少女は其の約束に、肯定の意を伝え示す。
「其れでは貴女は来た道を、お先に戻り帰りなさい。私は貴女の其の後ろ、貴女を頼りに帰ります」
少女は頷き、踵を返す。
扉を背にして、来た道帰る。
背後で響く、軋む音。
固い扉が開く音。
少女は言い付け護ろうと、背後を向かず、徒歩く。
深く霧に沈む道、物音壱つ聞こえ来ぬ。
暫く歩いたその後に、不安を感じ少女は問う。
「ちゃんと付いて来ているの?」
「勿論、貴女の其の後にちゃんと付いて来て居ます」
その言葉に安心し、少女は再び歩を進める。
されど少女は其の背後、彼女の気配を感じれぬ。
やはり不安をふと感じ、再び少女は問い掛ける。
「ちゃんと付いて来ているの?」
「勿論、貴女の其の後にちゃんと付いて来て居ます」
その言葉に安心し、少女は再び歩を進める。
されど歩けど歩けど積もる不安。
逸る気持ちも後押しし、少女は再び問い掛ける。
「ちゃんと付いて来ているの?」
「勿論、貴女の其の後にちゃんと付いて来て居ます」
三度目の問い掛けに、三度目の其の答え。
全く同じその回答に、少女は不安をふと覚える。
辺りを包む霧の白、段々薄れ行った頃、少女を苛む不安の波に、終に耐え切れず背後を見た。
「如何して、振り向いてしまったの」
其処に立つ彼女の姿、紅く染まった其の姿、紅い雫が頬伝い、白い衣服を染め上げる。
「貴女は私との誓約を、誓いを破ってしまいました。私はもう貴女と共に、此処から脱する事は出来ない」
彼女の言葉に、少女も涙。
「何故振り向いてしまったの……」
悔やみの言葉を吐き出そうと、所詮今更の事だった。
「私はもう此の場所に、居残る事しか叶わない。貴女は早く此の場から、立ち去るが良いでしょう」
彼女の言葉に少女は徒、徒只管に涙を流す。
周囲の霧が引けて往く。少女はただ泣きじゃくる。
見兼ねた彼女は少女へと、壱つ優しく口付けた。
其の感触を終にして、少女の意識は光を浴びた。
陽光差し込む一人部屋。
壊れた時計が指し示す、決して戻れぬあの日々を。
少女は自らを紅に染め、走り浮かぶ思い出に口元綻ばせ、永い眠りの海へと沈む。
紅い眠りの海へと沈む。