その七
「運勢が上昇したのかもしれません!」
苦痛に満ちた一年間を振り返りながら、やっと屋上から一階へ到着。
急いで小石を床へ並べて魔法陣を描く。
小石の魔法陣が完成すると真ん中にペタリとお尻を着けて座った。
発動するのは一年に一度しか使えない未来視の大魔法。
塔へ来た頃に孤独死の未来が視えて絶望した。
その大魔法を一年ぶりに使う。
床に置いた小石が青白く光り、浮かび上がった魔法陣が暗い塔の中を照らした。
痩せて体力が落ちているせいか、大量の魔力が消費されて気を失いそうになる。
それを必死に耐えながら静かに目をつむった。
するとまぶたの裏に信じられない情景が映し出される。
花冠に白いドレスを着たスリムな女性が、赤い絨毯の上で素敵な男性に体を寄せている、そんな姿が視えたのだ。
未来視を終えて目を開けると、しばし呆然とした。
「……男性がいました。塔の外に出ていました」
塔の外へ出ているということは、いずれ死の呪いが解呪されるということ。
そして花冠に白のドレスは結婚の暗示。
寄せた体を支えてくれる男性が結婚相手を指しているが、相手の顔はなぜか見えなかった。
いまの時点では結婚相手の候補が複数いるのかもしれない。
「わたくしの未来、変わっていました!」
予想もしない占い結果に驚いてあっけにとられ、しばらくポカンとした。
いまも家具のない石造りの塔に幽閉されている。
食べ物も少なくていつも空腹でつらい。
唯一の持ち物はこの汚いドレスだけ。
そんな彼女が視たのは塔の外で幸せそうに笑う自身の姿だった。
真っ白なドレスを着て素敵な男性と結ばれる、とても幸せな未来だった。
占い魔法で視える未来は運の盛衰で変化する。
素敵な未来が視えたということは、幸運度が上がっているのかもしれない。
魔力を使い果たして石の床に寝ころんだまま、これからすべきことを考える。
急いで運の盛衰を占いませんと。
そう思ったが、さっきから横に寝たまま動けない。
痩せて体力がないのに未来視の占い魔法で魔力を使い果たしたせいで、動くどころか声も出せないのだ。
この塔から出られるかもしれません。
寝ころんであれこれ考えていると、朝食を持ってきた侍女がこちらを見てぎょっとした。
恐る恐る脈を測りだしたので魔法陣へ視線を送る。
それで占い魔法をし過ぎて魔力がないだけだと伝わって「またか」という顔で帰っていった。
夕方になり、ようやく運勢を占うだけの魔力が回復する。
現状運の診断は塔に来て一度も使っていない。
餓死する未来を視て運勢が最低だと予測できたから。
占いで確認して絶望するのが嫌で今日まで運勢を占ってこなかった。
「詳細な運勢も視られますけど、いまは細かく調べても意味がありません。代表的な六つでやりましょう」
六つの小石をティーカップくらいの六角形になるように並べて、運勢診断の占い魔法を発動する。
すると六つの小石すべてが青く輝いてカタカタと震えた。
「少しでもこの六角形が大きくなってくれればいいのですけど」
六つの石はそれぞれ、金運、仕事運、健康運、学問運、家庭運、恋愛運を指していて、小石が六角形の外側に移動するほど運勢が高い。
多くの石が外側へ動いて六角形の面積が大きくなれば、総合運が高いといえる。
「もしかしたら、南側に置いた毒ピンクの効果で恋愛運が上がったのかもしれません」
恋愛運の上昇に期待する。
しかし、どの石も青く光って震え続けるだけで動かない。
動かないのはどの運も最低であることを示す。
そして震え続けるのは、ほかの運に影響されている状態だ。
この結果はミレーユにも当然予測できた。
運勢が上昇しているなら、占う前からすでに何らかの兆候が出ているものだから。
だけど金運といっても所持金はゼロだし、仕事運もなにも仕事はしていない。
