暇な幸いの現実
陽一の部活がない日はゲームセンターに寄って帰るのが常だった、普段どこで寄り道してるんだ?と聞かれてゲーセンだと答えると昔は不良のたまり場だ!とか父に言われて肩身が狭かったよ、と長兄の梓が笑ったのを思い出す。
つまり梓も寄り道はゲームセンターだった訳だ、まあ何時間も喋っていても不都合なくて順番待ちも殆どなくて、お金も使わない気ならほとんどかからない。
ファストフードやファミリーレストランより、よほど気軽でいいと俺は思う。
(不良の溜まり場ねえ)
胡乱な眼でぐるりとゲームセンター内を見渡しても今は学生が男女問わずとマニアックなゲームに集う層と家族連れが少しで、一見して不良と言えるような学生は見られない、というかこの中では制服をまともに着ていないわ、アクセサリーはじゃらじゃら、持っているのは薄い鞄のみの自分が一番の不良に見える、まあ一般的にはこの程度で不良とは言えまい。
一番上の兄の梓とは十歳ほど違うけど、十年前にも携帯はあったし格ゲーも音ゲーもキャッチャーもメダルゲームも、十年前だって割になんでもあった。
ネット対戦だって一応あったんじゃないだろうか?ゲームも携帯も機種が変わってる程度のものだと思う、しかし父の若いころにはどんなだったんだか、想像するだけだが厳格を絵にかいたような父があったとしてもゲームセンターに通い詰める姿は想像しづらかった。
「大体18時ーっと」
まあそんな事はいいや、と親指一つでフリック入力しながら帰宅予定時間をお手伝いの菊代さんにメールし終えると携帯電話をポケットにそのまま突っ込む、十年前にないものと言えばこのスマフォくらいか?
こつこつと隅っこを叩くと、ポケットからはみ出たもみじまんじゅうのストラップが音をたてた。
これは洒落なのか同い年の従弟が中学の修学旅行で行った広島で買ってきたものである。仲が良い訳ではないが付き合いも長いので悪い訳でも……。
「あれ?」
そんなに付き合い長かったっけ?従弟の御園生紫【みそのう ゆかり】の吊り目でちょっと和風な顔を思い出しながら首を傾げる。
いや従弟だしたまたま誕生日も同じ月だし、あっちが住んでいる京都とここは遠いが、行き来はそれなりにある、そうだ修学旅行のお土産に生八つ橋を渡すぐらいには付き合いが……まあ、そのせいで「もみじ」じゃない「くれは」だとか「なんで京都住まいに生八つ橋なんだよ!」とお互い苦笑いでは済まず殴り合う程ではないが喧嘩になった。
だから、そう悪い付き合いではない気がするが、長いか?となるとどうにも……子供の頃の記憶と言うのが自分は随分と薄い、特に自分の狂い?を自覚し始めた14歳以前はなんとも曖昧である。
メールは最近まあまあ、週に1回くらいはしているし近接の記憶はそうでもないのでもみじまんじゅう本体はそれなりに美味かった記憶が残っている、特にチーズ。
「あ~微妙に腹減ったかも」
「そうか、ちょっと早いけど食う?」
「ん」
ちょっと食べ物に回想が廻るとすぐこれだ、声をかけられれば思考は途切れるものだし、すぐがちゃがちゃうるさい耳に騒音レベルのゲームセンターの雑音まではいってくる。
これじゃあ考えるのも無理だし、紫との関係の長さとか友人ほっぽり出して今考える事でもない、人のプレーを見ていたはずの委員長に言われるがまま、二人で自動販売機に移動した。
「あ、チーズケーキにしよ」
「楓ほんと新製品とか期間限定好きだよね」
「だって今だけじゃん、気に入ったらリピートして、んで定番になったら次の新商品食う、委員長は何すんの?」
ガタンとアイスが転がり落ちる、屈みこんで取り上げるとこのゲームセンターの熱気の中でも良く冷えていて、いったいどれだけ電気を使っているのやら、ちょっと疑問だ。
まあ割に細い体の自分も、それでも男子高校生の平均並みには食べるので、効率を考えるとこの自動販売機より無駄にエネルギーを使っているのかもしれない。
「俺はバニラ」
「保守的ー」
腰を折るのではなく、屈みこんで取り出すのは委員長の100円と引き換えに出てきたバニラアイス、出来れば一口ご相伴と行きたい所だが……。
「王道を馬鹿にしちゃいかんぞ」
「だって毎回じゃん」
