おま〇こトラジディー
注意!!このエッセイは下ネタしか書いてません!!
あと、これお叱りを受けるかもという覚悟で書いている。
自分はま〇こがすきである。本来なら伏字にするのもなんだかしゃらくさいのだが(セックスを「おせっせ」とか言って濁すくらいしゃらくさい)なろうなので、仕方なくこういう形で書いている。そんなことはどうでもいい話だった。今、自分が言いたいのはち〇こに比べてま〇こって冷遇され過ぎではないか? ということである。ここでいうま〇ことかち〇こは男女の蔑称とかではなくて、性器そのものの話をしている。
大体の女性はま〇こよりち〇この方が好き……まあ、それは生物学的に当然のことだし、わかる。しかしながら、信じがたいことに、男性もま〇こよりち〇こが好きなのである! これは、どういうことだよ!? 許せない……。自分がま〇こが好きなのは、エロいし可愛いと思っているからだ。クリから小〇唇にかけた、あのフォルムを愛している。でも、多くの男性は自分のち〇こをま〇こに突っ込むのには大いに興味があるが、性器そのものは自分のが好きなのである! ま〇こはポップじゃない、笑えないとか言い出す始末……。
確かに、ち〇こは面白アイテムである。大きくなるし粘液を噴射するのとか最高に面白いと思う。ま〇こは面白みみたいなものが売りではないのは明らかで、性と神秘を売っている。生理がある女性からするとま〇こが面白くないのは当然のことで、毎月厄介ごとを引き起こす意味不明な隣人である。それに比べてち〇こは男性にとって気さくな物分かりのいい隣人である。そこがち〇こがま〇こより人気になってしまう所以であろう。
それでも自分はま〇こが好きである。別にま〇こをポップにしたいとか笑える気さくな存在にしたい訳じゃない。ま〇こはその性と神秘でそのまま愛されるべきだと思っている。ち〇こはタブー視されないのにま〇こがタブー視されているのに意義を唱える動きもあるが、自分的にはどうでもいい。ま〇こは永久に意味不明な存在としてあって欲しいとすら思う。ま〇こはカオスのまま、愛されるべきだという過激派である。
これを読んだ女性へ。ま〇こはあなたが思ってるほど悪いもんじゃない。これを読んだ男性へ。ち〇こに現を抜かすな! ま〇こも愛せ! 以上です。




