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第十五夜 夢の終わり


「むぅ……、やってやったよ、小夜子……」


全ての想いを込めた一撃を放った音緒は満足そうな笑みを浮かべ、そして、そのまま彼女は力尽きた。意識を失った彼女を二人の師匠が優しく支えた。


これは一発勝負だった。

悪夢王を斬ることが出来たからよかったが、外れていれば全てはお終いだった。


いかに幾度となく想い描いた英雄のイメージであっても、世界一つを斬り裂くようなイメージを固定するのは難しかった。更にイメージを形成する精神力にも限界があり、音緒は初めから一撃しか放てないとわかっていた。それをナイトメア領域最深部からメイアーハザードに命中させなければいけない。


勝負は本当に紙一重であり、あれはまさに乾坤一擲の一撃だった。

運命を賭けた一撃であり、天地を引き裂くという神話のような一撃であり、不破音緒の全ての想いを込めた一撃。


「……お疲れ様、音緒。本当によくやったわ……」


白亜は意識を失った音緒の額を優しく撫でると、その身体が淡い光で包まれた。


音緒を包む光はナイトメア領域に充満する悪意を遮るためのものだった。意識を失った音緒には、ナイトメア領域の悪夢から心を守る術がない。そのために白亜がこうして結界を張って音緒を守る必要があった。


淡い白光が完全に音緒を包んだことを確認し、白亜はいつものようなトラブルメーカーの笑顔に戻った。


「さて、帰ったらどんなご褒美をあげようかな?」


「安心しろ。それなら用意してある。だから、お前は何もするな」

「へぇ、どんなの?」


「お前に教えると台無しにされそうだから教えない。とっと帰るぞ、白亜。そもそも私の一番の目的はお前を連れ帰ることにあったんだからな」


武曽は恋人の額にキスをし、愛弟子が叩き斬った遥か天空を見上げた。

一刀の下に断ち斬られた空からは一筋の光が差し込んでいた。永遠の闇に包まれるはずのナイトメア領域にもたらされた光。あの光こそが彼等の帰る道だった。











赤い大地は何も残っていなかった。

目を覆いたくなるような惨劇があった。

少女の必死の抵抗など何の意味もなさず、一方的な蹂躙があった。

心臓の大地にはもはや何もない。勇敢に戦った少年少女達の姿も、恐ろしい怪物の姿も、何もかも消えていた。

残っているのは、世界を分断する壮絶過ぎる傷跡だけだった。











「ぐぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」


悪夢王の絶叫が世界を震撼させた。

衝撃波のような悲鳴に私と礼夢は身を寄せ合った。

叫び一つでさえ凶器となる悪夢王も常軌を逸しているが、それを一刀両断する奴は常軌を逸脱しているどころか理不尽の極みだ。

メイアーハザードの絶叫が治まると、世界は不気味なまでの静寂に満ちた。


崩壊する悪夢王の肉体は不気味なほど静かだった。黒き一撃によって斬り裂かれた大地は徐々に離れていき、粉雪が舞うように灰色の破片が散っていた。


「か、勝ったのね、私達! やった! やったね、礼夢!」

「……クソ、せっかくこれから俺の見せ場になるはずが……。あんな寝惚けた奴に奪われるなんて……」


礼夢が拗ねた顔でぼやいていた。ちょっと可愛い。


「まぁ、いいじゃない。勝てたんだから結果オーライだよ。メイアーハザードがいなくなれば、みんな帰れるんだし」

「…………そうだな」


何故か寂しそうな笑みを浮かべる礼夢。

その表情が気になって声を掛けようと思ったその時だった。

巨大な何かが私達の頭上から落ちてきた。咄嗟に礼夢が反応して、私を抱えてその場から飛び退いた。直後、轟音と共に何かが大地を揺らした。


一体何が落ちてきたのかと目を向けると、そこには音緒の一撃によって死んだと思ったメイアーハザードがいた。


「ま、まだ生きていたの……」

「ぐぅぅ……、おのれ、人間風情がァ……」


「はっ! どうやら俺の見せ場が戻ってきたな! トドメを刺してやる!」


礼夢は血気盛んに二挺拳銃を構えた。

どうやら音緒に最後の見せ場を奪われたことを結構気にしていたようだった。


しかし、銃口を向けられても悪夢王は妙に落ち着いていて、襲ってくる気配は全くなかった。


「ふっ……、無駄だ、小僧……。どのみち我は間もなく死ぬ……。身体を真っ二つにされたこともそうだが、我を討ち滅ぼすという絶対の意志が我を貫いた……。我はその意志に敗れたのだ……。少なくても、我という自我の崩壊は止められん……」