健康運は栄養不足で不衛生だし、学問運だって何も無いので本すら読めない。
しかも父親は処刑され、母親は修道院にいて家族バラバラ。
家族運が一番最低だ。
「でもせめて何かひとつくらいは上がっていて欲しかった……」
一年間一日も欠かさず毒ピンクを南の壁際に置き続けたのに。
吉方位を毎日占って微笑んだのに。
朝日や夕日を浴びたりしたのに。そう思ったときだった。
ひとつだけ青色の輝きが黄色に変わったのだ。
「あっ! 恋愛運!」
黄色は小幸運を示す。
そして、恋愛運の小石はよいとされるペンの長さよりも外へ動く。
さらに外側へ移動しながら、輝きが黄色から緑色に変わった。
「み、緑⁉ 緑ってかなりいいんですけど!」
緑は中幸運を示し、だいたいのことが自然と上手くいく。
恋愛運であれば好きな相手から好印象を持たれたり、仲良くなれたり。
運勢の大幅改善に喜んでいると、なんと恋愛運の小石はさらに動いて傘の長さより外側へ到達。
まだ動き続けながら緑色から赤色へ変化した。
「あ、赤って。うそ」
予想外の赤。
喜びを通り越して信じられなくなっていく。
赤は大幸運を示し、長年の願いが叶うとされる。
恋愛運なら意中の人から想いを寄せられ、心が通じ合って相愛になれるほどだが……。
信じられなくてぼーっと見ていたが、まだ小石の動きは止まらない。
「えっ、ちょ、ちょっと!」
恋愛運の小石は徐々にスピードを上げて魔法陣から離れていく。
しかも輝きが赤色から美しい虹色へと変化したのだ。
「ええ⁉ う、う、うそーー⁉」
慌てて追い掛けたが、加速した小石はミレーユを振り切って遠ざかる。
虹色に輝く小石を必死に追いかけると、とうとう塔の内壁へカツンと当たった。
衝撃で小石が半分に割れて虹色の輝きが失われる。
小石が虹色に輝いて何かに当たるまで動くなど、ミレーユはそんな挙動を知らない。
「ヴァイアント家のどの魔導書にも虹色なんて書かれていません! 小石がこんなに遠くへ動いて、壊れて止まるってどれだけ⁉ これって人間の限界、赤の大幸運を超えたってことですよね?」
人間の限界。
神に創られた人間にはあらゆる能力に限界がある。
筋力、視力、聴力、知力などの限界。
普通の人の能力は神からすればはるかに低い。
それは人の進化を恐れた神が、低いところに限界を設定したからと言われている。
人の運勢の限界を占い魔法で示すなら赤色となる。
赤色が最上の大幸運で人類の限界。
もしさらに別の色に変わるなら、それは次の到達点に届いているということになる。
人間の限界を超えたさらに次の到達点。
「考えられるのは神の領域。それっていわゆるカンストってことですか⁉」
カウンターストップ。
恋愛運が神と同等の最高値。
人の限界を超える神の領域へ到達し、恋愛運のカウンターがストップしているのだ。
そして、ほかの小石は同じ場所で小刻みに震えている。
震え続けるのは、ほかの運に影響される状態。
それはカンストした恋愛運に影響されるということ。
「わたくしの命運ってまさかの恋愛運次第ですか⁉」
恋愛運がカンストし、未来視の結果が変わった。
一年前の未来視では塔で餓死する自身の姿が視えた。
でも今回は、塔から出て素敵な男性と結婚する自分が視えたのだ。
その結婚を暗示する男性が、ミレーユをこの塔から助け出してくれるのである。
恋愛運はすでに人間の限界を超え、神の領域まで上昇している。
「あとは素敵な男性と出会って仲良くなるだけだと思うのですけど……」
ちらりと脳裏をよぎったのは、殿下によく似た銀髪の男性とさわやかな赤髪の男性。
肝心の運命の人、それは一体誰なのだろうか。
※ついに恋愛運カンスト!
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m(_ _)m