周りに美形が多すぎる!
日付:春の刻11
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(今日は、書庫でまだ読んでない本を読もう)とイヴが自室から出ると、姉であるピリカ姉が顔に笑みを浮かべてイヴに歩み寄ってきた。
イヴは嫌な予感はしつつも、顔に出さずいつものように挨拶をする。
「おはようございますピリカ姉上。綺麗な笑顔を咲かされて何かいいことでもあったのですか?」
堅苦しいイヴの言い方に、ピリカは今日も頬を膨らます。
「イヴったら、私たちは血のつながった家族なんだよ。そんなかしこまらなくていいって言ってるのに…。気軽にお姉ちゃん、あるいはお姉様って呼んでくれていいのよ?」
イヴにとって上の兄弟と接するということは分からなかった。
ただ、目上の人には敬語を使うということは身に染みて理解している。
そしてイヴは、綺麗な人には条件反射で敬語を使ってしまう性格だった。
ピリカの容姿は、両親の美形をこれでもかと詰め込まれ、顔立ちは父に似て儚げだ。
瞳の色も父に似てブラウンで、髪は母に似た黄金よりの黄色。
表情がころころ変わり可愛い印象を持ちつつも、時節魅せる鋭さはカッコよさを覗かせている。
礼儀作法も完璧で齢10の頃には、淑女の中の淑女という噂を持っているほどに、ピリカは周りから見ても美しいとされている。
現在12歳になっても尚美しさは年々増し、ファンは増え続けている。イヴもそのファンの内の一人だ。
イヴは、単純に『お姉ちゃん』と呼ぶことに、羞恥心を覚えている。
姉上はイヴの中で、最も羞恥心なく言える呼び方だった。
ちなみに父と母のことも元の世界と区別しやすいように、父上と母上と呼んでいる。
イヴは決してふざけてはいない。半分は
「お姉ちゃん…は恥ずかしいのでよしてください。そういえば私に何か用があるのですか?」
「そうなのよ!用を話す前にまずはお父様とお母さまのところに行きましょう!」
ピリカはそう言って、イヴの腕を強引に引っ張ってとある部屋に案内した。
部屋の中にはすでに父と母がいて、数人のメイドさん方がいる。
「用っていうのはね、今日のお城のパーティーにイヴも一緒にご招待されたっていうお話をしに来たの。イヴももう八歳なんだし、きっといい人が見つかるわ!一緒に行きましょう♪」
輝かんばかりの笑顔でいうピリカに、思わずイヴはうなづきそうになる。
いい人というのは婚約者ということだ。
ピリカは、八歳の時にすでに婚約をしていた。
お相手はアルマニ公爵家の長男であるヒムトラ。
お嫁に行く形のこの婚約により、レリブロー家は現在、イヴが婿養子の婚約者を見つけるかホーチマが跡を継ぐかのどちらかに決まっている。
そんなことは関係なしに、ピリカは妹に婚約者という愛する人を作ってもらいたいと思っているのだ。
ピリカと婚約者のヒムトラの仲は睦まじく、恋愛での婚約と言っても過言ではないほどだ。
ロマンス小説が好きなピリカからしたら、妹にも幸せな恋愛をしてもらいたいという願いなのだろう。
目から伝わる『絶対にパーティーに行かせる』という圧がある。
(今までそういうパーティーは休んでいた身だからなあ…)
イヴにとってパーティーは馴染みがない。
故に行きたくないのだ。
そんなイヴの気持ちを知ってか、父が声をかけた。
「もうそろそろいい歳なんだし、イヴも観念してパーティーに行きなさい。それに今回は国王陛下主催のパーティーだからね。今までみたいにお休みは難しいんだ。私たちも行くから、一緒に行こう。ね?」
「でも父上、私は…」
イヴが断ろうと何とか理由を述べようとした時、母が笑顔で口をはさむ
「断るのであれば、清く鍛錬の時間はなしですよ。フフ、どうしますかイヴ?」
イヴにとって鍛錬が出来なくなるということは、この世界で生き抜く力をつけられないのと同義だった。
