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第七夜 忘却に潜む闇


息を潜めて慎重に歩を進める仲間達の一番後ろを歩く。

腐食の霧によって蹂躙された新校舎は、かつて私達が毎日のように過ごしていた場所からは懸け離れていたものになっていた。ここが夢の中と知りつつも、私達にとって掛け替えのない学校の無残な姿を見るのは忍びなかった。


一階から四階まで吹き抜けの空洞になっており、ほとんどの壁や床は黒ずみ腐り落ちていた。改めて見ると、近衛君の能力の恐ろしさを痛感する。


……生きている者の気配はなかった。


見晴らしがよくなり過ぎていたおかげで、この校舎内を捜索するのは簡単だった。新校舎にはもう誰も生きている者はいなかった。

旧校舎についても調べていたが、あちら側も誰もいなかった。隈なく調べ回ったという訳ではなかったが、木造校舎にこびり付いた大量の血痕、先に旧校舎にいたレオノーラ先輩の話を合わせても、生存者は期待できなかった。


グラウンドは……、私が最初に見回したとおりに誰もいなかった。あの時は気付かなかったが、ここにも幾つかの血痕が散っていた。さすがにこんな広過ぎる場所に逃げ込む者は多くなかったようで、数自体は多くなかったが。


生存者はもう私達だけのようだった。

たとえ、この世界が夢の中であっても、その事実は重く私達に圧し掛かった。


武曽の企みを阻止しなければ、私達全員は一生この世界に囚われたままとなる。何としてでも武曽を倒して、元の世界に戻るのだ。


そして、当たり前に享受していたあの平和な場所へ帰る。

誰一人欠けることなく、ここにいる全員で……。


私達は全員で戦うと決めた。礼夢とレオノーラ先輩が凄く嫌そうな顔をしていたが、武曽を倒さない限り、この世界からは逃げられない。どうあっても戦いは避けられないのなら、今ある戦力を合わせた方が可能性は上がる。


……といっても、礼夢とレオノーラ先輩は協力なんて大嫌いって顔に書いてあるし、協力をしようと言い出した音緒は普段から協調性の欠片もないマイペース娘だ。近衛君は協調性があっても、能力的に誰かと協力することが難しい。そして、私は覚醒者ですらない。正直不安のあるメンバーだと言うことは否めなかった。


だけど、個々人の戦闘能力は凄まじい。協調性は足りなくても、それを補うに充分過ぎる強さがある。これなら武曽相手にだって引けを取らないと思う。


私達は武曽を倒すべく彼を探しているのだが、なかなか見つけられずにいた。先程、両校舎の捜索を終えて、残るは体育館だけとなった。


あそこは最初に黒い影……、ナイトウォーカーが初めて現れた場所だった。最初から白夜の世界にいた近衛君やレオノーラ先輩にとって、最初の惨劇を目撃したトラウマのある場所だった。


「……そういえば、国崎?」


体育館に向かう途中で、近衛君が何かを思い出したように口を開いた。


「んっ、何?」

「いろいろあって聞きそびれたんだけど、国崎って今日は何で学校を休ん……って、うわわわっ!?」


話途中の近衛君のこめかみに、礼夢が赤い銃口を突き付けやがった。お前は狂犬か、と言わんばかりの手の早さだった。


「礼夢、近衛君に何してるのよ! 止めなさい、今すぐ!」

「……ちっ!」


礼夢はとてつもなく不満そうな顔をしていたが、大人しく銃を納めた。それでも射殺すような目で近衛君を睨みつけていたので、私はこの狂犬小僧の頭を一発殴ってやった。


「全く、どうしてそんな気が短いのよ、あんたは?」

「あァ? 誰のせいだ、誰の?」


まるで私のせいだ、と言わんばかりの目で私を睨みつける礼夢。


「あんたの気が短いのはあんたのせいでしょ! っていうか、いきなりあんなことして、近衛君に謝りなさい!」


「はっ! 誰が謝るか、こんなオカマモヤシに!」

「お、オカマ……、モヤシ……」


うわっ、近衛君の目の前でなんてことを……。

さすがに温厚な近衛君も今のは結構ムカついたみたいで、こめかみに青筋が立っていた。実乃里から聞いたのだが、彼は結構女顔のことを気にしているらしい。


「あ、あんたはもう本当に……」

「い、いいよ、国崎。別に気にしてないから」


引き攣った笑顔で言われても説得力はないよ、近衛君。

まぁ、穏便に済まそうとする近衛君にそんなことは言えないけど。


「そ、そう? ごめんね、近衛君。こいつ、本当に口が悪くて……。礼夢、あんたはちょっと離れてなさい! 邪魔だから!」

「……あァ?」


何か言いたげな礼夢を思い切り睨み付け、近衛君から遠ざけた。あれで結構私の言うことは聞いてくれる。……意外に素直なんだよね、あいつ。


「それで、何だっけ?」


「あ~……、えっと、今日、国崎が学校を休んだ理由なんだけど……」

「学校を休んだ?」


「えっ……?」


何のことか、さっぱりわからなかった。

学校を欠席した覚えなんてなかった。私は健康だけが取り柄なので、ほとんど風邪を引いたことはない。別にナントカは風邪を引かないという訳ではないが(……まぁ、成績優秀という訳でもないけど)、部活のために健康に気を使っているのだ。


