積まれていく命
ひと気のない広大な荒れ地を数日かけて徒歩で抜け、私がその奇跡の村にたどり着いたのは、まだ夜も明けきらぬ時刻だった。奇跡の村という聞きなれぬ表現が真実であることは、おそらくはこの物語の最後には明らかになるだろう。疲れ果てていたが、多くの村人は起きていて、一介の旅人に過ぎない私を温かく迎えてくれた。辺りを見ると、上半身裸で歩き回っている住民も多い。静かな空気に包まれていて、都会の匂いのする物品はまるで存在しなかった。ここには悦楽や喧騒や誘惑といったものが、一切ないようだった。
やがて、陽が昇ってくると、私はこの目で、この村の背後にそびえる天にまで届きそうな巨大な岩山を見た。赤茶けたその岩壁には石造りの階段が備えられていた。それも上空まで延々と続いており、どこまで続いているのか、肉眼では確認できなかった。その村は広場に多くの人々が集い、賑わっていた。どうも、この日は何らかの祭典のようであった。私は文明の世界から持参してきた極上の葉巻やワインを住民らに勧めたが、彼らは複雑な表情を見せて首を横に振った。次に豪奢な飾りのついた金色の短剣を鞘から抜いて、その刃を見せてやった。しかし、彼らはこれにも興味を示さず、黙って微笑むだけだった。
そのうちに、ひとりのやせ細った老人が私のところへ歩んで来た。信仰という存在ほど、文明の発展から縁遠い言葉はないと、私は語って聞かせた。だが、老人は私の話をまるで聞いていないようだった。彼はこれからこの岩山を登るつもりらしい。私にも後を付いてくるように促した。
「しかし、あの長く続く山道は相当に厳しいんじゃないですか? どうも気が進みませんね」
私はそのように応じた。老人は今日この日に、私がここを訪れたことは偶然ではないと語った。このとき、村で今行われている祭典の意味は理解できた。老人は黒く光る大きな御影石を、その細い両手に抱えていた。その意図は理解できなかった。老人は私の反応など意に介さず、すでに岩山の階段に向けて歩み始めていた。仕方なく私は彼の後に続いた。天へと続く石の階段を登り始めると、すぐにごうごうと唸る強風が、我々の身体に叩きつけて来た。
それから数時間、木も草も生育していない殺風景な石の道をただひたすらに登ることになった。階段というものは、本来人の負担を和らげるために存在するはずだ。比較的楽に目的の地点までたどり着けるようになっているはずだ。当初はそのようなことを考えながら歩を進めていた。これがひとりの男の人生を賭けた旅であるとは思いもしなかったのだ。
階段を登り始めてから一時間も経たぬうちに、呼吸は苦しくなってきた。それは一緒にいる彼の苦しそうな様子からも見て取れた。
「これは自殺行為だ。何のためにこのようなことをするのか」
道の途中で何度もそう尋ねたが、重い石を担いだその老人からの返事はなかった。地面にはかつてここを登ったであろう、他の冒険者たちのものと思われるいくつかの足跡が残されていた。
「成功や幸福、あるいは到達といった概念において、運ほど重要な要因はない」
私は文明人である自分の知性と余裕を見せるために、そう話して聞かせたが、老人はまるで耳を貸さなかった。二時間が経過した。疲労のために膝は痛み、腕は痺れ、激しい頭痛や吐き気にも襲われた。その老人にしても、大量の汗を流し、呼吸は激しく、相当に苦しそうに見えた。彼はそれでも麓から持参してきた大きな石を手放そうとはしなかった。このような高齢になってから、高山に挑むなど最初から無理がある。その思いが頭から離れなかった。この頃には、体力的には、さらに厳しくなるであろう帰り道のことを考えるようになった。この安全で平和なご時世において、なぜこのような苦痛を味あわなければならないのかが理解できなかった。
この頃までは、山道において、眼光鋭い狼ややせ細った野犬や野兎の姿を見ることができた。高地になるにつれて、そのような生き物の姿は見られなくなっていった。
山の中腹において、ほんの少しの休息を取ると、老人は肩で大きく息をしながら、さらに上へと向かって登り始めた。
「このままでは遠からず死ぬことになるぞ」
私はついにそのような警告を発した。老人は何も答えず、ただ山頂の方向を見据えていた。段差が厳しく、人が通れそうもない場所には、つるはしで岩壁を突き崩して、人工の登山道が設けられていた。この長大なる登山道は、おそらく、かつての旅行者たちが何らかの目的のために作り上げてきた道なのだ。ただ、そのような無謀な試みも、私には正気の沙汰とは思えなかった。
やがて、その高山の上空に神々しい太陽が昇った。ここは高度にして三千メートルだろうか、それとも、四千メートルだろうか、それは分からなかったが、山に入ってから約五時間、我々はついにその岩山の頂上付近にまで達した。頂上には霧が立ち込めていた。辺りには神秘的な雰囲気があった。ここまで我々を案内してくれた遠大な階段も、ようやくそこで途切れていた。
私はこの耳で確かに聞いたのだが、その霧の向こう側から不思議な足音が響いてきた。その瞬間の驚きは言葉にならなかった。老人は神の存在をその身で感じると、その場に跪いて大きく一礼した。そして、階段の最果て、つまり途絶えた部分に持参してきた自分の石を重ねた。老人は私の方を振り向くと、初めて満足そうな笑みを浮かべた。過去の旅人が積み上げてきたこの階段をさらに神々の住まう天空へと近づけるために、ここまで石を運んできたのだと、我々の人生はそのためにあるのだと、彼はそう主張したいようであった。それを証明するかのように、周囲の地面にはすっかり腐食した人骨が散乱していた。かつて、ここまで石を運んできた人々のものだ。
神々への貢献のひとつを行うために、己の人生のすべてを捧げる人々が存在するということ、私がそのことに気づかされた直後、その老人の身体は地面の上に音もなく崩れ落ちた。私は慌ててその細い身体を助け起こしたが、彼はもう天に召された後であった。
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