第六節:対等なパートナー
その夜、俺は持ち帰った文献をセリアと一緒に整理していた。
アイリアは疲れて先に休みノエルは興奮して古代の装飾品を観察している。
「この文字体系……私が王都で学んだものとは微妙に違いますが、なんとなく意味が分かります」
セリアが古代文字を指でなぞりながら呟く。
彼女の解読能力は本当に優秀だ。
父親とは違い、彼女には真の学者としての資質がある。
「君の解読技術があったから、今回の発見も可能だった。本当にありがとう、セリア」
俺の素直な感謝の言葉にセリアは嬉しそうに微笑んだ。
しかし、その笑顔には少し寂しげな影も見えた。
「ところで、リョウさん」
突然、ノエルが俺の耳元で小声で囁いた。
「アイリアさんと、本当に付き合ってないんですか?」
「え?だから、付き合ってないって言ってるだろ!」
俺は慌てて否定する。
「だって、二人っきりで遺跡に行って、怪我まで庇ってもらって……。しかも、アイリアさん、リョウさんのこと、いつも『リョウ、リョウ』って、すごく嬉しそうに呼んでますよ」
ノエルの指摘に、俺は思わずドキリとした。
確かに最近、アイリアは俺の名前を呼ぶ時の表情が以前よりも柔らかくなったような気がする。
「それに、今日もアイリアさん、リョウさんが傷ついてるのを見て、すごく心配してましたし……」
セリアも会話に加わる。
「私から見ても、アイリアさんはリョウさんに特別な感情を抱いているように見えます。そして、リョウさんも……」
「俺も?」
「無意識に、アイリアさんを守ろうとする仕草が増えましたね。遺跡に入る時も、必ず彼女の安全を最優先に考えているでしょう?」
セリアの言葉は的確だった。
確かに俺はいつの間にかアイリアのことを第一に考えるようになっている。
彼女の儚げな笑顔を見ると、何としても守ってあげたいという気持ちになる。
でも、それは……。
「いや、アイリアは記憶を失ってるし、まだ子供みたいなところもあるし……。俺が勝手に保護者気分になってるだけだよ」
「子供って、アイリアさん、リョウさんとそんなに年が変わらないでしょう?」
ノエルがニヤニヤしながら反論する。
「それに」
セリアが少し寂しそうな笑顔を浮かべる。
「アイリアさんは、見た目は儚げですが、芯はとても強い女性です。子供扱いされることを、あまり好んでいないように見えますが」
俺は反論しようとしたが言葉が出てこなかった。
確かに、アイリアは最近「私だって対等よ!」と言うことが増えている。
その時、寝室から小さな物音が聞こえた。
もしかして、アイリアが起きてしまったのだろうか。
俺は慌てて立ち上がる。
「ちょっと見てくる」
寝室を覗くと、アイリアがベッドの上で座り込んでいた。
月明かりが彼女の銀色の髪を照らし、幻想的な美しさを演出している。
(綺麗だ……)
リョウは一瞬見惚れたあと、気を取り直して声をかける。
「アイリア?どうした?眠れないのか?」
「リョウ……」
彼女は俺を見上げる。
「さっきの話、聞こえちゃった。私のことまだ子供だと思ってるって」
「あ、いや、そういうわけじゃ……」
「私、頑張ってるつもりなんだけどな…」
アイリアは少し拗ねたような表情を見せる。
「遺跡でもリョウの役に立てるように……。でも、まだ頼りないかな?」
その瞬間、俺は自分の気持ちに気づいた。
アイリアを子供扱いしているのは、彼女を特別な存在として意識しすぎているからかもしれない。
「……ねぇ、リョウって、なんでそんなに余裕なの?」
「余裕なんかあるか。ただ慣れてるだけだ」
「慣れてる……? こんな、命を賭けた冒険に?」
「いや、こっちは命を賭けてたつもりはない。ただ……昔から、遺跡に入る時は常に死のリスクがついて回る。考古学者ってのはそういうもんだ」
