第五節:帰還と再会
地下都市の深い闇から這い上がるように、俺とアイリアが地上に戻ってきた時、夕日が俺たちを暖かく迎えてくれた。肺いっぱいに新鮮な空気を吸い込むと、地下で感じていた重苦しさが少しずつ和らいでいく。
「リョウさん!アイリアさん!」
馴染みのある声が聞こえて振り返ると、助手のノエルが宿屋の前から手を振りながら駆け寄ってくる。
「やっと見つけた!リョウさん、アイリアさん、二人っきりでデートですか?ずいぶん遅かったじゃないですか!」
ノエルの茶化すような声に、アイリアが少し赤面する。彼女は、まだ自分の感情を素直に表現することに慣れていない。その姿は俺の心を和ませてくれた。
「デートじゃない!ただの調査よ!
リョウが、また変な骨に夢中になってただけ!」
アイリアの精一杯の否定に俺は思わず笑ってしまった。
地下都市で得た重い真実も、彼女の無邪気な一言で、少しだけ軽くなった気がした。
俺達が、無事を祝うたわいも無い会話をしていると
その少し後ろから、王都の学者見習いセリア・アルンも心配そうな表情で歩いてくるのが見えた。
「無事だったんですね!本当に心配しましたよ!」
ノエルが俺の前で立ち止まり、ほっとした表情を浮かべる。まだ十五歳の少年だが、この数ヶ月で随分と頼もしくなった。
孤児院出身で身寄りのない彼が、俺の助手として古代文明の研究に興味を持ち始めた時の輝く瞳を思い出す。
「予定より二日も遅れて帰ってくるから、もしかして何か危険な目に遭ったんじゃないかって……」
セリアが俺たちの様子を観察しながら近づいてくる。
彼女の鋭い視線が、俺の左腕に巻かれた包帯に気づいた。
「その傷……まさか、例の盗掘団に襲われたんですか?」
「ああ、まあな」
俺は苦笑いを浮かべながら答える。
「でも、アイリアが治してくれたから大丈夫だ」
アイリアは俺の言葉を聞くと頬を薄っすらと染めて俯いた。
彼女の不思議な力──遺跡に触れることで古代の記憶を読み取り、時には傷を癒やすこともできる──については、まだ本人も完全には理解していないようだった。
セリアは、そんな二人の微妙な空気を敏感に察知したようで、何かを悟ったような表情で静かに頷いた。
王都の貴族出身である彼女は、最初こそ俺の「現代知識による考古学」に懐疑的だったが、今では俺の研究パートナーとして共に古代文字の解読に取り組んでくれている。
「すごいですね、アイリアさん。そんな力があるなんて……」
セリアの素直な称賛の言葉に、アイリアは少し寂しげな表情を浮かべた。
「でも、この力は……昔の人たちの悲しい記憶と繋がってるみたいで」
彼女の声には、地下都市で感じた古代人たちの苦痛や絶望が滲んでいた。俺は慌ててアイリアの言葉を遮り、話題を変えるように仲間たちに向き直った。
「それよりも、今回の調査で重要な発見があった。宿に戻って、詳しく話そう」
宿の一室で、俺はノエルとセリアに地下都市で得た発見について語り始めた。
テーブルの上には、慎重に持ち帰った古代の石版や金属片、そして俺が記録した調査メモが広げられている。
「地下都市の住民たちは、病によって滅んだんだ。それも、ただの疫病じゃない。おそらく古代文明の技術的な発展に伴って生じた、環境汚染や未知の病原体が原因だと思われる」
俺の説明を聞きながらセリアは息をのんだ。
ノエルは理解しようと一生懸命メモを取っている。
「でも、ただ滅びただけじゃない」
俺は石版の一つを手に取った。
「彼らは最期まで、自分たちの知識や文化を後世に残そうと努力していた。この石版に刻まれた文字は、病に苦しみながらも、治療法を探し続けた医師の記録だ」
アイリアが静かに石版に手を伸ばす。
彼女が触れた瞬間、石版が微かに光を帯びたように見えた。
「……この人は、最期まで希望を捨てなかった。『未来の人々が、私たちの過ちを繰り返しませんように』って、そう願いながら……」
アイリアの言葉に一同は静寂に包まれた。
古代文明の叡智と、その裏にあった人間たちの苦悩。
俺たちが追い求めている「知識」の重さを改めて実感する瞬間だった。
「この知識をどうするか、俺はまだ決めかねている」
俺は慎重に言葉を選んだ。
「だが、安易に公開することはできない。悪用される可能性がある」
セリアの表情が曇った。
彼女の父親──王都学会の重鎮の一人──が、古代の知識を軍事利用しようとしていることを彼女は知っているからだ。
「……リョウさんの言う通りです。危険な知識は、正しい目的のために使われるべきです」
セリアの声には複雑な想いが込められていた。
学問への純粋な探究心と、父親への複雑な感情、真実を追求することと、家族への愛情。
その狭間で、彼女は常に心を揺さぶられている。
「でも、せめて医学的な知識は活用できないでしょうか?」
ノエルが遠慮がちに口を挟んだ。
「この街でも病気で苦しんでる人たちがいるし……」
「そうだな」
あの盗掘団のことを思い出し俺は頷いた。
彼は病で苦しむ妹のために遺跡にいたのだ…。
「段階的に、安全な知識から公開していくのが良いかもしれない。ただし、慎重にだ」