(いくら貴族と言えど自分を自分で守れた方がいいだろう)
その思いで体を鍛えていたのに、鍛錬できないとなるとその力は衰える一方だ。
イヴが断れないことを知っている、ということを理解しての提案だ。
(母は強しというけれど…)
イヴは半場諦めで承諾した。
すると、一斉に待機していたメイドの方々が動き出す。
何処から取り出したと思えるほどのたくさんのドレスと装飾品。
パーティに行く時間までイヴの身柄は、母とピリカとメイドさんのお人形になることが確定された瞬間だ。
いつの間にか部屋から避難している父を、パーティーに行く同州の馬車の中で不満気に見つめるイヴ。そんな視線を困ったような笑みをして目線で母を見た父に、
(なるほど、父上も母上には逆らえないようだ)
と納得して、不満げから憐みに変えたのであった。
お城についてしばらくすると、パーティーが始まる前に各貴族たちは国王陛下に挨拶をしだす。
レリブロー家の番が来て、イヴは何度も練習したこの世界のお辞儀を完璧にこなした。
「カフルワ国王陛下、本日はお招きいただき有難うございます」
そう父が言い終わり、国王陛下との世間話をした後に速やかに順番をかわる。
そうしてひと通りの貴族の挨拶が終わって、やっとパーティーの開催が宣言された。
開催されたと同時に王族の周りには人が集まっていく。
イヴと同じ子どもたちはそれぞれ二つの束に分かれていた。
第一王子であるリオマー。
第二王子であるイルジー。
王族の子どもは全部で三人。
ここに参加されていないのは、噂では引きこもりだと言われている第一王女モカ。
イヴからしたら第一王女の方を拝見したかった気持ちの方が大きいので、少しがっかりしている。
現在、イヴは一人だ。
姉であるピリカはヒムトラ様と仲睦まじくお話していて、弟のホーチマは父と母と共にいる。
そう、イヴは今ボッチ状態なのだ。
友達でも作りたいなと思っていたが、貴族の社交場では腹を探るようなお話が多いというのが『異世界あるある』だ。
友情というものは作れない可能性だってある。
今でも何人かの異性からは声をかけられているが、愛想笑いで話を少しして去るようにしている。
イヴは異性が苦手だ。
なんなら元の世界で妹から「男性恐怖症なんか?」と言われるほど。
だが現在、イヴのように同世代の同性で一人でいるような子は見当たらない。
だがこういうところで一人でいると、おもしれー女認定になることが鉄則だ。
イヴはその鉄則を回避する偶に、王子に群がる女性の最後尾に隠れるように混ざる。
しかし、野次馬精神のなかったイヴには、この集まりの空気や押し寄せる波には乗れずにいた。
疲弊の方が勝ってしまい、とうとう集団から抜け出して、どこか座れるようなところを探す。
気分が悪い。
香水で酔ってしまったのか、はたまた緊張でなのかは分からないが、イヴにとって気分はどん底に近かった。
せっかくセットしてくれたイヴの髪も、先ほどの波で乱れてしまっている。
イヴの容姿は、女性にしてはカッコイイ寄りの顔立ちだ。
両親よりも母方の祖父によく似ているようで、イケ女に憧れるイヴには喜ばしかった。
髪の色は銀髪で、瞳の色は黒。
だがそんな容姿でも、髪がボサボサなら台無しだ。
乱れた自身の髪を一本にくくり直し、やっと落ち着けそうな場所でイヴは腰を下ろした。
パーティーの音楽隊の音がだんだんと終盤を迎えている。
どうやらこの後はダンスになるらしい。
ちなみに第一王子のリオマー様は婚約者が既にいる。が、今回は婚約者であるお相手が風邪をひいてしまったためお休みしているらしい。
この機会を逃すまいと息巻く女性たちに、単純にすごいなと少し引いた感想を抱いてしまう。
(ダンスは踊れないな。それに踊れそうにもない)
履きなれない靴は靴づれを起こし、今もズキズキと痛む。
