命運び
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
運命。
生涯にどれほど信じる瞬間が訪れるだろうか。
良い意味かもしれない。悪い意味かもしれない。結果を見て、ついそういいたくなる気持ちも分かる。
けれども、先へ進むには考えた方がいいわけだ。運命とも思えるできごとの原因を。どれほど低い可能性の話であったとしても、また同じことが起こるんじゃないか、とね。
杞憂で終わるかもしれないが、実際に杞憂であるかどうかが分からないのがやっかいなところ。最近に聞いた、昔の話なんだけどね。耳に入れてみないか?
むかしむかし。
あるところに、とても肌が白い男が暮らしていた。
極端に日焼けしづらい体質と見られ、それがたとえ、たぎるような熱をもたらす炎天下の夏に肌をさらしていようとも、腕や足、顔にかすかな色のにごりさえもにじませなかったという。
周囲が多かれ少なかれ焼けている中で、そのような状態は嫌でも目に付く。特におしろいなどで誤魔化しているわけでもなさそうだ。コツなどを尋ねてみても、彼自身は「特別なことは何もしていないのだけど……」と困惑気味。
主に内職で食い扶持を稼いでいた彼は、貧乏な長屋暮らし。肉体労働にはめったに顔を出すことなく、かろうじて口にのりする生活に彼自身も満足しているようだった。
あれはあれで不健康なのでは……と不安そうに思ったり、気味悪く思ったりする者もいないでもなかったが。
その彼が、にわかに肌を黒くし始めたものだから、彼と付き合いの多い者は驚いた。
どこかやつれた色さえ見せる彼の肌は、いつもの雪を思わせる白さから一転。墨を塗りつけたような黒々としたものに変じていたのだから。実際に墨汁を頭からかぶってしまったんじゃないか、と想像するものは多かったという。
理由を尋ねる面々に、決まって彼はこう返した。
「運命かもしれない」と。
いったい、どういうことなのかと質問を重ねても、彼は首を振って答えてくれなかった。ただ目にするたびにやつれは特にひどくなっているようで、ひと月ほど経つと完全に家から出てこなくなってしまう。
日用品の買い出しすらしなくなってしまった彼を心配し、知人が長屋の彼の部屋を尋ねに行ったそうだ。
当初は彼から「入らないでほしい」という旨の返事があり、その言葉に従ってきた。しかしそれもほどなく返されなくなってしまう。
意を決して知人たちが入ってみると、その最低限のものしか置かれていない一室の真ん中に黒くうずくまったものがいた。
前々から彼と接していた者たちは、それが彼の変じ始めた肌の色のそれと同じだと気づく。となると、このうずくまっているものは……。
声をかけても、つついてみてもまるで反応がなく、息をしている様子もない「それ」は生物であれば生きているとは考え難い。かといって、部屋中を探しても彼の姿は見当たらずにいた。
部屋の隅の文机には、真新しい筆跡をあらわした半紙が一枚。そこには彼のたどたどしい文字がかかれていた。
「いのちがはこばれてくる」とね。
彼のなれのはてと思われるその黒いものは、神社へ持っていかれたものの、ほどなく付近の住民たちにも、同じように皮膚の黒ずみが見られるようになったんだ。
こすっても、拭っても、洗っても、焼いても、その部分を削り取っても、身体の黒ずみは増え、広がっていく。
痛みやかゆみといったものはない。ひたすら視覚的に肌が黒くなっていき、あるときに一晩で急激に広がりを増し、あの彼のように物言わぬ塊と化してしまう。
はっきりとした原因は分からずじまいだったが、数を重ねていくうちにある変化に人々は気づく。
彼のなれのはて。
その体積が被害者の数が重なるたびに、増しているように思われたんだ。これもまた切ったり、焼いたり、火薬で吹き飛ばそうとしても消し去ることはあたわず。しかし、被害との連動を感じさせる身体のふくらみがあった。
そのなれのはてが神社より極秘に運び出される。所在が分かれば、好奇心にひかれた者があとあと寄っていくかもしれない。そのため、どこに行ったのかは秘中の秘とされたようだ。
ひとつ確かなのは、運び出されてよりのち、この黒ずみの症状を出す者はぱたりといなくなった、ということなのさ。
話の伝わる地元だと、彼のように色白なものは食や運動などについて気を払い、黒ずみが寄り付かないよう願う、という動きが今でもすすめられているな。




