第四節:封印された真実と新たな誓い
盗掘団の追跡を完全に振り切り、俺たち――考古学者リョウと、記憶喪失の少女アイリアは、地下都市のさらに奥深くへと足を踏み入れた。
通路は次第に狭まり、まるで世界の終焉へと誘うかのように、暗く、そして冷たい空気が俺たちを包み込む。
やがて、俺たちの行く手を阻むかのように巨大な岩盤が立ちはだかった。
それは、自然にできたものではなく、明らかに人工的に作られた「行き止まりの壁」だった。
しかしその壁には、奇妙な文字といくつかの骨片が、まるで意図的に埋め込まれたかのように配置されていた。
「これは……!古代の文字だ。しかも、この骨片は、ただの瓦礫じゃない。まるで、何かを伝えるために、わざとここに埋め込まれているかのようだ」
俺は興奮を抑えきれずその壁にそっと触れた。
指先から伝わる冷たい感触は、この壁が長い年月をかけて、この地下都市の秘密を守り続けてきたことを物語っていた。
俺は、考古学者としての知識を総動員し、壁に刻まれた文字を読み解いていく。
そこには、この地下都市の住人たちが、地上から流れ込む水によって広がる「病」に苦しめられていたこと
そして、その病が彼らの文明を蝕み、滅亡へと導いたことが記されていた。
それは俺がこれまで抱いていた仮説を裏付ける、決定的な証拠だった。
さらに読み進めると、この壁の奥には病の蔓延を食い止めるための、ある種の「知識」が隠されているらしいことが分かった。
それは、病の原因となる汚染された水源を浄化する方法、あるいは、病に侵された人々を救うための治療法、あるいは、その両方なのかもしれない。
俺の心臓は高鳴りを抑えきれなかった。
この知識は、現代のこの世界においても計り知れない価値を持つだろう。
「この病は、この場所の呪いなんですね……。この地下都市に、こんなにも悲しい歴史があったなんて……」
アイリアが不安そうに呟く。
彼女の瞳には、この地下都市の悲劇が、まるで自分のことのように映っているかのようだった。
俺は彼女の言葉を否定する。
この場所は呪われた場所などではない。むしろ、希望を未来へと繋ぐための最後の砦なのだ。
「違う、アイリア。これは呪いなんかじゃない。古代の人々は、この病に立ち向かうために、必死に戦い、そして、その知識をここに残したんだ。彼らは、未来の誰かが、この知識を見つけ出し、同じ過ちを繰り返さないようにと願ったんだ」
俺の言葉にアイリアは静かに頷いた。
彼女は壁に埋め込まれた骨片にそっと触れた…。
すると、彼女の瞳が再び光を帯び、壁の文字が淡く輝き始めた。
それは、まるで壁の向こうにいる古代の人々の魂が、アイリアを通して俺たちに語りかけているかのようだった。
「……ここから、逃げろ。この知識は、あまりにも危険だ……」
アイリアが震える声で呟く。
その言葉は、彼女自身の言葉ではなく壁の向こうから聞こえてくる、古代の人々の悲痛な叫びのように響いた。
俺は背筋が凍るような感覚を覚えた。
彼らは、なぜ「逃げろ」と警告するのだろうか。
この知識は世界を救うはずのものではないのか?
「……彼らは、この病が地上に広まることを恐れて、自分たちの知識をここに封印したんだ。そして、二度と同じ過ちを繰り返さないように、歴史を伝えるために……。だが、同時にこの知識が悪用されることを、何よりも恐れていたんだ」
俺は壁の文字と、アイリアから伝わってくる古代の人々の想いを繋ぎ合わせ、真実にたどり着いた。
この地下都市の住人たちは、病の蔓延から世界を守るために、自らを犠牲にしてこの場所を封印したのだ。
彼らは、自分たちの命と引き換えにこの危険な知識を未来へと託した。
しかし、その知識は、使い方を誤れば世界を滅ぼすほどの力を持つ。彼らはそのことを誰よりも理解していたのだ。
その瞬間、俺の頭の中に新たな疑問が浮かび上がった。
もし、この「知識」が悪意ある人間に渡ってしまったら、どうなるのだろうか。
例えば、病を兵器として利用しようとする者たちがいたら……。
あるいは、この知識を独占し世界を支配しようとする者たちがいたら……。
俺はこの地下都市で得た知識の重さに、改めて身震いした。
この知識は、希望であると同時に絶望にもなり得るのだ。
俺は、アイリアの純粋な心と彼女の持つ不思議な能力を思い出した。彼女は、この地下都市の悲劇を誰よりも深く理解し、そしてその痛みを共有している。
だからこそ、彼女の力はこの知識を正しく導くことができるはずだ。
俺は、この「知識」をどう扱うべきか決意を固めた。
この知識を決して安易に世に出してはならない、という強い決意だった。
「アイリア、君の力がもう一度必要だ。この知識を正しく封印するために」
俺はアイリアの手を取り壁に触れさせた。
彼女の瞳が、さらに強く輝き壁全体が光に包まれる。
その光は、まるで古代の人々の魂が、アイリアの力に呼応しているかのようだった。
光が収まると壁には新たな文字が浮かび上がっていた。
それは、病の治療法ではなく「この知識が悪用された場合、世界が滅びる」という、明確な警告だった。
そして、その警告の下には古代の言葉で「門」という文字が刻まれていた。
(「門」…、何かの入り口、あるいは封印するためのものか、もしくはこの知識を開くことが出来る鍵のような物か人物…もしかして……)
リョウは少し考えてからつぶやいた。
「知識は、使い方を間違えれば、世界を滅ぼす兵器になる……。この地下都市の住人たちは、それを知っていたからこそ、この知識を封印したんだ」
俺はこの地下都市が滅びた本当の理由を理解した。
そして同時に、この知識を安易に世に公開することができない、という事実にも直面した。
この知識はあまりにも強力すぎる。
もし、悪意ある者の手に渡れば、世界は再びこの地下都市と同じ悲劇を繰り返すだろう。
俺はこの知識を守り抜くことを心に誓った。
その夜、俺たちは地下都市の探索を終え地上に戻った。
空には満月が輝き地上は平和な夜を迎えている。
しかし、俺とアイリアの心には地下都市で得た重い真実がのしかかっていた。俺たちは、この世界の裏側に潜む、恐ろしい闇の一端を垣間見てしまったのだ。
「リョウ、この世界の人は、私たちが知ったことを知るべきですか?この病の真実を……」
アイリアの問いに、俺はすぐに答えられなかった。
その問いはあまりにも重いものであり、人類の未来を左右する可能性を秘めていた。
しかし、彼女が真剣な表情で俺を見つめていることに気づき、正直な気持ちを伝える。
「まだ、わからない。この知識は、あまりにも危険すぎる。だが、俺はこの知識が誰かに悪用されることだけは、絶対に阻止する。そのためならどんな困難にも立ち向かう」
俺の言葉にアイリアは安堵したように微笑んだ。
その笑顔は、初めて会った時とは違う、温かくて、心のこもったものだった。
彼女は俺の言葉を信じ、そして、俺と共にこの重い真実を背負っていく覚悟を決めたかのようだった。
俺たちはただの冒険者と不思議な少女ではない。互いの心を知り、信頼を深め、そして、世界を滅ぼすかもしれない知識を共有する「相棒」になっていた。
この地下都市での経験は、俺たちの絆を、何よりも強固なものにしたのだった。