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その五十四

 黒いもやはなんとドクロの形になって、悪魔モリガンの方へ飛んでいく。

 そして後ずさる彼女にぶつかってそのまま体に吸い込まれていった。


 いまの黒いドクロは⁉

 もしや死の呪い!


「な、なんだこれは⁉ 呪いか⁉ まさか、貴様の仕業か⁉」


 白黒の視界が元に戻り、モリガンの見た目は黒い肌が元の白さに、白い髪は元の黒髪に、いや髪は艶を失って深い青、紺色に見える。


 頭痛がしない。

 視界は白黒ではなく色づいている。

 発動したはずの死の呪いの影響がなくなっていた。


 顔を横に向けて急いで自分の髪を手に乗せる。

 目に映った長い髪は光輝く懐かしい金色。


 解けた。

 呪いが解けたのだ!


「悪魔モリガン。その黒いドクロは、あなたがわたくしにかけた『塔を離れたら死ぬ』呪いです。いま、術者のあなたへ呪いを返しました!」

「なんだと⁉」


「これであなたはこの塔から出られません!」


 さあ、あとは石階段を下りて逃げるだけ。


「まさか貴様、わらわと戦わずに逃げる気なのか」

「いくら相手が悪魔でも、呪いで塔から出られないなら逃げられます」


 これまでは塔から去って行くモリガンを歯噛みして見送った。


 だが立ち場は逆転。

 見送るのはモリガンの方になった。

 これからは彼女が呪いによる死に怯え、塔に縛られて生きるのだ。


 憐れみを込めて見つめると、モリガンが吹き出して笑いだす。


「フ、フフフ。あーはっはっは。愉快愉快。実に愉快だ」

「な、何が愉快なんです⁉」


 目を細めた奴がついと人差し指をこちらへ伸ばす。


「この阿呆め。悪魔は不死。死なぬのだ。まさか知らんのか?」

「えっ! そうなのですか⁉」

「死なないから悪魔と呼ばれるのだろうが」


 悪魔は死なない?

 本当?

 この悪魔モリガンは封印されていた。

 もしやそれって殺せなかったから⁉

 だとすると、彼女は塔から離れて死の呪いが発動しても死なない⁉


 ということは、このまま逃げても奴は普通に塔を離れて追ってくる。

 先ほどみせた空中飛翔は鳥のように速かった。

 逃げきれっこない。


 そばにいる白い飛竜が小声で提案する。


「ミレーユ、またこの塔に奴を封印できないか」

「駄目です。器が、封印の器が壊れているのです」


 一階フロアの封印装置は壊れて撤去している。

 先祖が悪魔を封印できたのも、封印の器を用意したから。

 入れる器がなければ悪魔は封印できない。


「わらわに呪いを返した貴様は絶対に許さぬ。いますぐこの手で殺してくれる!」


 モリガンが大きく杖を振りかぶる。


「な、魔法⁉」


 甘かった。

 呪いを解呪して逃げれば終わりとばかり思っていた。

 解呪しても逃げ切れずに魔法で攻撃されるなんて。

 なんとか死の呪いが解けても、あの魔法の業火を防ぐ手立てはない。


「チリも残さず焼き尽くしてくれる!」


 すかさず飛竜姿のランスロットが前に出てくれる。


「だめです、ランスロット様」

「いや、ミレーユは死んでも守る!」


 モリガンの体が魔力で光り輝いた。


「フフフ。呪いの解呪など無駄なあがきだったな」


 今度は大きく掲げた杖に魔力が収束していく。


「もうだめ」


 彼女が悪魔であろうことは予想がついていた。

 なのに楯突いて怒らせてしまった。


 わたくしは馬鹿だ。不死の存在を怒らすなんて愚かだった。

 不死だなんて知らなかったけど、みんなを巻き込んだのは事実。

 決して勝てない相手に挑んでしまった。


「ごめんなさい、みなさん」

「地獄の炎に焼かれて息絶えるがいい!」


 モリガンが杖を振りかぶったときだった。


 突然、周囲から黒いドクロが飛んできた。

 ドクロの数は全部で三つ。

 それが次々にモリガンへと吸い込まれていく。

 その黒いドクロが吸収されるたび、モリガンが憑依する女王の体がビクンと跳ねた。


 先ほど紺色に変わった彼女の髪の色が徐々に薄くなっていく。

 紺色が灰色に、灰色が銀色に、そしてついには真っ白になった。


「な、何をしおった⁉」


 何もしていない。

 していないけど、モリガンの髪が白髪になった。

 黒いドクロに当たるたび髪の色素が抜けていった、ということは。


「ええい、何をしても無駄だ! お前を殺してやる」


 魔力で光る杖を勢いよく振り下ろす。


「喰らえ! ヘルファイア!」

 

 しかしモリガンから放たれたのは、先ほどの業火ではなかった。

 業火どころか、ろうそくに灯るような非常に小さな火。

 それがふわふわ飛んで空中で消えた。


「⁉」


 戸惑うモリガン。

 確かに魔法発動の光はあった。

 不発という訳ではない。


「も、もう一度だ。ヘルファイア!」


 しかし、何度やっても小さな炎が飛ぶだけ。

 最後には火花が出ただけで炎すら出なくなった。


「なぜだ⁉ なぜヘルファイアが放てない⁉」


 彼女の問いにもしやとランスロットとスピアを見る。


 ランスロットはまたも人間に戻り、しかも髪は昔見た美しい金色。

 スピアは真紅よりも赤い紅蓮の飛竜に変わっていた。


 宝玉の変身ではない。

 ついさっき宝玉の変身効果は切れた。

 なのに彼らは呪われる前の本来の姿に戻っている。

 それはふたりの呪いが解呪されたということにほかならない。


 ならば――


「それはあなたが人間になったからです」

「わ、わらわが人間に?」


「あなたの本体、変幻自在な悪魔の体は、女王陛下の体そのものになったのです」

「ち、違う。女王には憑依していただけだ! 契約で体を抜けられないが、本体は同居して存在している」


「ではその本体の存在を探してみてください」


 モリガンは歯を剥きだしてこちらを睨むと、沈黙して動きを止める。

 目をつむり、しばらく制止していたが。


「か、体がない。わらわの体がないぞ!」



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