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第二節 : アイリアの不思議な力

空賊を撃退した俺たちは、天空遺跡の中心部へと向かった。アイリアの涙が光に変わって俺たちを救った現象が、考古学者の俺の心をかき立てていた。


「アイリア、さっきの現象なんだが」


俺は興奮を抑えられずに彼女に近づく。


「君の涙が光に変わった瞬間、重力に明らかな変化が起きた。あの成分は一体何だったんだ?」


俺が目を輝かせて質問すると、アイリアは困ったように首をかしげた。


「リョウ、私にもよくわからないんです。ただ、あなたが危ないって思った瞬間、胸の奥から何かが溢れてきて...体が勝手に反応したというか」


彼女の素直な答えに、俺は思わず彼女の頭を優しく撫でた。学術的な興味を超えて、彼女を守れたという安心感が湧いてくる。


「そうか。ありがとう、アイリア。君がいなければ、俺たちは全員落ちていた」


俺の言葉と手の温もりに、アイリアの頬がほんのり赤く染まった。彼女が恥ずかしそうに俯く姿を見て、俺の胸に不思議な暖かさが広がる。


その空気を察したセリアが、二人の間にひょいと割り込んできた。


「ちょっと待ってください、リョウさん!」


彼女は学者らしい鋭い目で俺を見る。


「こういう貴重な現象こそ、科学的に解明すべきでしょう?アイリアさん、申し訳ないですが涙を少し採取させていただいて、成分分析を...」


セリアが懐から小さな試験管を取り出そうとするのを見て、俺は慌てて彼女の手を止めた。


「おい、セリア!人の涙を勝手に採取するな!それに、さっきのは危険な状況での反応だ。実験室で再現できるようなものじゃない」


「でも、リョウさん!古代文明の技術と現代の科学を組み合わせる可能性が...」


「だからって、アイリアを実験の材料扱いするのは違うだろう!」


俺とセリアが議論を始めると、ノエルが苦笑いを浮かべながら間に入った。


「お二人とも、アイリアさんを困らせてますよ」


実際、アイリアは俺たちの議論には興味を示さず、遺跡の奥の方を見つめていた。彼女の表情は、どこか遠くを見るような、憂いを帯びたものだった。


「ねぇ、リョウ」


アイリアが静かに口を開く。


「あの石碑...すごく悲しい音が聞こえてきます」


アイリアが指した先には、長い年月で風化した石碑があった。表面の文字は部分的に欠けているが、俺の知識でなんとか読める範囲だった。


俺が近づいて慎重に古代文字を解読していくと、そこに刻まれた内容は衝撃的だった。


「これは...」


俺は息をのんだ。


「『天空の技術は我らに自由をもたらしたが、同時に愛する者たちとの絆を断った。空を飛ぶことを選んだ者と、大地に留まることを選んだ者の間には、もう越えられない壁が生まれた』...」


俺が石碑の内容を読み上げると、仲間たちの表情が暗くなった。


「技術の進歩が、人々を引き離してしまったということですか?」


セリアが深刻な顔で聞く。


「そのようだ」


俺は続きを読む。


「『我らは空の自由を手に入れたが、その代償として、愛する人々の温もりを失った。この遺跡に残る者は、永遠に孤独を背負うことになるだろう』...」


ノエルが震え声で呟く。


「それって...すごく悲しい話ですね」


しかし、最も強い反応を示したのはアイリアだった。石碑の内容を聞いた瞬間、彼女の顔から表情が消え、まるで魂が抜けたような虚ろな目になった。


そして、震えるような小さな声で呟いた。


「...離れ離れに、なるなんて...」


その言葉には、単なる同情を超えた、深い絶望が込められていた。まるで、自分自身の記憶と石碑の内容が重なっているような反応だった。


「アイリア?どうしたんだ?」


俺が心配して近づこうとした瞬間、アイリアは突然走り出した。俺は驚いて後を追う。


「待てよ、アイリア!どこに行くんだ!」


「アイリアさん!」


セリアとノエルも慌てて追いかける。


アイリアが向かった先は、遺跡の中でも最も高い場所にある神聖な空間だった。そこには、これまで見た中で最大の飛行石が宙に浮かんでおり、その周りを無数の小さな光の粒が踊るように舞っていた。