「……ちっ、そうかよ」


礼夢はつまらなそうに舌打ちすると二挺拳銃を仕舞った。


「だが、我は悪夢の集積体……。我という自我などに大きな意味はない……。いずれまた別の悪夢王が生まれるだろう……。たとえ、ナイトメア領域を斬り裂くほどの意志があろうと、悪夢の全てを滅ぼすためには夢見る全ての存在を殺さぬ限り不可能だ……。まぁ、それは貴様達には関係のない話だがな……」


「そうね。正直、またあんたみたいな化け物と戦うなんて御免だからね。私は平穏無事な日常に戻らせてもらうわ」


「日常に戻る……? ふっ……、それは不可能だよ、幻想聖母……」


「なッ……!? ど、どうしてよッ!? くぅ……、こんな時にまたアレが……」


突如、ノイズが走った。

この世界に来てから幾度となく私を襲ってきたノイズ。

それは、濃厚な死のイメージだった。幾度となく感じていた死の感覚が私の全身を蝕んでいった。この不気味な感覚は一体何だというのだろうか。


足が……、私の足が急に痛み始めた。

何、この痛みは……? まさか、メイアーハザードが私に何かを……?


「ま、まさか、てめぇ……」


「いきり立つな、幻想種……。我は真実を教えてやるだけだ……。どのみち我を倒したのだ……。もはや隠す手立てなどないだろう……? 最後に教えてやるのだよ、国崎小夜子の真実をな……」


「な、何よ……? 教えるって一体何を……?」


足が痛い……。

いや、それだけではない。全身にも何か強烈な痛みが……。それに、ノイズが徐々に鮮明になっていく……。


それは暗くて狭い場所だった。身動きがとれないほどに狭く、まるで無理矢理人が納まる形に歪んでいるようだった。それに、充満する血の臭いと……、それとは違う強烈な刺激臭。この場所は……、ううん、この記憶は一体……?


「いや、教えるというのは正確ではないな……」

「や、止めろ、メイアーハザードッ!! それは……」


「さぁ、思い出すといい……」


メイアーハザードの言葉がトリガーとなって、私の中で何かが弾けた。

ノイズが最高潮に高まっていき、閉じ込めていた記憶の蓋が開いてしまった。











それは一本の電話が始まりだった。

その電話が鳴った時刻は明朝五時。陸上部レギュラーを目指す私がいつものように早朝ランニングに出る直前だった。鳴ったのは携帯電話ではなく、家の固定電話の方だ。


こんな朝早くから電話を掛けてくる非常識な知り合いはいない。

何故か、この電話に嫌な予感を感じた。


出たくないと思ったが、無視する訳にもいかず、私は電話を取った。

電話は病院からで、その内容は祖父の危篤を伝える連絡だった。


それからは慌ただしかった。両親を起こして電話を代わってもらい、急いで祖父のいる病院まで行かなければならなかった。時間が時間なので学校にも連絡出来ず、そのまま飛び出すように車で家を出た。


祖母の死後、私と両親は今の町に引っ越してしまったが、祖父は以前祖母と暮らしていた町に残っていた。あそこは結構な田舎なので、移動にはかなり時間が掛かる。父は焦った様子で車を飛ばしていた。



……そして、それは山道の急カーブで起きた。



反対車線から飛び出してきた車が迫り、それを避けようと父が急ハンドルを切って……、そこで全てが暗転した。


交通事故だった。


ガードレールを突き抜け、私達家族の車は崖下まで転落していた。

下りでスピードが出ていた状態で崖下に転落したため衝撃は凄まじいものだった。私はその時の衝撃によって気を失っていた。


意識を取り戻した時、目に入ったのは、原形を留めないほどに歪んだ車内だった。すでに日が昇った時刻だったが、歪んだ鉄の塊の中には光が届かず、ほとんど真っ暗だった。壊れたエンジンからガソリンが漏れ出しているのか強烈な刺激臭が鼻をついた。


