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Epilogue


夜闇を駆逐する果てしなき蒼。

大地を焼き照らす鮮烈なる紅。

遥かなる朝空を覆う優しき白。

始まりを告げる大いなる黄金。


夜に終焉をもたらすのは朝日ではない。夜明け前の数十分は、果てしなき蒼が世界を埋め尽くす。ブルーアワーとも呼ばれる薄明の時間だ。漆黒の闇は遥かな蒼によって駆逐されていく。


蒼く澄んだ空の後には、地平を鮮烈な紅が線を引く。まるで燃え盛る炎のように地平線を焼き、蒼はいつしか白光へと変わり、空は優しき乳白色に染まる。


そして、ようやく黄金の太陽が昇り、夜の終わりを告げる。

夜の終焉を見守りながら、私は川沿いのランニングロードを走り続けていた。こうして朝日を見ながら走るのは私の日課だったが、心はどこかここにあらずだった。


あの夢幻界での戦いから一週間が経った。

幻想聖母の力によって、あの事故自体がなかったことになった。音緒曰く、過去が別の過去に塗り替えられた、ということらしい。詳しいことは話を聞いてもよくわからなかった。ただ、そういう事例は少ないけど、幾つか確認されているとのこと。


……全く、現実の方がよっぽど常識外れだった。


メイアーハザードも最期に言っていたけど、現実の方がよほど理不尽だ。悪夢は現実を越えることは出来ない。なるほど、納得できる気がする。

人の想いは必ず実現できることしかないんだ。


だから、願えばきっと夢は叶う。

私はそう信じたい。


「……礼夢、会いたいよ……」


幻想聖母の力を失った私は、もうただの人間でしかない。

どれだけ願ったところで礼夢が私の元に戻ってくれることはない。

真城礼夢は私が生み出した幻想。しかも、礼夢が持っていた力も最後に私がもらってしまったので、彼自身が現実へ渡ることも出来ない。


もう二度と礼夢に会えない……。

だけど、会いたくて仕方ない……。

会いたい……。会いたいよ、礼夢……。


最近はずっと礼夢のことばかり考えている。たとえ、会えないとわかっていても、それでも会いたいと願い続けている。


幻想聖母でなくなっても、それでも私は強く願う。願わなければ、夢は絶対に叶わないから。だから、私は強く願い続けるしかなかった。


もう一度、礼夢に会いたいから……。

だから、私は絶対に諦めないで願い続ける……。











「小夜子~、おはよ~」


親友の元気な声が朝の澄んだ空気に響く。少し離れた交差点では常盤実乃里がピョンピョン飛び跳ねながら手を振っていた。朝からハイテンション極まりない。


こうして元気な実乃里を見ると、たまに戦いのことを思い出す時があった。

目の前で殺された私の親友。それが今、こうして普通に生きて一緒に登校できる。それは本当に幸せなことだ。


これが私の取り戻した日常だ。

泣きたくなるくらいに平和な私の日常だった。


早朝ランニングを終えて、熱いシャワーを浴びて、両親と一緒に朝ご飯を食べて、親友達と一緒に学校へ行く。本当に平和な日常だった。


「実乃里~、おはよ~」


私も走りながら実乃里に手を振り返す。


実乃里は、あの夢幻界の戦いの記憶をなくなっていた。戦いの記憶を失ったのは実乃里だけではない。他の生徒達も、一緒に戦った近衛君やレオノーラ先輩も、あの記憶を失っていた。

例外だったのは、夢幻の民である音緒や武曽だった。


あの二人は最後まで生き残っていたし、そもそもメイアーハザードにトドメを刺したのも彼等だった。だから彼等の場合、メイアーハザードに苦しめられた人々に該当されていなかったようだ。


「ねぇ、小夜子。昨日の日曜洋画劇場、見た?」

「あぁ、うん。見た見た」


実乃里と一緒に登校しながら他愛もない話題で盛り上がる。

ちなみに、昨日テレビで放映していた映画は一昨年くらいに流行ったB級アクション映画だった。アクションの派手さも見所だったが、恋愛要素も強くて最後はホロリと来てしまうハッピーエンドだった。