「これは...」


俺が息をのむ。


光の粒は、単なる魔法現象ではなかった。よく見ると、それぞれが微かに人の形をしているように見える。


まるで、古代の人々の魂が光となって、この場所に留まっているようだった。


「精霊...?」


俺がそう呟くと、アイリアは悲しそうな表情で首を振った。


「違います」


彼女の声には確信があった。


「これは、この遺跡に残された、古代の人々の想い...。私、なぜだか知ってるんです」


アイリアはそう言うと、迷いなく光の粒に手を伸ばした。

彼女の指先が光に触れた瞬間、粒子は彼女の身体全体を包むように広がっていく。そして、アイリアの瞳が、これまで以上に強く神秘的な光を放ち始めた。


「アイリア、やめろ!」


俺は本能的に危険を感じて彼女を止めようとした。


「何が起きるかわからないぞ!」


しかし、俺の制止は間に合わなかった。アイリアと光が完全に融合した瞬間、遺跡全体が不気味に振動を始めた。まるで長い眠りから覚めた巨大な生き物のように、古代の装置が次々と起動していく。


「まずい...」


セリアが青ざめる。


「これは、空賊が残した制御装置の暴走です!」


確かに、先ほど空賊が使用していた古代の制御機械が、アイリアの力に共鳴するように異常な動作を示している。古代技術と現代の悪用が組み合わさったことで、想定外の連鎖反応が起きているのだ。


遺跡の暴走は想像以上に深刻だった。飛行石の出力が不安定になり、小さな浮遊島が次々と浮力を失って落下していく。空中に響く轟音と、砕ける岩の音が、この楽園の終わりを告げていた。


「やばい!この遺跡全体が崩れる!」


ノエルが恐怖に顔を歪める。


俺は必死にアイリアの元へ駆け寄ろうとしたが、その時、俺たちが立っている石床に巨大な亀裂が走った。地面が大きく揺れ、俺とアイリアの間に深い溝が生じてしまう。


「リョウ!!」


「アイリア!!」


俺たちは突然、空中に浮かぶ遺跡の別々の場所に分かれてしまった。アイリアは恐怖で顔を引きつらせている。高いところが苦手な彼女にとって、崩れる空中遺跡で一人取り残されることは、最悪の悪夢だった。


しかし、その恐怖の中でも、アイリアの瞳には強い決意の光が宿っていた。


「リョウ!」


彼女の声が崩壊音に負けずに響く。


「私が、絶対あなたを助けるから!約束します!」


その瞬間、俺は理解した。

アイリアは自分の力が遺跡の暴走を引き起こしたことに責任を感じている。そして、その力を使って俺たちを救おうとしているのだ。


「アイリア、一人で無茶をするな!」


俺は精一杯の声で叫んだ。


「俺も必ず君のところに行く!だから...」


しかし、俺の言葉は届いたのだろうか。

アイリアは光を纏いながら、俺とは反対方向へと走っていく。崩れ落ちる遺跡の中、彼女の小さな背中が少しずつ遠ざかっていく。


「アイリア!絶対に見つけ出す!だから、無事でいろ!」


俺の叫びは、崩壊する遺跡の轟音に掻き消された。

しかし、不思議と俺の心は落ち着いていた。


セリアがバランスを崩して倒れそうになるのを支えながら、俺は確信していた。アイリアは必ず生きている。そして、俺たちも必ず再会できる。


「リョウさん!」


ノエルが不安そうに俺を見上げる。


「アイリアさんは大丈夫でしょうか?」


「大丈夫だ」


俺は力強く答えた。


「アイリアは俺が思っているより、ずっと強い子だ。きっと、自分の力で道を切り開いてくれる」


セリアも、俺の確信に満ちた声に少し安心したようだった。

「でも、この遺跡の構造だと、合流するのは簡単ではありませんね」


「それでも、俺は諦めない」


俺は崩れゆく遺跡を見渡した。


「地下都市でも、俺たちは困難を乗り越えた。今度もきっと...」


その時、遠くからアイリアの歌声が聞こえてきた。それは悲しくも美しい旋律で、暴走する遺跡の機械音をも圧倒するほど力強いものだった。


俺は心の底から確信した。アイリアは戦っている。俺のため、仲間のため、そして自分自身のために。


「待ってろよ、アイリア」


俺は拳を握りしめた。


「俺も負けてられない」


この天空遺跡は、俺たちにとって最大の試練となった。しかし同時に、互いを想う気持ちの強さを確認する場でもあった。


離れ離れになった今だからこそ、俺はアイリアへの想いをはっきりと自覚していた。もはや保護者として、研究仲間として、という関係を超えた、特別な感情が俺の心に根を下ろしている。


「アイリア...」


俺は彼女の歌声に向かって心の中で呼びかけた。


「必ず、必ず君を見つけ出す」


崩壊する楽園の中で、俺たちの絆は試されている。しかし、この試練を乗り越えた時、俺とアイリアの関係は新たな段階に進むことになるだろう。


空に響く歌声を頼りに、俺は崩れゆく遺跡の中を進んでいく。アイリアとの再会を信じて。

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