この足ではどちらにしろ踊れまい、とイヴは好都合に思えた。
だがダンスはダンスだ。
これは貴族の中でも、自分をアピールできる一つでもある。
そんな機会を逃すわけもない人たちは、今も始まる前に何人かに声をかけている様子をイヴは遠くから見ていた。
すると、こちらに来る少年が一人。
「麗しのレディー。よければ僕と一曲踊りませんか?」
同い年くらいなのによくやるな、とイヴは感心しながら断る。
「お誘い感謝します。ですがお恥ずかしながら足を痛めてしまいまして、残念ながらご一緒にはできそうにありません。」
作り笑いでちゃんと出来ない理由も添えているのだ。
早くどっかにいけと言わんばかりに。
「それはいけない。今すぐに誰か呼んですぐに手当てをしてもらわねば」
「いえお気になさらず…」
少年はそのままどこかに行こうともせず、二人の間で気まずい沈黙が流れる。
イヴにとって、初対面の男性と話すのは足の痛みよりもずっと耐え難い。
見つめられることも目を合わせることも苦手なのだ。
ちらっと少年の顔の方を見ると、紺色の髪に若葉色の瞳。
顔の造形は幼さが残りつつも、成長すれば化ける部類だろうと判断した。
だがこの判断は、元の世界で母がよく言っていることからのデータでの判断だ。
イヴは顔の良し悪しが分からない。サバサバ系を魚系と勘違いしていたほど、世間には疎かったのだ。
『異世界あるある』で、見すぎていると目が合うというのは鉄則だ。
なのですかさず、イヴは姉の方を見た。
見つけた姉は、頬をうっすらと染めて愛おしそうにヒムトラを見つめている。
愛する人とダンスを踊れることに、行くときの馬車でうれしそうに語っていたので、イヴも自分のことのようにうれしく思えた。
(遠くから見ても綺麗でかわいらしい)
元の世界でもシスコン気味だったため、この世界でも例外はない。
姉の様子を眺めていると、近くにもう一人の女性の姿も見えた。
ひきつけられるように見えるその女性には、机に並べられているフォークが強く握りしめられていて
「危ない…」
頭の中で危険信号が鳴る。気のせいであってほしい。
イヴは足の痛みも気にせずに姉のもとに走って近づいた。
淑女としてはあるまじき走り方だろうが、今はそんなことを気にとめてはいられない。
速足で姉に近づく女性の間に正面で割り込むと、腹部に痛みが生じた。
『先端がとんがっているものは勢いをつけて差すと三角定規でも人を殺めてしまえる』
これはイヴが幼いころにテレビで見た知識だ。
嘘だろと思っていたが、どうやら正解だったらしい。
イヴの腹部に刺さったフォークは、次第にドレスに血の染みをつくっていく。
(急所じゃないけど、意外に刺さってたんだな)
一周回って冷静になっているイヴとは反対に、刺した張本人の女性は悔しそうに、そしてやってしまったという顔で呆然としている。
(このままこの場から去れば、姉は怖い思いをせずに済むしこの女性は殺人未遂の罪を背負わないで済むのだろうか)
そんなことを考えていられるほど現実はそう甘くない。
フォークの取っ手からも血が伝わっていき、綺麗な大理石のタイルの床に赤い液体が滴る。
「ヒッ…」
刺した張本人が怯えたように顔を真っ青にする。
そんなつもりじゃ…とでも思っているのだろう。
イヴ本人はというと(鍛え方が足りなかったか…)と自身の腹筋のなさを反省していた。
ここから速やかに退散したいが、血が出るまで刺さったフォークのまま移動は出来ない。
かといって、下手にフォークを抜いて出血量を増やしてしまう可能性もある。
どうしようかと考えている間にも、騒ぎは段々と大きくなる一方だ。
血を見て叫ぶ女性の声とざわめき、集中がこちらに集まる人の視線。
(注目されるのは苦手なんだよな。特に何か悪いことでの注目は。)
