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第一節:目覚めの少女

「暑い…みずっ…」


太陽が灼熱の砂漠を照りつける。


ジリジリと肌を焼く熱気の中、俺――秋月遼あきつきりょうはスコップを振るっていた。


異世界に来て、早数ヶ月。

元は日本の大学院で古代文明を研究していた、しがない考古学者だった俺は、どういうわけかこの剣と魔法、そして古代遺跡がゴロゴロしている世界に迷い込んでしまった。


転生、というやつだろうか。


トラックに轢かれた記憶も、人を庇って誰かに刺された記憶もないが、気づけばこの世界にいたのだから、そう解釈するしかない。


まあ、スライムや自動販売機に転生してたら自分の能力じゃ生きていられないから、せめて人で良かったと思う。


今、俺は助けてくれた砂漠の民のために遺跡調査している。この村は深刻な水不足に悩まされていた。


「……おお、これだ。間違いない」


砂の中から掘り起こした石碑の表面を、指でそっと撫でる。そこに刻まれていたのは、楔形文字に似た古代カサル語。


俺の専門分野の知識が、奇跡的にもこの世界の文字解読に応用できたのだった。


『天の川が地を走り、太陽の子が影を落とす時、聖なる扉は開かれん』


詩的な表現だが、俺にはその意味が手に取るようにわかった。これは、星図と日時計を組み合わせた、壮大なスケールの仕掛けだ。


この神殿の奥深くに村を救うための水源が眠っている。

俺の知識と経験が、そう確信させていた。


「星の配置と、光の角度……。この岩が北極星を示すと仮定すると、太陽の光がこの溝を通過する時……うーん、こっちの石を動かして……」


ぶつぶつと独り言を呟きながら、思考の海に深く沈み込んでいく。この瞬間が、考古学者として最も興奮する時間だ。


古代人が遺した謎を自らの知識で解き明かしていく快感。これがあるから、この仕事はやめられない。

たとえ、世界が変わろうとも。


だが、その至福の時間は無遠慮な声によって無残にも打ち破られた。


「こんな何もない砂漠に、まさか先客がいるとはな!」


ハッと顔を上げると、そこには見るからに柄の悪い男たちが三人、不気味な笑みを浮かべて立っていた。日に焼け、ところどころが破れた革鎧。腰に下げた錆びついた剣。


一目で盗掘団だとわかった。遺跡に眠る宝を狙って、古の眠りを妨げる不届き者たちだ。


厄介なことに、ここは神殿の入り口まであと一歩という場所。彼らもこの遺跡の価値に気づいてやってきたのだろう。


「おい、邪魔をするな。俺は宝を探しているんじゃない。ただ、村を救うための水を……」


「そんなもの、俺たちにはどうでもいい話だ!」


リーダー格と思しき、ひときわ体格のいい男が唾を吐き捨てた。


「お宝を独り占めするつもりだったんだろう?そうはいかねえぜ」


「話を聞け!」


俺の制止も聞かず、彼らは容赦なく襲いかかってきた。

学者に過ぎない俺は、戦いには全く慣れていない。大学時代に護身術をかじった程度で、実戦経験など皆無だ。


なんとか持っていたスコップを盾代わりに必死で応戦するが、多勢に無勢。すぐに囲まれてしまい、背中を壁に押し付けられる形となった。


「ひひひ、観念しな」


下卑た笑い声が、すぐ耳元で聞こえる。男の一人が、ギラリと光る剣を振り上げた。


 ――ここまでか。


せっかくこの世界で新しい目的を見つけたというのに。村の人たちの顔が脳裏をよぎり、唇を噛みしめた。

その時だった。


 ゴゴゴゴゴ……ッ!


背後から、地響きのような重い音が鳴り響いた。

俺が背にしていたはずの巨大な岩壁が、ゆっくりと、しかし確実に内側へと開いていく。眩い光が隙間から溢れ出し、俺と盗掘団の男たちを照らし出した。


「な、なんだぁ!?」


 突然の出来事に、盗掘団の男たちが驚き、怯む。光はあまりに強く、その向こうにいる何者かの姿は、まだはっきりと見えない。ただ、そこに「誰か」がいることだけはわかった。