リョウの声は淡々としていたが、その裏に積み重ねた経験の重さがにじんでいた。
アイリアは少し口をつぐみ、しばし彼を見つめる。
「……わたし、そういうの全然わからない」
「何がだ?」
「死ぬかもしれないって思ったら……普通、怖くて動けなくなるでしょ。でもリョウは平然としてる。だから、つい頼っちゃう」
「それが普通だ。怖がるのが当たり前だ」
「……でもわたしは、対等でいたいんだよ」
アイリアは両膝を抱えて、ぽつりとこぼした。
声は小さいが、その奥には切実な響きがあった。
「保護されるだけの存在じゃ、嫌なの。ちゃんと、隣に並びたい」
「……アイリア」
リョウは手帳を閉じ、短く息をついた。
からかい混じりのやり取りばかりだった彼女が、こんな顔を見せるのは珍しい。
「なら、一つ約束しよう」
「約束?」
「俺はできるだけ説明する。お前が考える隙を奪わないように。お前は、感じたことを全部俺に言え。直感でも思いつきでも構わん。それで少しは釣り合いが取れるだろ」
「アイリアがいなかったら、今回の調査も成功しなかった。俺にとって、かけがえのないパートナーだ」
「……!」
アイリアの瞳がぱっと輝いた。
そして、にへっと照れくさそうに笑う。
「いいの? わたし、たぶんまた変なこと言うよ?」
「もう慣れてる」
「ひどっ! でも、約束だよ!」
「ふーん、パートナーかぁ……」
アイリアは俺の言葉を反芻するように呟いた。
「それって、対等ってこと?」
「ああ、そうだ」
アイリアの顔がぱっと明るくなった。
「やった!じゃあ、次の遺跡でも一緒に頑張りましょう、リョウ!」
彼女の無邪気な笑顔を見て俺の胸の奥が暖かくなった。
この気持ちが何なのか俺にはまだよく分からない。
でも、確実に言えることは、アイリアとの旅がとても大切だということだった。
翌日、俺たちは次の目的地に向けて出発の準備を整えていた。セリアが古代文献で発見した「天空遺跡」の情報は、俺の好奇心を大いにくすぐった。
「飛行石の技術を使った空中要塞……想像しただけでワクワクするな!」
俺の興奮ぶりを見て、ノエルが苦笑いする。
「リョウさん、また遺跡オタクモードに入ってる……」
「でも、そういうリョウさんが一番生き生きしてますよね」
セリアが微笑みながら言う。
「そうそう!」
アイリアも嬉しそうに手を叩く。
「次の遺跡は天空にあるんですって!ワクワクしますね、リョウ!」
彼女の無邪気な笑顔は、もはや出会ったばかりの記憶喪失の儚い少女のものではない。
この数ヶ月で、アイリアは確実に成長し、俺たちの仲間として欠かせない存在になっていた。
俺は彼女の手を取り、力強く頷いた。
「ああ、そうだ!今度は空だ!天空遺跡で、どんな歴史が俺たちを待っているのか、本当に楽しみだな!」
しかし、心の片隅では不安もあった。
地下都市で見つけた「文明の崩壊」という重い真実。
そしてアイリアの不思議な力が、古代文明とどう関わっているのかという疑問。
「リョウ」
アイリアが俺の手を握り返した。
「何があっても、一緒に乗り越えようね」
彼女の言葉には、以前にはなかった強い意志が込められていた。
記憶を失った少女から、俺と共に歩む決意を持った女性へ。
アイリアの変化を感じながら、俺は次なる冒険への期待に胸を躍らせた。
街の門を出る時、振り返ると地下都市の入り口が小さく見えた。そこで俺たちが学んだ古代人の知恵と悲劇。それを胸に刻みながら、俺たちの冒険は続いていく。
空への憧れを胸に、天空遺跡という新たな謎に向かって俺たちは歩き続けた。そして、それぞれの心の内に芽生えた特別な想いも、青い空へと静かに舞い上がっていくのだった。
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