何かうまい言葉が出ないかと頭を回転していると、父がイヴを抱えて会場を後にした。
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向かった先は王宮の医務室。
手当てをしてもらっている間、イヴはアドレナリンが出ているのか痛覚はあまりなかった。
だがやはりしばらくすると、激痛が走ってきた。
(なるほど、これが腹部に刃物が刺さる感覚)
イヴは元の世界でも体験したことないこの感覚に、少し好奇心が上がった。
そうこうしているうちに、しばらく王宮に泊まるということになってしまった。
馬車でこのまま帰ってまた傷口が開くのを防ぐため、らしいが
(それって鍛錬もしばらく禁止ってことだよな。こんちくしょう。)
どっちみち出来なくなるのに変わりなかったじゃないかと、イヴの好奇心はすぐに去った。
手当てが終わるとピリカが泣きながら医務室に入ってきてイヴの心配をしている。
心配されると『大丈夫』と言ってしまう日本人の性だ。
「姉上、申し訳ございません。
せっかく楽しみになさっていたのに、パーティーそのものを台無しにしてしまいました。
それに姉上と母上から選んでもらったこのドレスも汚してしまい、申し訳ございません」
そんな日本人の性もこの世界はそもそも日本ではないので通じない。
「なんでイヴが謝るの!ドレスやパーティーよりイヴが死んじゃうかもしれないってことが悲しいのよ!」
「姉上、私は死なないと何度も言っています。ただ刺されて血が出ただけです。どうか落ち着いて」
「落ち着けるわけないじゃない!」
ピリカは何度も死なないといいっても涙は止まらなかった。
(トラウマになってしまっただろうか…)
傷なんかよりもトラウマを植え付けてしまったということの方が、イヴにとっては辛い。
なんと声をかけようが、きっと変わらないのだろうと早々とあきらめの態勢に入っりベッドに寝転ぶ。
パーティーでの張り詰めた空気と緊張、それに負傷したときの焦りからなどでどっと疲れていたのだろう。イヴは寝転ぶと自然と瞼が閉まる。
そのまま眠気に体を預けイヴは眠りについた。
春の刻12
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イヴの目が覚めると、見知らぬ天井が広がっていた。
ここは何処だろうか?と思い窓の外を見ると、そこには太陽が真上に上った青空が綺麗に見えていた。
お昼ごろまで寝ていたらしいと判断したイヴは、ここが王宮の医務室であるということに気が付いた。
コンコン
誰かがこの部屋の扉をノックしている。
家族の誰かか、はたまたお医者さんかと思ったイヴは「どうぞ」と声をかけた。
すると、入ってきたのは紺色の髪に若葉色の瞳を持つ少年。
パーティーの際にイヴがダンスを断った時の少年だ。
どうしてここに?パーティーは終わったはずじゃ?と考えはしつつも、イヴは愛想笑いで出迎える。
そんなイヴを見て、少年も愛想笑いをしながら声をかけた。
「ご容態の方はいかがですか?痛みなどはありませんか?」
「ご心配ありがとうございます。大丈夫です。」
「おや、それは何よりです。フフ、何故ここに僕がいるのか?と聞かないんですね。」
(聞きたい気持ちもあるけど、これ以上関わるとこういう場面での嫌な予感は的中するのが鉄則だ)
イヴは出来るだけ嫌な予感は避けるように徹しているのだ。
しかし、イヴにはこの後にどうやって丁寧にお引き取りをしてもらう言葉が分からない。
断ることが出来ない日本人だった。
「(もう正直に言ってしまおうか。)聞いた方がよろしかったのでしょうか?」
「聞いてほしかったですね。」
「そうですか…」
イヴの眉がピクピクと愛想笑いの限界を示している。
(メンドクセーーーーーなんだコイツーーーーー‼)
