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その八

 今日は恋愛運のカンストばかりが頭を巡った。

 結婚を暗示する男性って一体どなた?

 そればかり考えて夕食を終えると、塔全体にドシンと振動が響く。


「おーい!」


 誰かの声が聞こえた。

 塔の扉は閉まっている。

 声が塔の内部で反響しているので、扉の外側から呼ばれたのではなさそうだ。

 壁面の上の方に明り取りの隙間がいくつかあるけど、そこから誰かが呼びかけるのも無理である。

 塔の外壁は凹凸のない石壁で登れないからだ。


「おーい、ミレーユ! いるよな?」

「い、います!」


 屋上から呼ばれたと分かり必死に答える。

 昨日の夜明け前に飛竜に乗って屋上に来た赤髪の男性の声だ。

 もう会えないと思っていた竜騎士がまたやって来たのだ。


 慌ててらせん状の石階段を昇る。

 息を切らせて夜空の広がる屋上へ出ると、そこには赤髪の男性と白い飛竜の姿があった。


「ミレーユの匂いがしたからさ、いると思ったんだよね」

「え、あ、匂い……」


 また会えたと感動する間もなく気になることを言われる。

 雨の日に屋上で裸になって髪や体は洗っているけど、汚れたドレスはどうにもできないからだ。


「あ、え、いやだ……」


 反射的にしゃがみ込み、体を縮こませて小さくなる。

 うつむいて下を見ると、余計に悲しみが込み上げて涙で視界がにじむ。


「おいスピア! 駄目だろ!」


 下を向いていると鋭い男性の叱責が聞こえた。


「え? あ、そうか。ごめん。俺、鼻がよく利いてさ。人間の匂いに敏感だからつい」

「そのいい訳も駄目だろう」


 彼ひとりしかいないのに誰かと話しているように聞こえる。

 気になって顔を上げると、スピアがクンクンと鼻を鳴らした。


「なあミレーユ、下に誰か来たみたいだ」

「誰か……ですか?」


「ああ。別の人間の匂いがする」

「ここから分かりますの?」


「たぶん女だな。お詫びに俺が行って要件を聞いて来るから」

「え、待って、ちょっと――」


 彼は制止も聞かずに慌てて石階段を下りて行った。

 誰かが来るはずなんてありえませんのに……もしや銀髪の男性?


 一瞬銀髪の男性が頭をよぎる。

 だがスピアが女性だと言ったのですぐに首を振った。


 もう忘れなくては。

 きっと彼は来ないでしょうし。


 銀髪の彼が去り際に言った「君をここから助け出すから」という言葉がいまだに耳に残っていた。

 それでなのか、どうしても再会を諦めきれずにいる。


 冷静になると今度はスピアが塔の中へ下りて行ったのが気になり始めた。

 自分の家に誰かが入り込んだように感じたのだ。

 でも追いかけなかったのは、家具も何もないので見られて困る物がないと気づいたから。


「ふう」


 落ち込んでため息をつく。

 人と会えて話をできるのは嬉しいが、掃除のできていない場所に人を入れるのは恥ずかしかった。

 彼女のせいではないが、気になるものは気になるのだ。


 ふと屋上に座る白い飛竜が目に入った。

 飛竜はミレーユとふたり切りになっても大人しいまま。

 最初は襲われないか心配したがどうやら大丈夫そうだ。


「飛竜って美しいんですね」


 精悍な顔つき、月明かりで白銀に光る鱗、大きな翼と長く鋭い爪、どのパーツも美しいと形容するのが一番しっくりくる。

 それに主が留守でもおとなしく待っているので相当に賢いと分かる。


 不思議とこの白い飛竜に興味が湧いた。

 スピアがいないのをいいことに少し近寄ってみる。


 飛竜の目は爬虫類のそれとは違って瞳が大きい。

 しかもその瞳は綺麗に輝く金色。

 思わず見とれていたら、なぜか心の中に抱えるものを飛竜に打ち明けたくなった。


 人相手には話しづらくとも、飛竜になら打ち明けても平気だろう。

 話の意味など分からないだろうし、こちらの表情も伝わらない、そう考えた。

 きっと黙って聞いてくれる。


「ねえ、飛竜さん。聞いてください」


 未来視で助かる姿を視てからか、生への執着が沸き起こっていた。

 いつ死ぬか分からない現状は変わっていない。

 なのに生きたいという衝動が掻き立てられて、溢れる気持ちが口を突く。


「わたくし、死にたくないのです。もっと生きたい。素敵な人に塔から連れ出してもらって幸せになりたいのです」


 答えなんて期待していなかった。

 飼い猫に話しかけるように、誰かに自分の気持ちを伝えたかっただけ。

 それで独り言のように話しかけたのだけど――。


「私の名は……ファラシュという」


 なんと飛竜がしゃべった。



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