そして、私の全身を容赦なく激痛が蹂躙した。


事故の際の衝撃か、それとも歪んだ車内に潰されたか、とにかく自分が酷い怪我を負っていることはわかった。しかし、暗く身動きも出来ない状態では、怪我の状態すら確認も出来なかった。ただ、私の両足が拉げた部分に挟まれていることはわかった。


足……。私の足……。

陸上部レギュラーを目指して鍛えてきたのに……。こんな酷い怪我をしたら、もうレギュラーどころか走ることだって出来ない……。


激痛と恐怖と絶望が一気に押し寄せてくる。泣き叫ばずにはいられない苦痛。こんな地獄を味わうくらいなら意識を失ったままの方がよかったくらいだった。


全身から流れ出す出血で、車内には血の臭いも充満していた。

自分の怪我のせいで気付くのに遅れたが、両親の様子はどうなっていたのか。


運転席と助手席は……、生きている可能性さえ与えられないほどに潰れていた。むせ返るような血の臭いが立ち込めていた。


絶望の闇が心を支配していく。

もはや何をしても、どうにもならない現実がここにはあった。

濃厚な死の気配が私にも近付いていた。流れ出す命の雫を留める術もなく、あれほど苦しかった痛みが徐々に消えていき、感覚も薄れていった。


意識が……、私の命が消えていく……。


……私は、…………死んだの?


もう死んでるの、私……?











「意識をしっかり持て! 寝惚けんな、小夜子!」


礼夢の声によって私の意識は現実に……いや、夢幻界に引き戻された。

ここは夢幻界。目の前には決して現実には存在しない異様な世界と巨大な怪物がいる。あらゆる夢が集う場所であり、精神だけの世界……。


これまで曖昧になっていた全ての謎がようやく解けた。

どうして今日に限って私が学校に行かなかったか。礼夢や音緒がなかなか真実を語ろうとしなかったのか。


それは私が事故に遭ったから……。

私がもう死んでいるから……。


「勘違いして寝惚けんな! お前は死んでない!」

「えっ……? ほ、本当なの……?」


全身の痛みに耐えながら、私は何とかそう返した。


「当たり前だ! 夢幻界はあの世じゃねぇんだ! 死んだ奴はここには来ない! お前はまだ生きている!」


「そ、そう、なんだ……」


生きていると礼夢に断言され、少しだけホッとした。

しかし、事故に遭った事実が覆った訳ではない。少なくても、あの記憶は決して偽りではなく、現実として起こった出来事だった。


今私の身体を襲う痛みは、あの事故の記憶だった。

事故の記憶を思い出してから、足が痛くて仕方ない。私は立っていることも出来ず、その場に蹲ってしまった。


「くくく……。生きている、だと……? まぁ、生きているだろうな……。夢幻界に来ている以上、生きているのは間違いない……。だが、生きていることの方が辛いこともあるのではないか……?」


「な、何を……?」


「事故のことを思い出したのならわかるだろう、幻想聖母……? お前の両親がどうなったかを……。お前の両足がどうなったかを……。家族を失い、走るための足も失った。現実にはお前の夢は何も叶わない……」


「そ、そんな……」


生々しい事故の光景が再び脳裏を過ぎった。

直接両親の死体を見た訳ではない。自分の足がどうなっていたのか確認できた訳ではない。だが、あの濃厚な死の臭いに満ちた場所に一切の希望はなかった。私に残酷すぎる現実を突き付けていた。


現実には絶望しかない……。

あんな光景で希望を抱けという方が無理だ。この痛みを思い出して、毅然としていられるはずがなかった。


「悪夢は現実を越えることは出来ない……。何故なら、現実の方がよほど理不尽で残酷だからだ……。貴様が現実に帰ったとして、希望は何一つない……。

 どうだ、幻想聖母……? このまま現実に戻らず、夢幻界に残ったらどうだ……? 現実に戻れば、貴様にとって残酷な結果しかない……。だが、夢幻界で望むのならば、その辛い記憶も消せる……。その苦しい痛みも消せる……。何より、その幻想種とずっと一緒にいられるのだぞ……?」