「面白かったけど、ちょっとご都合主義って感じだったよね」

「ご都合主義でもいいじゃん。やっぱり、最後はハッピーエンドがいいよ」


「まぁね。でも、小夜子ってご都合主義みたいなの嫌いじゃなかったっけ?」


私の嗜好の変化に、実乃里は首を傾げた。

確かに、以前までの私だったらご都合主義のハッピーエンドは嫌いだった。昨日の映画はちょっと強引な終わり方で、昔の私だったらあまり好きじゃない終わり方だった。しっかりストーリーを組み上げろよ、と文句の一つも言っていたかもしれない。

だけど、今は少しだけ考えが変わっていた。


「……そうだね。でも、ラストで想い合っている二人が別れちゃうより、結ばれてくれた方がいいよ。それが現実的じゃないご都合主義でも」


「ふ~ん。何か変わったね、小夜子。まぁ、私は元々ご都合主義、嫌いじゃないからね。やっぱり、みんな幸せハッピーエンドの方がいいじゃん。バッドエンドなんてクソ食らえだ~」


「ははは! そうだね。バッドエンドなんてクソ食らえだ!」


朝から女子高生二人がクソ食らえと連発する。私も実乃里も上品とはちょっと縁が遠かった。でも、こんな普通の会話が楽しくて仕方なかった。


そんな風に他愛もない話をして登校をしていると、前方にヒョロっと背の高い男子生徒の後姿が見えた。あれは多分近衛君だろう。こうして実乃里と一緒に登校している途中で近衛君と合流するのも日常の一つ。


ただ、最近はその日常がちょっとだけ変わった。その理由は近衛君の隣にいる金髪美女のせい。あっ……、腕なんか組んでるよ。今日は荒れそうだな~……。


「あぁぁぁ~ッ!?」


実乃里が憤慨した声を上げて、近衛君らしき人影に向かって突っ込んでいく。さすが陸上部の期待のエース。凄いスピードだった。


「レオノーラ先輩! 真から離れてよ!」

「……五月蠅いわね。真は嫌がってないわよ?」


天下の往来でいがみ合いを始める実乃里とレオノーラ先輩。

実乃里が何を言ってもレオノーラ先輩は近衛君から離れようとしない。それどころか豊満なバストを更に近衛君の腕に押し付け、誘惑と挑発を同時にしていた。


「うがあああッ!! デレデレするな、真!」

「べ、別にデレデレなんて……」


「あら? 真はこれくらいじゃ物足りない? もっと刺激が欲しいの?」


「えっ……? ちょ、これ以上は僕の理性が……」

「真の馬鹿ァァァッ!! あと、いい加減に離れろォォォッ!!」


あぁ~、平和だなぁ……。

近衛君をめぐって実乃里とレオノーラ先輩の小競り合いが私の日常に加わった。私は近衛君争奪戦とは無関係なので、面白く傍観させてもらっている。


どういうことなのか私にもさっぱり理解できないのだが、いつの間にかレオノーラ先輩は近衛君に好意を寄せるようになっていた。

理由は私に聞かれてもわからない。そもそも近衛君もレオノーラ先輩も夢幻界での記憶はなくなっている。それは間違いない。だから、二人に面識はないはずだが、いつの間にかこんな事態になっていた。


記憶を失っても、忘れられない想いがある。そういうことなのかもしれない。理論的な説明なんて出来ないけど、きっとレオノーラ先輩にとって絶対に忘れられない想いがあっただろう。


……っていうか、あのツンツンしたレオノーラ先輩をここまでデレさせるとは、近衛君恐るべし……。っていうか、デレた瞬間を見てみたかった。……残念。


「真、今度ウチに来ない? この間、妹に私の話をしたら、貴方に会いたいって言って聞かないのよ。それに、自慢のガーデニングも見せたいしね」


「れ、レオノーラ先輩の家にッ!?」

「駄目かしら?」


「だ、駄目ッ!! そんなの絶対に駄目ッ!!」

「……五月蠅いわね。私は今、真と話しているのよ。邪魔しないでくれる?」


「真は私の幼馴染なんだから、真の所有権は私にあるの! だから、勝手にレオノーラ先輩の家になんか行かせないわよ!」


「たかが幼馴染の分際で、真の所有権を主張しないでくれる? 真の所有権は私にあるのよ」


「や……、所有権って……。僕は物じゃないんだから……」


近衛君が助けを求めるように私にアイコンタクトを送ってきた。

でも、華麗に無視。だって、余計なことをして恋する乙女達を敵に回したくないから。恋愛事が絡むと女は怖いんだよ、近衛君?