これ以上話すとボロがでそうだと思ったイヴは、もう無視してしまおうと黙った。
「はやく帰ってほしいという雰囲気をビシバシ感じますね」
「いえ…ソンナコトハアリマセンヨ」
「嘘がへたくそですね~。そんなに僕とお話しするのはお嫌ですか?」
「誰が不審者とも捉えられそうな人と話したくなるねん(誰が不審者とも捉えられそうな人と話したくなるねん)」
「おや」
心の声が漏れたような気がしたイヴは、気のせいであることを願った。
何故なら今のイヴは、敬語の似合うイケ女を目指しているからだ。
せめてもの楽しみとしての理想的な生き方で、口の悪い言い分などや方言はNGとみなしている。
口元を手で隠しぷるぷると我慢するような少年を見て切実に願うイヴに、現実は非常なものだったようだ。
「あははは!やはり面白い予感は当たるものですね」
「急に笑い出したコワ…なんやコイツ」
「予想以上に口が悪い。それ独り言ですか?」
イヴはよく元の世界でも独り言をこぼしていた。
その癖は治りきっておらず、長時間の愛想笑いなどで隠す際はポロっと出てしまうのだ。
(もう開き直っていいだろうか…)
少年が自身より身分が高い場合も考えつつ、もう何もかも諦めようかと面倒くさがりなイヴは思った。
そしてイヴの出した結論は
「独り言ですよ。なので聞かなかったことにしてくだせー」
本音を出しつつ敬語で話すことだ。
これならまだマシだろうと思っていたのだが、
「お断りさせていただきます。もっと貴方を知りたいので聞き耳を立ててでも独り言を聞き取ってやりましょう」
この少年は諦めてくれないようだ。
「私は知られてたくねーんで全力で回避させていただきます」
「ではこちらは全力で独り言を出させていただきましょうか」
にやにやと面のいい顔でイヴを見てくる。
物語的によく見るおもしれー物を見つけた目だろう、と判断したイヴは(しくじった…)と自分を呪った。
「そうですね~。敬語だと独り言を引き出せないかもしれませんので、、こちらもやめにしようか。」
「身分が上かもしれねー相手にはなんちゃってでも敬語は使いますよ。初対面の相手なら尚更で」
「でも初対面じゃないだろ?昨日ダンスを誘ったじゃないか」
「それ素の話し方ですか?だとしたら敬語とか頑張ってたんですね。ダンスは断ったので会話は初対面ですよ」
「えー…オレは初対面だと思はないんだけど。あ、じゃあ身分とか関係なしに敬語なしで話してよ。」
「名前も知らん人にですか~?それはハードル(ハードルってこの世界にあるのか?)…あー難易度が高いですし後から脅されそうでいやっす」
「脅しはしないよ。オレがいいって言ったんだもん。あ、オレの名前はニコラス・ホークジークっていうんだ。今後ともよろしくね、イヴ・レリブローちゃん。」
「あ、ちゃん付けやめてください鳥肌立つキモチワルイ」
「あはは。うんうんその意気その意気。そんな感じでどんどん敬語とか礼儀とかなくしてしゃべってねー」
(あっ、こいつこのまま話し続けるな)と思ったイヴは、とりあえず少年、もといニコラス・ホークジークを部屋にある椅子に座らせる。
ホークジーク家は、海沿いに住む貿易関連で有名な侯爵家だ。
ご子息がいることは噂程度しか聞いておらず、貿易関係で留守や滞在していないことが多いとも言われている。
(そのご子息…なのだろうか)
イヴにとって他の同い年の貴族、しかも異性とちゃんと話すというのは初めてだからか、緊張するものだ。
それも、この国では会うことが希少とされている家の可能性のある人物なら特に。
「じゃあ聞くんすけど何でこの部屋に来たんすか?」
「君がいたからかな」
「その理由を聞いてんすよ」
イヴにとって、初手での敬語外しの話し方は無理だ。
なのでなんちゃって敬語にしつつもフランクに話す。
「う~ん、どこから話せばいいかな~。まあ最初から話すか!