「……ッ!?」


グラリと私の心は大きく揺れた。

現実に戻っても、ただ残酷な未来しかない。

だけど……、夢幻界に残れば……。


「悪夢の甘言に耳を貸すな、小夜子! お前が夢幻界に残れば、悪夢達がいつでもお前を狙うことが出来るってことだ!」


「じゃあ、私は夢幻界に残っても……、普通には生きられないの……」

「そ、それは……」


「くくく……。なかなか甘美な絶望だ、幻想聖母……。貴様の悪夢、実に美味だ……。最後の晩餐というのも意外と悪くないな……」


「黙れ、メイアーハザードッ!! お前が……、……ッ!?」


礼夢は怒りの声を上げて二挺拳銃を悪夢王に向けた。しかし、何故かトリガーは引かず、そのまま発砲せずに銃を降ろしてしまった。


礼夢が撃たなかった理由、それはメイアーハザードの様子にあった。

不敵な笑みを浮かべるメイアーハザードの身体が徐々に崩れ始めていた。

メイアーハザードの身体は風化した石像のようにボロボロと崩れ、末端の手足から塵と化していった。灰色の世界も同様の崩壊が進み、散っていく破片は泡沫のようにどこかへ消えていった。


もうすぐ悪夢王メイアーハザードは消える。

礼夢が撃たなかったのは、せめてもの情けだった。敵とはいえ、仮にも王と呼ばれた者の最期。その威厳を尊重しているのだろう。


「さらばだ……、幻想聖母とその仲間達よ……。貴様達は……、貴様達の意志は強かった……。誇れ……、この悪夢王を屠るに至ったその力を……」


メイアーハザードは尊大な笑みを浮かべたまま灰燼に帰した。王としての威厳を失わず、威風堂々と消え去っていく。


それが悪夢王と呼ばれる者の最期だった。


自我の消滅に伴い、灰色の世界の崩壊が目に見えて進んだ。縦横無尽に亀裂が入り始め、これまでの緩やかな崩壊とは比べならないほど激しく消滅していく世界。


そんな世界の中で、私は動けずにいた。

現実に戻ったとしても、絶望的な未来しか残っていない。

夢幻界に残ったとしても、悪夢達に幻想聖母の力が狙われる。

なら、私はどうすればいいの……?


どちらを選んでも、過酷な運命しかない。いきなりそんな選択を突き付けられても、簡単に選ぶことなんて出来るはずがない。


私は物語に出てくるような英雄じゃない。幻想聖母の力なんてあるけど、やっぱりただの凡人と大した違いなんてなくて、勇敢な心で運命に立ち向かうことなんて出来ない。メイアーハザードを倒せたのだって仲間の助けがあったことや、平穏な日常へ帰りたいという願望があったからだ。


だけど、私が望んでいた平穏な日常なんてどこにもない。

現実に戻っても、夢幻界に残っても、私が求めたものはどこにもない……。


「小夜子……」


茫然と崩壊していく世界を見つめていると、寂しげな表情をした礼夢が声を掛けてきた。


「礼夢、私、どうすればいいのかな……」


「……帰れ、元の世界に。お前はそのために戦ってきたんだろう」


「だけど……、現実は辛いよ、怖いよ……。あの事故の後、私の家族がどうなったのか……。私の足がどうなったのか……。きっと残酷な現実を突き付けられるに決まってる……。嫌だよ……。そんなの……」


あんな記憶を思い出して、現実に希望なんて抱けるはずがない。

これ以上、真実を知るのが怖くて堪らない。


「泣くな、小夜子。俺がいる限り、お前をこれ以上泣かせない……」

「礼夢……」


ボロボロと零れる私の涙を礼夢がそっと拭ってくれた。


「小夜子、今から俺の力をお前に還す」

「えっ……? どういうこと?」


「俺の力は……、お前の……すなわち幻想聖母の力の一部だ。小夜子の願いを叶えるための力、それが俺の中にある。だから、それをお前に還せば、きっとお前の願いは叶う。お前は望めばどんな幻想だって現実にする力があるんだからな」