しかも、今日ということは、白夜の世界に囚われる直前のことだろうか。

…………駄目だ、全然思い出せない。


「ごめん、思い出せない。……朝から全校集会があるってのは聞いてだけど、今日のことは全然思い出せない。近衛君はどの辺まで記憶にあるの?」


「んっ……と、確か体育館に入った辺りまでは……。これは実乃里や、他のみんなも同じだって言ってた。多分、不破が言ってたみたいに体育館でも睡眠ガスか何かで昏倒させられたんだと思う」


ちなみに、音緒も全校集会の時には体育館にいなかった。寝坊してやがったらしい。遅れて学校に来て、体育館で生徒全員が倒れているのを発見したのだ。


夢幻の民でも自発的に夢幻界に行こうとしなければ、夢幻界で意思を保つことが出来ない(そうでないと、彼等も安眠が出来ないので)。もし、音緒が体育館にいて近衛君達と一緒に昏倒させられていたら、その場で音緒は武曽に始末されていたかもしれなかった。


そういう意味では遅刻してよかった、と言えるかもしれない。だけど、週三くらいで寝坊している奴を素直に褒める気にはなれなかった。


「……えっと、私、今日は学校に来てなかったの……?」


「うん。実乃里は部活の朝練にも来てなかったって言ってたし、担任も国崎の欠席理由を知らないって言ってたよ(実乃里が聞いたんだけど)」


「……それはちょっとおかしいね?」


私は首を傾けながら答えた。

どうして私は今日に限って学校に行かなかったのだろうか。

少なくても私は何の理由もなく学校に行かないなんてことはない。部活もレギュラーを狙っているのでサボることはしない。よほどのことがない限り、無断で学校を休むことなんてないはずだった。


思い出そうとしても、今日のことはまるで霞が掛かったようにぼんやりとしていて何も思い出せなかった。


……小さなノイズが走る。


白夜の世界から入ってから何度も私の頭に割り込んでくる強烈な違和感。これは一体何なのだろうか。不吉な予感がしてならなかった。


「国崎、大丈夫? 顔色が悪いけど?」

「う、うん、大丈夫」


「無理に思い出そうとしなくていいよ?」

「……ッ!?」


あれっ……?

今の台詞、最近他の誰から言われた気が……?

……そうだ、先程旧校舎で礼夢に言われた台詞と同じなんだ。あの時も変なノイズが頭に走って、気味の悪い光景が見えて……?


駄目だ、このことを考えると頭が割れるように痛くなる。


「……ごめん。今日のことは本当に何も思い出せないや……。どうしてだろう?」


「いや、僕の方こそごめん……。思い出せないなら無理に思い出さなくてもいいよ。ちょっと気になっただけだから」


「うん……。よくわからないけど、私も結局この夢の世界にいるんだし……、どこかでぐっすり眠ってるってことなのかな?」


夢幻界にいるということは、どういう形であれ私もどこかで眠っているということだろう。だが、それは一体どこで……?


「……あっ、じゃあ、もしかして寝坊しただけなんじゃないかな?」

「寝坊? ま、まさか音緒じゃあるまいし……」


しかし、それは一理あるかもしれない。

寝坊していたというなら、学校に来ていないことと今日のことを思い出せないことを説明できる。だけど、なら幾度となく私を苦しめるノイズは一体何だろう?

しこりのような不快な感触が胸の奥で疼いていた。


「むぅ……。今、何か失礼なことを言われた気がする……」


地獄耳。あと、別に失礼ではない。事実だ。


「二人とも、そろそろ体育館に着く。小夜子は礼夢の側にいた方がいい。近衛の能力だと、近くに小夜子がいるのは邪魔。彼なら何があっても小夜子を守るの」


「う、うん、そうだね」


音緒に背を押され、私は見るからに機嫌の悪そうな礼夢の側まで行った。

礼夢の隣に並ぶとあからさまに顔を背けられた。機嫌が悪いというより、どこか拗ねている感じだった。どうも先程近衛君と話している時に追い払われたのを根に持っているのだろうか。


……なんか可愛いなぁ……。


不可解な点は多いが、礼夢は純粋に私のことを大事にしてくれている。その想いがしっかり伝わってくるから、私は彼を無条件で信じられるのかもしれない。確かに理屈の上では変かもしれない。だけど、この気持ちは理屈ではなかった。


「ねぇ、礼夢?」

「ふん……」


鼻を鳴らすだけで、私の方は向いてくれなかった。


「礼夢……?」

「…………」


返事はしてくれないが、話は聞いている感じだった。

……あぁ、まだ拗ねてるのか……。それとも、妬いてる……?