昨日のパーティーの時に君を見つけてさ、綺麗な銀の髪だなーって思って見てるとさ、王子に群がっている女の子たちのところに無表情で入って行った。かと思えば、憂鬱だと言いそうな顔で抜け出してきてさ。
綺麗で整っていた銀髪はぼさってしてて、鏡を見て気づいた君は、使用人を呼ぶわけでもなく自分で髪をくくってさ~。
王子の方に行った時も思ったけど、義務って感じに見えて面白くなったんだよね。」
ニコラスというこの少年には、表情込みで見られていたらしい。
誰にも見られてはいないだろうという、イヴの油断が招いた誤算だ。
「足がふらふらしてたし、多分靴づれかなーって思ってダンスの誘いをしたんだ。
案の定、君は靴づれを起こしていてオレの誘いを断った。
断られたら断られたでこのままお話しとこーって思ってたのに、君は急に真剣な顔をして走っていった。
足が速いなーなんて思ってると、君の向かう先に不自然な動きの女がフォークをもってたんだよね。
それだけならいいんだけど、女の顔は嫉妬で歪むそれだったし何かやらかすんだろうなーって思ってたんだ。
上から振りかぶれば即バレるって思うような知識があったのか、腰に手を当ててフォークをみえにくくしてさ。小賢しいよね。早歩きでぶつかってそのまま刺そうとしたのかな。
その間に入って、君は腹部にフォークが刺さって血を流し、刺した本人はやってしまったとでもいうように顔を青くしていった。」
あの一連の出来事も見られていたらしい。
イヴからしたら、もう他にダンスを誘っているだろう、と勝手に思っていたので驚くしかない発言だ。
その驚いた顔を見たニコラスは、ここからが本題なんだけどとでもいうように手をたたいた。
「それでなんだけど、今そのことについて会議してんだよね。
君のお父さんとこの国の国王さん。あとはその子と、その子の父親とか他にいろんな人がいてさ。
その子伯爵家だけど、侯爵家の子を刺しちゃったわけだし立場は危ういんだよね~。
会議の今のところは不注意であって故意じゃないって感じで殺人未遂っていう判断にはならなさそーだけど…、あれは故意でやってたし刺さりどころ次第では君は死んでたかもしれない。
って思うとこのままでいいのかな~て思って、君のところに来たんだ」
この様子を見るにまだ言っていないのだと察したイヴは、先ほどのニコラスの発言から自分の疑問点をつくように言い放つ。
「この部屋に私がいることが分かった理由なってない」
「あー…。オレって王子とはそれなりに仲いいしさ、刺された子がどこにいるのか聞いたら教えてくれたんだよね。
で、どうする?
君からの証言とオレの証言を合わせたら、君のお姉さんに向けたであろう殺意という危険分子が一つなくなると思うんだけど」
まるでこちらに何か面白いものを求める目だと、イヴは少し考えたふりをして本音を言う。
「…どうでもいい」
「え~。君も君のお姉さんも怪我を負わされて死んでたかもしれないのに?」
「姉さんに被害が出てたら徹底的に潰してただろう。
けど、結果は自分が傷を負っただけだし。嫉妬で殺したくなるって動機も(物語的には)よくあることでしょ?」
イヴにとって、これは鍛錬不足の自分のせいだと片づけた。
元の世界での嫉妬による殺人被害や課外事件など、もう二次元でも三次元でも山のように見てきたからだ。
あと純粋に(こんなことを言ったら、「こいつの求める面白いものではないだろう)というものでの発言だ。
「そんなことよくあったら殺人なんて起こりまくってるだろうね」
「なんにせよ私は別に怒ってない。
まあ次はないからって釘を刺すくらいでいいんじゃないかな?
あ、その子のためじゃなくてその子の家族のためにね。その子が別にどうなろうと興味ないんだけど、連帯責任で関係のない人が罪をかぶんのは違うじゃん。
私は責任を取るなら本人だけでとってほしいからね。」
連帯責任というのは、結局は『真面目な人ほど損をする』というものと同じだ。
嫉妬なんてものは個人の感情だけであって、家族がどうこうして抑えられないものだと理解しての判断なのだ。
「ふ~ん。でもいいのかな?
