その五十五
「あなたの体はあります。人間の体が。悪魔の体は人間に異種族変化したのですよ」
「な、なぜ⁉ どうして⁉」
「彼らにかけた異種族変化の呪い、それらも術者のあなたへ返したのです」
ミレーユが受けた『塔から離れたら死ぬ』という呪いだけでなく、ランスロットとスピアのふたりが受けた『異種族変化』の呪いもモリガンへ返った。
悪魔モリガンの本体は、憑依しているベネディクト女王の影響を受けて人間へ変化。
彼女と女王は文字通りの同体となったのだ。
「そ、それなら呪いの術を解くまで」
「炎の魔法も操れないのに術を使えるのですか?」
ぼう然自失になるモリガンの横をすり抜けて、ハンナとアンディが駆け寄ってくる。
「ミ、ミレーユ様、終わったのですよね? お怪我は?」
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「ふたりとも逃げてなかったのですか⁉」
「私たちだけで逃げたりしません」
「心配だったから、ずっと階段から見てたんだ」
ふとハンナの髪が綺麗なオレンジ色なのに気づく。
金色のボブカットだった彼女の髪が、アンディと同じオレンジ色になっていた。
解呪の効果範囲が階段から見ていた彼女に届いたのだ。
つまりハンナも呪いが解呪され、術者の悪魔モリガンに呪いを返せたということ。
ハンナも同じ死の呪いだった。
ただし発動条件は特殊。
塔へ運ぶ食事の量を指定より多くした場合に死ぬというもの。
この呪い、モリガンには一体どう作用するのだろう。
いずれにしろ、これで四人分の呪いがモリガンに返されたことになる。
「き、き、貴様貴様貴様!」
顔かたちは綺麗なまま、白髪のロングヘアとなったモリガンがわめく。
「魔法が使えなくても刃物で殺してやる。わらわの地位は女王、平民には反撃できぬだろう。どこまでも追いかけて、貴様がひとりのときに殺してやるぞ!」
気づいていないようすなので念押しする。
「塔から出たくても出ては駄目ですよ」
「な、なぜだ?」
「塔から離れたら死んでしまうから」
術者である悪魔モリガンの本体は女王の肉体と同化してしまった。
女王の肉体に悪魔の不死性はない。
ただの人間なら『塔を離れると死ぬ』だろう。
塔で生きるしか道はない。
「やっと、やっと終わりました」
安堵から力が抜けて床に座り込んだ。
魔力もまったく残っていない。
紅蓮の飛竜に戻ったスピアがどすどす歩いてくる。
「俺も一撃入れたかったがまあいいか。最後はミレーユが決めてくれたし」
「わたくしは呪いを解呪しただけですから」
悪魔モリガンが往生際悪く杖を構える。
「わ、わらわはまだ負けておらぬぞ」
しかし構えた杖はもう光っていない。
ランスロットが金髪を揺らして首を振る。
「やめておけ。もうお前はただの人間でしかない」
諭されてようやくモリガンは杖を下ろし膝を突いた。
紅蓮の飛竜が乗りやすいよう屈んでくれる。
「さあ、みんな、俺の背中に乗ってくれ。隣国へ連れてってやるよ」
先に飛び乗ったランスロットが手を差し伸べてくれる。
「私たちの国へ行こう」
手を借りて彼の前へ乗せてもらった。
「ハンナ、アンディも一緒に行きましょう」
「私もですか?」
「僕もいいの?」
「殿下がみんなで一緒に暮せたらって。わたくしもみんな一緒に暮らせると嬉しいです」
笑いかけるとアンディが目をキラキラさせてハンナの顔色を伺った。
期待に満ちたアンディを見てハンナが苦笑いする。
それから深々と頭を下げた。
「ランスロット殿下、ミレーユ様。親子でお願いできますでしょうか」
「やったあ」
大喜びのアンディ、ハンナの順で紅蓮の飛竜へ飛び乗る。
「じゃあ、出発するぞ。もうこの塔ともお別れだ」
スピアがどすどすとゆっくり歩いて屋上の縁へ向かう。
この塔で過ごしたのは一年と少し。
長く苦しい日々でした。
でも途中から事態がどんどん好転してランスロット殿下とも再会できて。
辛かったけど楽しかったです。
悪い思い出ばかりではない。
こうして大切な仲間を得ることができたのだから。
「あ、クモリーナ」
大切な仲間と考えて一番最初にできた友達が頭をよぎる。
モリガンの爆炎魔法で彼女も犠牲になってしまっただろう。




