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その九

「え⁉ ……し、しゃべりました⁉」

「何を驚いている。さっきからスピアと話していただろう」


 驚きました。

 てっきり、聞こえたのはスピア様の独り言だと思っていましたのに。


 相手が飛竜で戸惑うが、名乗られたので自己紹介をする。


「わ、わたくしの名はミレーユです。ミ、ミレーユ・ヴァイアントと申します」


 飛竜のファラシュが首を下げて目をつむる。


「ミレーユ。スピアは少し突飛な奴だが悪気はない。どうか許してやってくれないか」

「ゆ、許すって別に……」


 飛竜が竜騎士を擁護している。

 まるで主従が逆のようだ。

 ミレーユがあっけに取られていると彼が続ける。


「お詫びではないが、首に下げた袋におしぼりと干し肉が入っている。もらって欲しい」

「え、干し肉ですか⁉ あ、でも」


 干し肉と聞いて思わず反応してしまったが、すんなりもらうわけにもいかない。

 くださるようですけど、主のスピア様に黙って勝手に物を人に渡してもいいのかしら。

 戸惑っていると、ファラシュは器用に袋の紐を首から外す。


「これは君のために準備したのだから問題ない」


 促されて袋を開けると、中にはおしぼりと干し肉、それと綺麗な青い石のペンダントが入っていた。


「その青い石はミレーユの父君からもらったものだ。特別な魔法が込められている」

「え、父君? ち、父君ってわたくしのお父様のことですか?」


「ああ、そうだ。そのペンダントにはずいぶん助けられた。次は娘のあなたが役に立てるべきだ」

「お父様を知っているのですか⁉」

「よく知っている。彼には命を救われたから今度は私が君を救う。私はもう平気だからそのペンダントはミレーユに渡す」


 ミレーユはこのペンダントの石を知っている。

 ブルーレースアゲードという友情運を上昇させるパワーストーンだ。


「わあ! ありがとうございます」


 ちょうど今日のラッキーアイテムがペンダントだ。


 やりました! これで運勢を上昇できます。


「喜んでもらえてよかった」


 彼の声を聞くとなぜか前に話したことがある気がして落ち着く。


 不思議です。

 飛竜との会話なんて初めてですのに。


 それは父親の知り合いだから安心できたのかもしれないし、しゃべりかたや声が穏やかだからなのかもしれない。

 それで打ち解けて、ミレーユはいままで溜め込んだ思いをファラシュに打ち明けた。


 呪われて塔から出たら死ぬことは重すぎてさすがに言えなかったが、それ以外の溜まった想いはすべて。

 塔には何もなくて生活がつらいことや、侍女との接点はあるけど会話はなく孤独であること、食事が少なくていつも空腹であること、幽閉期間は無期限で一生塔から出られないことなどを打ち明けた。


 彼はじっと話を聞いていた。

 ミレーユの告白に優しく頷いて、ときおり聞き返す様子は貴族のように優雅で礼儀正しい。

 ミレーユは途中で感情が高まって泣きながら話したが、ファラシュはそのすべてを受け止めた。

 次第に彼女のつらい心が救われて、感謝の気持ちで胸がいっぱいになる。


「ファラシュ、ありがとうございます」

「あなたが経験した日々は想像を絶する過酷さで言葉がない。いままで本当につらい思いをしたのだな」


 そう慰める飛竜の目から涙が零れた。


「わ、わたくしのことで泣いてくださるの?」


 ファラシュの深い思いやりを感じた。境遇を理解してもらえたからか、運命の男性のように感じて不思議な気持ちになる。

 正直、とても飛竜と話している気にはなれない。


 彼が飛竜じゃなくて人ならよかったのに。

 自分勝手な希望を抱いてから、それが飛竜の彼に失礼だと気づいて思考を振り払う。

 意識しすぎたせいか、次第にファラシュとふたりきりの状況に緊張してきた。


「あ、あの、スピア様は帰りが遅いですね」

「知らない男が塔から出てきて相手に驚かれたのだろう。たぶん説明に手間取っていると思う。奴は説明が上手くないから」


 来客など気のせいだと思っていたが、ファラシュまで来客がいる前提で話している。

 彼が言うならそうかもと考えだしたところで、なんとスピアがいつもの侍女を連れて屋上へ戻ってきた。


「か、彼女だったのですか⁉ 食事を運ぶ以外で塔を訪れたのは、えと、は、初めてじゃないかしら」


 予想外のことで驚いていると、侍女が青い顔をして体を震わせているのに気づく。


「あ、こ、この飛竜は大丈夫です。いい人、あいえ、いい飛竜です。怖くありません」


 少し変な説明で危険はないと伝えるとスピアがうんうんと頷く。


「ファラシュに危険がないことは説明したよ。それより、なんかミレーユに相談があるらしいんだ。――あ、君の名前は?」

「ハンナといいます」


 知らなかった。

 彼女はハンナというのだ。

 一年間、毎日顔を合わせてやっと名前を知ることができた。

 それが嬉しくて見つめていたら、ハンナが駆け寄ってきてミレーユの手をとった。


「あの、ヴァイアント様! どうか助けてください!」


 一年間、食事を運んでくれたハンナが、必死な表情で相談を持ちかけてきたのだ。

 ミレーユにとって彼女は特別な存在。


 ハンナは会話をしなかったが、目を合わせると会釈は返した。

 だから、嫌われているのではなく単に会話を避けていると分かっている。


 それに会話はなくても、彼女との接触は貴重なコミュニケーションでもあった。

 塔に閉じ込められたミレーユにとって、食事を受け取るときに会釈があるだけで誰かと繋がっていると感じられたから。

 そのハンナが助けを求めてきたのだ。


「わたくしのことは、その、ミレーユと呼んでください。こ、このふたりもそう呼んでくれますので」

「で、ではミレーユ様! どうか占っていただきたいのです! よく占い魔法を使われていますよね!」


 彼女は両手でミレーユの手を握ったまま、両膝をついて必死に願いを述べた。



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