第三節 :バラバラになった俺たち
天空遺跡が崩れ始めた。
石の床がガタガタ震えて、頭の上から大きな柱が落ちてくる。アイリアとはぐれてしまった俺は、迷路みたいな通路を走り回っていた。
「クソッ、アイリアはどこにいるんだ!」
俺は焦っていたけれど、考古学者として培った知識で冷静に考えようとした。この遺跡の作り方を見ると、きっと非常口があるはずだ。
壁の彫刻をよく見ると、矢印みたいな模様が隠れているのを発見した。
「よし、これが避難経路への手がかりか」
その時、崩れた通路の向こうに人影が見えた。空賊の男だった。まだ古代の機械をいじって、遺跡を壊そうとしている。
「まだ諦めてなかったのか!」
男は振り返ってニヤリと笑った。
「学者先生じゃねぇか。お前らのせいで計画が台無しだ。だったら、この遺跡ごと全部壊してやる!」
「バカなことはやめろ!この遺跡はみんなの宝物だ!」
「うるせぇ!」
男が機械を激しく操作すると、俺の足元の床が大きく傾いた。俺は崖っぷちまで滑り落ちてしまう。下を見ると雲の海が広がっていて、落ちたら終わりだ。
でも、その時アイリアとの約束を思い出した。
「私が、絶対、あなたを助けるから!」
「絶対に見つけ出す!だから、無事でいろ!」
そうだ。
アイリアも今、どこかで一人で頑張っているかもしれない。高いところが苦手な彼女が、俺を助けるために恐怖と戦っているかもしれない。
(諦めるな!)
俺は周りに散らばった石の破片を拾い上げた。それぞれに古代文字が刻まれている。これをパズルみたいに組み合わせてみる。
「この文字の並び方は……」
頭の中でバラバラだった情報が一つにつながった。これは飛行石をコントロールする緊急マニュアルの一部だったんだ。古代の人たちは、技術が暴走した時のために安全装置を作っていた。
「『天の怒りを鎮めるには、四方の守護石に古の言葉を捧げよ』」
近くにある四体の石像を見ると、胸のところに破片がはまりそうな穴がある。
「これだ!」
俺は順番通りに破片を石像にはめていく。
一つはめるたびに石像が光って、空賊の機械の動きが鈍くなる。
「な、なんだ!?俺の機械が……!」
最後の破片をはめ込むと、遺跡全体の不気味な震えが止まった。すべての機械が完全に停止する。
「やった!」
空賊は自分の機械が使えなくなったのを見て、悔しそうに逃げていった。
俺が安全装置の確認をしていると、後ろから震え声が聞こえた。
「リョウ……無事だったんですね……!」
振り返ると、そこにアイリアがいた。
でも、いつもの彼女とは全然違った。顔は真っ青で、体が小刻みに震えている。瞳の光も消えてしまったみたいだった。
「こっちから、誰かが呼ぶような声が聞こえたから…」
高いところが怖い彼女が、一人でここまで来たんだ。どれだけ怖かったか想像するだけで胸が痛む。
「アイリア!なんで一人でこんな危険なところに!」
「だって……」
彼女の声は震えていたけれど、強い意志があった。
「リョウが危ないって、私の心が叫んだから……。ほっとけませんでした」
その言葉を聞いた瞬間、胸がぎゅっと締め付けられた。
アイリアは自分の一番苦手な恐怖を乗り越えて、俺を助けに来てくれたんだ。
「アイリア……」
彼女は俺に駆け寄って、胸に飛び込んできた。小さな体が激しく震えていて、俺の服を握る手に力がこもっている。
俺は彼女をぎゅっと抱きしめて、銀色の髪を優しく撫でた。
「よく頑張ったな、アイリア。本当に、よく頑張った」
俺の声で、彼女の震えが少しずつ収まっていく。そして、彼女の瞳から安心の涙がこぼれた。
「リョウ……私、すごく怖かった……。でも、あなたがいないと、私……」