「でも、礼夢の力を私に還したら、礼夢はどうなるの?」

「……安心しろ。ただの幻想に戻るだけだ。何も変わりはないさ」


そう言って礼夢は寂しげに笑った。

何も変わりはないと言っているが、何故かその言葉に違和感を覚えた。

本当に何もないなら、どうして礼夢は寂しそうな表情をしているのだろうか。私は何か重大なことに気付いていないのではないか。


「さぁ、小夜子……。俺の手を取れ……」

「う、うん……」


礼夢が伸ばした手をギュッと掴んだ。

手を通して優しい温もりが私に伝わってくる。いや、それだけではない。礼夢の手から淡く温かな光が私の方へと流れ込んできた。


これが礼夢の力……。幻想聖母の力の一部……?

温かくて、どこか懐かしい……。


「さぁ、願ってみろ、お前の願いを……。ただ、それだけでお前は全ての実現できる力があるんだ……」


「私の……、私の願いは……」


あの平穏な日常に戻りたい……。

みんなと一緒に元の世界に戻って、当たり前の日常を過ごしたい……。


全部なくなってほしい……。あんな悲惨な事故も……、メイアーハザードに苦しめられた人々の苦しみも……、背負うには大き過ぎる私の力も……、何もかも消えてしまえばいい……。


私はただ、普通の日常にいたい……。

こんな辛くて悲しい想いばかりする戦いはもう嫌……。


家に帰れば両親が笑顔で迎えてくれて、学校に行けば友達と遊んだり、部活に励んだりして、変わらない毎日が続いてくれればいい……。

私の願いは、ただそれだけ……。


「……ッ!? こ、これは……?」


願いを心に描いた瞬間、私を中心として光の奔流が立ち上った。

それは黄金に輝く光の主柱。灰色の空を貫き、遥か世界の境界さえにも届く想いだった。これが私の願いであり、幻想聖母の力だった。


私の幻想が夢幻界を越えて現実にまで届いていく。

光の奔流が消えると、感覚的に理解できた。私の願いは叶えられたのだ、と。あの光が私の願いを現実へと届けてくれた。


あとは、元の世界に帰るだけ。それで、全てが終わる。


「……出来た。私の願いが届いた……」

「そうだな。あとは現実に戻って確かめてみろ」

「うん! じゃあ、帰ろうよ、礼夢!」


私は当たり前のようにそう言った。

だけど、どうして忘れていたのだろうか。

真城礼夢がどういう存在であるかを。


「……俺は、お前とは一緒にいられない。お前の日常に俺の居場所はない……」


私を守るために生まれた存在。

私が悲しい時、苦しい時に支えてくれる存在。

非日常の中でしか生きられない存在。


それこそが真城礼夢だった。悲しみに暮れた私が助けてほしいと願ったから、礼夢は私の側にいることが出来る。だけど、その悲しみも苦しみもない平穏な日常の中では、彼の居場所はどこにもない……。


「で、でも! これから礼夢と一緒の日常を作っていけばいい! 礼夢は私の幻想から生まれた存在かもしれないけど、これからは普通の人間として生きていけば……」


「……馬鹿。俺は人間じゃない。ただの幻想だ。お前の力を還したことによって、もう現実に戻る力も失った……」


「そ、そんな……。じゃあ、また私の力で……」


「お前、自分の願いも忘れたのか……? 捨てただろう、お前自身の力も……」


「あっ……」


そうだ……。私は願ってしまった……。

普通の日常に戻りたいからと言って、幻想聖母の力もなくなってしまえばいい、と。


じゃあ、今の私には……、幻想聖母の力が……。


「さぁ、もうすぐ夢が終わりだ……。もう起きる時間だぞ、小夜子……」


礼夢は寂しげな笑みを浮かべながら、灰色の空を見上げた。

崩壊する悪夢の世界に夢の終わりを告げる朝日のような光が差し込んでいた。


あれは現実へと続く光の道だった。


夢が終わっていく……。


礼夢を残して、私は深い眠りから目を覚ます……。






To be continued


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