「さっき追っ払ったの、怒ってる……?」

「…………」


「あれは礼夢が悪いんだからね? あんな乱暴なことして……」

「…………」


「近衛君には実乃里がいるんだから、礼夢も変な勘違いとしないでよ。私と近衛君はただの友達なんだから。さっき怒ったのは礼夢があんまりにも乱暴なことするからだよ」

「…………ふん」


相変わらず礼夢はこちらを向いてくれなかったが、少しだけ態度が軟化したように感じられた。もう少し紳士的になってほしいけど、こういう素直になれないタイプも結構嫌いじゃなかった。


そのまま少しの間、無言で歩いていた。

ずっと寄り添って歩いていたいような安心感が私を包み込んだ。


ただ、私はどうしても礼夢に聞きたいこと、言っておきたいことがあった。体育館に着く前に私はそのことを切り出した。


「ねぇ、礼夢……」

「…………」


私の声色の違いを感じた礼夢は、ゆっくり私の方へ振り返った。


「私、この世界に来てから頭に変なノイズが走ることがあるの……。全然見覚えのない景色が見えたり、今日のことを思い出そうとすると頭が痛くなったりもする。何だか他のみんなとは違う何かが私に起きたのかもしれない……。

 さっき、旧校舎で私に『無理に思い出すな』って言ったよね? それってどういう意味だったのかな? ……もしかして、だけど……、礼夢は今日私が夢幻界に来る前のことを知っているの?」


「…………」


礼夢は足を止め、神妙な顔付きでじっと私を見つめた。

今、彼の表情には様々な感情が渦巻いており、語るべき言葉を探しているようだった。何度か口を開き掛けるが、結局彼の口からは何の言葉も出てこなかった。


それは少し不満ではあった。だけど、申し訳なさそうな礼夢の表情から、私を想って沈黙を守っているのだと察せられた。だから、不満はあるけど、不思議と怒りは起こらなかった。


「礼夢、貴方についてもわからないことはたくさんある……。礼夢も音緒もまるで私が知っていて当然みたいなことを言ってたけど……、私は貴方のことをほとんどわからない」


「……だから、てめぇは寝惚けているんだよ」

「……かもね。でも、私は礼夢を信じるよ。貴方は何があっても私を守ってくれるんでしょう? だったら、私も何があっても礼夢を信じるよ」


守ってもらってばかりいる私に出来る唯一のことは、礼夢を信じることだけだ。


たとえ、礼夢が何を隠していようとも、その真実がどんなものであろうとも、私はただ彼を信じていればいい。

礼夢は私の言葉を聞いて、呆けたように目を丸くしていた。


「だから、いつか教えてね……」

「小夜子……。お前はそれでいいのか?」


礼夢は酷く気まずそうにそう言った。

隠し事をしている後ろめたさがあるのだろう。だけど、彼が事実を隠しているのには理由があると思うから、それを隠す彼も含めて私は信じる。


「うん。正直、気になるけど、今は元の世界に戻ることの方が優先だよ。だから、必ず一緒に元の世界に戻ろうね、礼夢?」

「…………」


何故か礼夢は悲しげな瞳で私を見つめると、少し乱雑に私の頭を撫でた。


何だろう、今の表情は……?


礼夢の隠し事なんかより、今の悲しげな表情の方がよほど気になった。だけど、私を撫でる彼の手からは何も聞くな、と言われているように感じられた。


彼に話してほしいことはたくさんある。だけど、彼は多分何も語ってはくれないだろう。私が悲しむようなことは絶対にしないのだ。その優しさが少し心苦しかった。


「……礼夢」

「行くぞ。お前を必ず元の世界に返してやる」


礼夢はそう言って、私の頭から手を離し、力強い足取りで歩き始めた。しかし、勇猛ささえ感じる歩調に反し、彼の背中はとても寂しげだった。


彼は一体何を隠しているのだろう……?

そして、真実を知った私は何を想うのだろうか……?


ただ、礼夢は何があっても私を守ってくれるように、私も何があっても礼夢を信じよう。戦う力のない私に出来ることはそれしかないのだから。






To be continued


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