アイリアの言葉は途中で止まったけれど、俺にはその続きが分かった。彼女にとって俺は、もう単なる保護者じゃない。大切な存在になってるんだ。それは俺にとっても同じだった。
「もう大丈夫だ。俺たちはもう離れない。約束する」
俺とアイリアは、しばらく何も言わずに互いの温もりを確かめ合った。
「リョウ」
アイリアが俺の胸に顔を埋めたまま呟く。
「私、今回のことで分かったんです。あなたがいないと、私は何もできない。でも、同時に……あなたのためなら、どんな怖いことでも乗り越えられるって」
その言葉に、俺の心臓が大きく跳ねた。
「俺も同じだ。君がいなければ、この遺跡の謎も解けなかった。君と離れ離れになった時、初めて分かったんだ。君は俺にとって、どれだけ大切な存在なのかを」
アイリアが顔を上げて、俺を見つめた。その瞳には、記憶を失った弱い少女の影はもうない。強い意志を持った一人の女性としての輝きがあった。
「これからも、一緒にいてくれますか?」
「当たり前だろう。君と俺は、パートナーだからな」
でも、俺の心の中では「パートナー」という言葉でも、俺たちの関係を完全に表せていないような気がしていた。この感情が何なのか、まだはっきり分からない。
でも、一つだけ確実に言えることがあった。俺は、もうアイリアを失いたくない。
遺跡の危機は去ったけれど、たくさんの謎が残っていた。ノエルとセリアとも合流した俺たちは、天空遺跡の奥で見つけた記録を調べていた。
「この文献によると」
セリアが古代文字を読みながら説明する。
「古代文明は確かに高い技術を持っていたけれど、その技術が人々の絆を断ち切る結果を招いた、と書いてあります」
「技術の暴走か……」
俺は考え込んだ。
「地下都市では病気、天空遺跡では孤立。古代文明の滅亡には、いろんな原因があったようだな」
ノエルが心配そうに口を開く。
「でも、リョウさん。もしかして、僕たちが調査している遺跡も、同じような危険があるんじゃないでしょうか?」
鋭い指摘だった。俺は頷く。
「その可能性は高い。だからこそ、俺たちは慎重に研究を進めないといけない。知識は力だけど、責任も伴うんだ」
アイリアが俺の手を握った。
「でも、リョウ。真実を知ることは大切ですよね。過去の間違いを繰り返さないためにも」
俺は彼女の手を握り返した。
「そうだな。俺たちは、古代の人々が残してくれた教訓をしっかりと受け継いでいこう」
天空遺跡を後にする時、俺は振り返ってその大きな姿を目に焼き付けた。空に浮かぶ古代都市は、美しくも悲しい歴史の証人だった。
「次は、どこに向かいますか?」
セリアが聞く。
「海底神殿だ。天空の技術と対になる、海の文明の遺跡がある。そこにも、古代の真実が眠っているはずだ」
「海底ですか……」
アイリアが少し不安そうな顔をする。
「私、泳ぎは得意じゃないんですが……」
「大丈夫だ」
俺は彼女に微笑んだ。
「今度も、俺が君を守る。約束する」
アイリアの頬がほんのり赤くなった。
「うん……信じてます」
この天空遺跡での試練は、俺とアイリアの関係を決定的に変えた。お互いの安全を本気で心配し、危険を顧みずに助け合う。
そこにあるのは、もう保護者と被保護者の関係じゃない。お互いを必要とし、支え合う運命の絆だった。
でも、俺たちがまだ知らないことがあった。この天空遺跡で発見した「技術の暴走」という真実が、やがて俺たちを、もっと深い陰謀と大きな選択へと導いていくということを。
空から降りてきた俺たちを、新しい冒険が待っている。そして、アイリアの失われた記憶の真実も、だんだん明らかになろうとしていた。