「……何だ、あれは?」


やがて、光が少しずつ弱まり、その中心に立つ人影の輪郭が明らかになっていく。そこにいたのは、銀色に近い淡い髪と、透き通るような白い肌を持つ、一人の少女だった。


歳は十代半ばくらいだろうか。古代の神官が着ていたような、簡素だが気品のある白い衣を身にまとっている。


「……え、子供?」


 盗掘団の一人が、呆気にとられたように呟いた。


無理もない、こんな状況で遺跡の奥から少女が現れるなど、誰が想像できようか。


彼女は、目の前で繰り広げられている緊迫した状況をまるで理解していないかのように、ただぼんやりと首を傾げた。その表情は無機質で感情というものが抜け落ちているかのようだ。


まるで、精巧に作られた人形を見ているような感覚に陥る。


 盗掘団のリーダーが、状況を把握しようと一歩前に出た、その時。少女は突然、その小さな唇を開いた。


「……もしかして、そこの人たちって、遺跡荒らしですか?」


鈴を転がすような、透き通った声。

しかし、その問いかけはあまりにも純粋で悪意というものが一切感じられなかった。だからこそ、盗掘団の男たちは虚を突かれ顔をひきつらせた。


図星を指された子供のように言葉に詰まっている。


少女は、彼らの反応を意に介した様子もなく、淡々と続けた。


「だとしたら、感心しませんね。歴史的遺産は、後世のために大切に保存するべきものです。それに、あなたたちの装備、かなり使い古されていますね。もっと手入れをしないと、いざという時に困りますよ」


悪気ゼロの正論パンチ。

俺は思わず心の中でツッコミを入れた。

「いやいや、それ、今言うことか!?」と。


さらに少女は、俺の方に視線を移し小首を傾げた。


「あなたも、そんなボロボロの服で発掘作業をするのは衛生的によくありません。破傷風にでもなったらどうするんですか」


「お、俺まで!?」


思わず声が出てしまった。この少女、一体何者なんだ。


だが、俺たちの困惑をよそに、少女は再び盗掘団に向き直ると、決定的な一言を放った。


「というか、そんなに大勢で一人を囲むなんて卑怯だと思いませんか?武人としての誇りはないのですか?」


その言葉は、もはやただの指摘ではなかった。それは彼らの存在意義そのものを問う、鋭い刃となって突き刺さった。


「う、うるせえ!ごちゃごちゃと!」


 逆上したリーダーが、少女に向かって剣を振りかざす。


「危ない!」


俺は咄嗟に叫んだ。

だが、少女は逃げる素振りも見せず、ただ静かにその場に佇んでいる。


その瞬間、少女の瞳がそれまでの湖のような淡い青色から、神秘的な光を帯びて強く輝き始めた。


刹那、盗掘団のリーダーの動きがピタリと止まる。まるで、見えない壁に阻まれたかのように。彼の顔には、信じられないものを見たという驚愕と、本能的な恐怖が浮かんでいた。


「な……なんだ、これは……体が、動かねえ……!」


他の男たちも同様だった。金縛りにあったかのように、その場で身動き一つできなくなっている。


その光景に、俺もまた言葉を失って少女を見つめていた。彼女は、静かにゆっくりと歩みを進める。

その一歩一歩が、砂漠の熱気を鎮め、ひんやりとした清浄な風を呼び起こしているかのように感じられた。


少女は動けない男たちの前まで来ると、その澄んだ瞳で一人一人の顔をじっと見つめた。そして、悲しむでもなく、怒るでもなく、ただ事実を告げるように言った。


「この場所は、眠りを妨げてはいけない場所です。……お引き取りください」


その声が響き渡ると同時、男たちの体が一斉に後方へと吹き飛ばされた。まるで、強力な突風に煽られたかのように。

彼らは砂漠の砂の上に無様に転がると、悲鳴を上げながら、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。


嵐が去った後のような静寂が、その場を支配する。


俺は、目の前で起こった超常的な現象を理解できず、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。


少女は、俺の方に向き直ると、その瞳の光を収め再び無表情な人形のような顔に戻っていた。

そして、先ほどの騒動などまるでなかったかのように、こう言った。


「さて、と。これで落ち着いて話ができますね。……ところで、あなたは誰ですか?」


彼女はこの世界の、そして俺自身の運命の鍵を握る存在なのだと、その時の俺はまだ知る由もなかった。ただ、そのあまりにマイペースな問いかけに、俺は緊張の糸が切れたように、その場にへたり込むことしかできなかった。

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