その傷、残っちゃうんじゃないの?これから婚約者を見つけるなら、それはまずいじゃん。」
こんな傷では残らないだろう、とイヴは内心思いつつもこれ幸いだと思っている。
「ちょうどいいよ。婚約とかめんどくさかったし、これで誰からも婚約することもされることもなくてラッキー。」
イヴの『異世界あるある』では、傷物になった令嬢は婚約できる可能性低くなる、というものだ。
自分からしたら好都合でしかないのだ。
鍛錬するときに大怪我をしても気にする必要がなくなり、尚且つ苦手な異性との愛想笑いでつまらない会話もしなくて済む。
イヴは元の世界でも異性と話す話題となると、二次元の物や必要事項でしか話したことはない。
なので、傷を作ってくれた令嬢にはむしろ感謝をしているのだ。
「君は婚約したいとか思ったことがないの?
女の子とか大抵婚約して幸せになりたいーとか思うんじゃない?」
「それ偏見じゃね?少なくとも私は思ったことがないかな。
それに婚約・結婚だけが幸せじゃないし。
そういうこというのは他の人には言わない方がいいと思うよ。いつか反感を買うから。」
「まっさか~。誰にでもこんなやばいこと言うわけなくない。そもそもそういう仲じゃない奴には言わないだろうし、こんな思想を言うのも大丈夫だって思った相手にしか言わないよ~。」
それはそれでどうなんだ、というは思う。
「大丈夫判定されてるのか、なめられてるのか判定が難しいな。
あと仲良くなってるって認識は私はしてないんだけど」
「でも敬語なくしてくれてるじゃん。
それって少しは仲がよくなったって思ってくれてるんじゃない?」
いつの間にか無意識で外していた敬語を突かれて、イヴは少し固まった。
こっちもこっちで相手をなめていたのかもしれない。
「率直に言うと敬語使うような相手ではないと判断したからかな。
なめてるんじゃなくて、敬語使ってると疲れるような相手ってだけ。別に敬語使うような相手じゃないななんて思ってないよ。
それとも敬語の方がよろしいですかなニコラス・ホークジーク様?」
「ああ、やめてやめて。なんか君が敬語で話されるとむずがゆくなる。
それに気のおける仲って感じで敬語なしの方がオレは話しやすい。優しい君なら、話しやすい方を取ってくれるよね」
まるでそっちを望むと言っているような瞳でイヴを見つめる。
「そんな義理もないでしょうに…。まあいっか…」
「やったー!ありがと相棒!」
ニコラスはパアアっと明るくなった表情を見せると、そのままの勢いでイヴに抱き着いた。
「相棒になった覚えはないしいきなり抱き着かない!
いくら女っぽくなくとも異性を急に抱きしめたら失礼って習わなかったんか⁉」
「そんなの常識的に知ってるよ~。でも相棒は女の子扱いとか苦手そうだし、この衝動は抑えなくても受け止めてくれるって思ってたからね~」
「顔のいい相手が急に抱き着かれるとか心臓に悪いんだけど。
恋とかの恋愛感情とかじゃなくて恐怖で。年下だから許すけどさー」
「え?オレたち同い年なはずだよ?」
(やっべ忘れてた)
本来のイヴも8歳の少女であることをすっかり忘れていたと。
イヴの中身は19歳だからか、この少年のことを勝手に年下扱いしていたのだ。
「(にしてもこの顔と察しの良さとかで8歳とかこの少年大人びてんな。)
ちょくちょく思うけど、こっちの情報知りすぎてない?」
「それは秘密でーす」
この後、ニコラス・ホークジーク少年となんやかんや昼食も一緒に取り、仲良くなった…のか?と思うイヴ。
この世界で初めての友達が異性というのは、イヴ自身も驚きだ。
だがなんにせよ、敬語を使わず気軽に話せるような相手が見つかり、気は少し抜けれるようになった。
よく見る物語とかだと、これがフラグが立ったことになるのだろうと思いつつも、男女だからとすぐに恋愛の方向に行くというのは失礼かという考えに至った。
×ではなく+という単位もあることだしそういうことにしておきたい。
(男女だからと恋愛方向に考えてた自分って、自意識過剰なんだろうか…)
ニコラス・ホークジーク少年にも失礼と思ったイヴは、心の中で謝罪した。
ともかくパーティーに行ったことでボッチ回避は免れたイヴに、不安だった異世界生活に光がともされたようだ。