あぁ~、それにしても、こういう変化は大歓迎。面白くていいなぁ~。


「レオノーラ先輩、貴方とは一度決着をつけないといけないみたいですねぇ……」


「ふっ……、同感ね。私も一度貴方を泣かせてやりたいと思っていたのよ」


「ちょ……、喧嘩は……って、ぎゃあああああああああッ!!」


平和万歳。

何だか悲鳴が聞こえるけど、今日もいい日だ。

さて、面白い見世物も堪能したし、遅刻しないうちにさっさと校門を潜ってしまう。ドタバタコメディを充分に楽しんだ私は一人だけ先に学校へと向かった。











霞ヶ原高校の校舎にはどこにも血痕など残っていない。真っ黒に焼け焦げたグラウンドもない。ファンタジーの魔窟みたいに不気味に歪んだ体育館もない。


どこからどう見ても普通の高校だった。

未だに生々しい血痕が残る校舎を思い出してしまうことがあるが、現実の校舎は掃除も行き届いていて綺麗なものだった。そんな校舎を感慨深げに通って、私は自分のクラスに入った。ちなみに、ラブコメしていた実乃里達は放置してきた。遅刻するから。


私は教室に入ると級友達と挨拶を交わしながら、音緒の席まで向かった。

音緒は相変わらず机に突っ伏して爆睡中だった。誰かが起こさないと、本当に終業時間まで眠り続ける(一度クラスで試してみたことがある)。眠り姫というあだ名は伊達ではない。


ちなみに、音緒がこうして爆睡し続けるのは、夢幻の民として夜通し悪夢と戦っている、という訳ではない。


武曽曰く、夢幻の民は夢幻界で意識を保っていられるだけで、身体自体は普通に睡眠をしている。よって、夜通し悪夢と戦い続けても翌日に何ら影響はない、とのこと。つまり、音緒が単純に眠るのが好きなだけだった。


という訳で、このネボスケを叩き起こすことに何ら罪悪感を覚える必要はない。


「音緒~、数学の宿題見せて~」

「…………むぅ~。小夜子、五月蠅い……」


音緒は机に突っ伏したまま、シッシッと手を振る。

しかし、私としても退けない理由がある。数学の担任はあの武曽なのだ。宿題を忘れたら嫌味の十や二十くらい言われるに決まっている。その上、課題もドーンと上乗せしてくるのだから最悪だ。


「見せて見せて~、ねぇ、ママ、見せてよ~」

「……誰がママ……? 私の鞄から勝手に取って。私はまだ眠い……」


「そう? じゃあ、遠慮なく」


レッツ、ガサ入れタイ~ム~♪

宿題? そんなの後々。何か面白い物ないかな~?

目当てのノートは手元にキープしつつ、音緒の私物を適当に漁っていく。


「手帳発見!」

「むぅ? 小夜子、何して……って、それ見ちゃ駄目なの!」


見ちゃ駄目と言われ、素直にハイそうですかと頷く奴などいるはずがない。


夢幻界では超人的な強さを発揮する音緒だったが、現実世界での音緒は運動神経ゼロだ。私はあっさり音緒の制止を振り切って、音緒の手帳を開く。


おぉ~、音緒が凄いイケメンと一緒に映ってる写真が出てきました。


「うわぁ~、音緒も隅に置けないわね。彼氏?」

「ち、ちち……、違うの! その人はそういうのじゃ……」


顔を真っ赤にしながら否定しても何の説得力もないわよ、音緒さん?

