誕生
「公爵家次男ディオス・ダルゼンは今日この場をもって、クミン・コングドール公爵令嬢との婚約破棄を宣言する‼」
異世界転生系の物語で王道ともなる逆転劇。
その劇を始めるためのきっかけに婚約破棄は多い。
そもそも貴族の婚約は家同士、それに親の許可や頭首の許可がもらえない限り成立も破棄も出来ない。
公爵家同士の結婚なら、国の国王もその情報は知っているモノだ。
なので婚約が成立した以上滅多なことがない限り破棄なんて不利でしかない。
そんなことも考えられないくらいお隣の女性に熱心になっているということに、呆れてため息をこぼす女性が一人いた。
(恋は盲目というべきか単なる阿呆というべきか。)
先ほど婚約破棄を言い渡した男性の隣にいる女性は、女神と言われるほどの有名人だが、女性間の中では『貴族の婚約者がいる男性狙い』という悪評を持つ。
先ほど溜息を吐いた女性は隣に立つ綺麗な女性と目を合わせた。
綺麗な女性は王族の姫であり、彼女はその護衛だった。
姫様が目を合わして頷くと、護衛の彼女は一礼をして行動し始めた。
(さて、任務の時間だ)
このお話は護衛の彼女である『イヴ』が、元の世界の手掛かりを探し、どう生きたいのかを見つける物語である。
時は遡り、15年前。
侯爵家に一人の女の子が生まれた。
彼女の名前は『イヴ・レリブロー』。
この国の九大公爵家のうちの一つであるフリーク家、の分家の家に次女として生まれた彼女は、生まれた時から前世の記憶を持っていた。
信号のない交差点を友達と歩いていた時、ガードレールでこちらが見えなかったらしい車と接触した記憶で止まっている。
イヴは思った。
(車のスピードはアクセルを入れた直後のためそこまでで、自身も受け身を取ったため頭から地面にたたきつけられていないため死んだとは考えられない。だとしても何でここにいるんだ?これがいわゆる異世界転生なのか?死んでないかもしれないのに?)
と頭の中では疑問でいっぱいだった。
だがイヴの冷静な考えと反比例するように、周り…特にイヴを取り上げた女性はパニックになっていた。
産まれてきた赤子が産声をあげない。これは一大事だ、と。
そんな騒がしさをよそにイヴはいったん自分の中で踏ん切りをつけた。
(うん。今考えてもしょうがないな。生死は不明のままだが、くよくよするのはまだ早い。)
いったん気持ちを切り替えると、イヴは眠気に襲われて身をまかした。
この日に出産を任された医者は後世にこう語っている。
「産声をあげないまま、満足して寝る赤ちゃんを私は始めてみました」と。
[ドニーテン王国]
ティメントン大陸で八王国のうちの一つの大国であり、豊かな自然や広大な大地、そして人と魔族の中も良好なまさに理想の地。
先々代の国王であるティワ国王陛下は側近である護衛騎士兼補佐のシャーミット様とともにドニーテン王国付近の魔物を率いる魔王と交渉し現在も魔物との共存が続いている。
その間に行われた協定はのちに挑戦劇として現在にまで語り継がれ、挑戦劇で国王とともに魔王との交渉に行った方々の子孫は公爵の爵位を授かった。
それがイヴのいるこの国だ。
時は流れて、八年後。
イヴは八歳になるまでに、色々なことを手初めにやってみることにした。
この世界の文字をいち早く覚えるために勉強したり、父の書庫で(勝手に)歴史書などを読み漁ったり、母方の祖父であるフリーク家の稽古に参加させてもらったりと、この世界で生き抜くための知性と肉体をつけるようになった。
イヴの今の目標は、『自分がどうなったのか知ること』という何の手掛かりのないものだ。
元の世界で調子で長女だったイヴにとって姉という存在は新鮮で、男の兄弟が出来ることも新鮮でしかなかった。
それに19歳でこの世界に来た彼女には、家族の愛情という意味が身に染みて理解している状態だ。
八年も暖かなこの過程で暮らしていると、この世界の家族や人達に情が出来るのも自然だった。
だがイヴにはまだ元の世界への未練もあり、心境は常に複雑だ。
そもそもイヴはこの世界のことを、本を読むしか知る由もない。
歴史書を読んでも、周りの人や国の名前を聞いても、イヴが元の世界で読んだりやったりした乙女ゲームや小説といったものに当てはまらないのだ。
この世界のことを知るたびに、元の世界のことが忘れていく恐怖にかられたイヴは、ある日から日記をつけ始めた。
(異世界は異世界だ。元の世界でたらふく読んだことで培ってきた『異世界あるある』と、今までの19年間での知識で、この世界で生き残ってみせる)
彼女はそう固く誓って、この先を生きていくために自身を奮い立たせた。
この世界は90日単位で季節が変わり、季節を一月ひとつきとしている。
そのため春の刻とは何月という意味であり、後の数字は日にち。
(春の刻1=日本で言う元旦と3月)