こう毎回同じバニラだとなんだか別に良いかと言う気になってしまう、バニラなんて高額なものならともかく、100円のアイスじゃそう味なんて変わらない。
その癖、こちらは新商品なのだからといつも委員長に一口持っていかれてしまうのだ。
ゲームセンターといっても何をするでなし、陽一がはまっている音ゲーのプレイを2・3回見て、キャッチャーの中の取れないぬいぐるみを冷やかし、クイズゲームを1回やる亨の回答を見たり、こんな風にゲームに興味のない委員長と100円のアイスを食べるのが、水曜日の楓のスケジュールだった。
あー暇、楽しいけど暇。
「ああ、俺明日休むから」
ぺりぺり包装を剥がし、白いアイスの素肌を露わにしながら、なんの事もない様に委員長は言った。
「予告?なに?体調悪い?」
なんで?と少し驚いてアイスから舌を離すと15cmは上の顔を見上げる、しかし目に見えるがっちりした委員長の体は健康そのものに見えるし、意識もしっかり、優しく笑う顔色だって良好、とても体調が悪いようには見えない。
いや見えなくとも体調が悪い場合がないとは言わないし、内部の病気なんてそうそう外に出ないけれど。
「いや家の用事」
「ああ」
その一言で特に疑問はなくなった、にこにこ笑う委員長に後ろ暗さのあるサボリだと考える気もしない。
予告サボリなんてしたところでどうしようもない、まあ、こういうのに罪悪感がないタイプだって世の中いるだろうけど、少なくとも委員長はそう言う感じじゃない、と俺は思った。
「法事かなにか?」
「んーそんな感じ」
ぺろりとバニラを舐めとる委員長、こんな所でのんびりアイス食べてるくらいなら、急ぎや不幸事ではないか。
委員長の家のことは知らないが良くあることだ、今時は法事でも別に四十九日だって日数は守らず日曜日にずらしましょうっというのも良くあることだが、まだまだ日数には意味がある、その日で無くては駄目だという意見も特に年寄りには根強くある。
自分も、なんたらかんたら古臭い仕来りにより~と無理にでも学校を休んだ事はあるし。
「あ、ノートは亨に頼んであるから大丈夫」
「信用ねーですね」
ニコっと笑って口直しなのか勝手にこちらのアイスにかじりついた委員長に、ちょっと苦笑気味に眉を寄せた、これでも勉強はちっとは真面目にやっているつもりなのだが、まあこの見てくれなので信用度が低いのは分からんでもない。
この委員長していますと言えば、ああ、とごく自然に納得される格好と並んで歩くだけでちょっとした注目の的だ。
「明日かぁー」
「うん」
俺もぺろりとちょっぴり減ったアイスに舌を伸ばす、チーズケーキと言いつつケーキ成分を何処かに置き去りにしているアイスは当たり前のように甘くてまあまあ美味しかった、が、なんとなく次は無い味。
耳が痛くなるほどの喧騒の中脳みその隅で疼くものがある。
にそう言えば我が家でも明日は何かあった気がする、バタバタと朝から菊代さんが食器のチェックをしていた、もっとも家の用事なんて梓が、道場の用事は次兄の榊が切り盛りするものであって、学生の末っ子がそんなに詳しく聞いている訳もないのだが。
「なんか、あった気がする」
「用事?まあ何かあったらメールして、休み時間でも」
「うん」
こんな風に記憶が曖昧なのはいただけない、だけど曖昧になることでどこか線を引いているのかもしれない、優しい委員長だからこんな風に気遣ってくれるだろうけど、忘れましたギリギリでごめんと用事を連絡したら普通の人なら気を悪くする。
見上げた顔は眼鏡の奥の眼を細めて、にっこり笑う、あれ……。
「どうしたの?」
「……なんでもない」
照明を絞っているゲームセンターの中のスポットで、一瞬だけ逆光になった視界の中で、あの男が見えた気がした。
そんなわけないのに、少なくとも委員長は、俺の知っている少しだけの印象でも女を蹴飛ばして赤ん坊を奪う様な人間じゃない。
(というか、そんな最低人間そうそういねーっての)
いやいや、と馬鹿らしい考えを頭の中で全否定しながら、少し溶けかかったアイスの残りを口の中に突っ込んだ。
遅くなりましたが2話目の投稿です。
3・4話は今回の空きよりは比較的早く投稿できると思います。