実際付き合っているかどうかは判断しかねるけど、手帳に写真を入れておくほど好意を寄せている相手ということか。


……にしても、本当にイケメンだ。ホント、凄いカッコいい……。


「いいから返すの!」


ムキになった音緒に強引にイケメン写真と手帳を奪い返された。


「で、誰なの?」

「小夜子には関係ない!」


「音緒の好きな人?」

「…………憧れの人。私の幻想の基盤になった人」

「ってことは、アレの元になった人?」


あの容赦なく世界を真っ二つにする常識外れな力の本来の持ち主かぁ……。


このモデル顔負けのイケメンってのを差し引いても、出来れば会いたくなかった。だって、こっちは現実なんでしょ? おっかなくて仕方ない。


「うん。この人は英雄だからね」


音緒は愛おしそうに写真を見つめながら、そう口にした。


「英雄は世界の危機には必ず現れる。まぁ、今回私達が解決しちゃったから出番ナシってことになっちゃったけど……。来てくれたおかげで一緒に写真撮れたし……」


「よくわからないけど、よかったね?」

「……むぅ……」


恥ずかしそうな顔の音緒は返答せず、手帳を抱えて机に突っ伏してしまった。


音緒も何だかんだで恋愛しているんだなぁ……。実乃里もレオノーラ先輩も、何だか楽しそうだし……。羨ましいなぁ……。


私はもう会えないのに……。

ぅう……、何だか思考が暗い方向へ行ってしまった。

私は頭を振って鬱な気分を吹き飛ばし、音緒のノートを片手に自分の席に戻った。


今は悩んでいても仕方がない。ひとまず数学の宿題を終わらせないと、武曽の嫌味フルコースになってしまう。


せっせと宿題を写していると、始業のベルが鳴った。実乃里と近衛君はギリギリセーフで教室に滑り込み、その直後に担任の武曽が教室に入ってきた。


「……ホームルームを始める。席に着け」


駄弁っていた生徒達は一斉に席に戻り、武曽の号令と共にショートホームルームが始まった。


一応、武曽の近況のことも少しだけ話しておこう。あの戦いの後、武曽はナイトメア領域から真城白亜さんを救出し、八年間寝たきりだった白亜さんの元へと毎日見舞いに行っているらしい。一度武曽と白亜さんのやり取りを見たが、……なんというか全然噛み合っていないようにしか見えなかった。でも、弟子曰くあれでラブラブらしい。


それと、相変わらず私の監視も引き続いているらしい。私はすでに幻想聖母の力を失っていたが、今後も悪夢に狙われる可能性も高いからだ。なので、監視というより護衛に近い役回りに変わった、といった方が正確かもしれない。音緒も武曽のサポートとして、私の護衛にあたるようだった。


幻想聖母の力……。

その力のせいで悪夢王に狙われ、たくさんの人を巻き込んでしまった。

だけど、その力のおかげで真城礼夢という一人の少年に出会えた。


幻想聖母の力を失った今だから思えることが、あの力に翻弄されたことは決して悪いことばかりではなかった。礼夢と再会することが出来、なおかつ最終的には夢幻界に封印されたメイアーハザードを倒すことも出来た。


またあんな厄介事に巻き込まれるのが御免だったけど、それでも私は幻想聖母の力を取り戻したいと思っていた。


いや、違う……。

幻想聖母の力は手段にしか過ぎない……。

私はただ、礼夢にもう一度会いたいだけなんだ……。


「……唐突だが、転校生を紹介する」

「えっ……?」


転校生という非日常の言葉にクラス中がにわかにざわめき出した。

有り得ない想像が脳裏を過ぎった。

あの古びた扉を開けると、そこには礼夢がいてくれるという幻想。


そんなことはないと思っても、心が高鳴りを止められなかった。そんな夢みたいなことがあるはずがない。現実は残酷だ。夢の世界よりも容赦がなくて、平気で心を踏み躙っていく。夢も希望も簡単には叶わない厳しい世界、それが現実なのだ。


でも、どんな小さな可能性にでも縋りたかった。

夢でも奇跡でもいい。


私はもう一度礼夢に会いたい。

どんなご都合主義なエンディングでも構わない。人から陳腐と笑われようと、つまらないと言われようと、私の想い描くエンディングはただ一つだけだった。


私には願うことしか出来ない。それだけが夢を叶える唯一の方法だから。だから、たとえ、それが有り得ない幻想であっても、私は強く思い描く。


お願い、私に最後の奇跡を……。






「相変わらず寝惚けた顔をしているな、お前は……」


「う、嘘……? これは夢……?」


「悪夢は終わった。もう現実しかない」


「……じゃあ、これはきっと正夢だね……」


「泣くな、馬鹿。お前に泣かれたら、俺が戻ってきた意味がねぇだろ?」


「でも……、でもぉ……。嬉しくて、涙が止まらないよ……」


「ただいま、小夜子……」


「おかえり、礼夢……」






夢は終わらない。

願い続ける限り、終わりなどない。

それがどんな奇跡のような夢であっても、絶対に……。






The END


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