その五十二
杖を魔力で光らせて、モリガンがじりじりと近づいてくる。
「何も正々堂々やる必要はなかった。人質を取ればいい」
「ま、まさか。わたくしを狙うなんて!」
失敗した。
ケルベロスが動けなくなったのだから、塔の中へ逃げておけばよかった。
そうすれば彼らの足を引っ張らないですんだのに。
「おい、彼らはなぜ元の姿に戻れた?」
「……」
「答えぬと焼き殺すぞ」
杖に魔力が集中していく。
業火の魔法を使う気だ。
「……言いたくありません」
「ほう、そうか。では彼らより先に焼け死ぬか?」
奴はそう言いながらも、後を追ってきた彼らを気にして振り向く。
赤い飛竜に騎乗したランスロットが、悪魔モリガンを追い掛けて屋上へ飛び降りた。
「スピア、私は降りて戦う」
「俺もミレーユを守るために人へ戻るぞ」
赤い飛竜の宝玉から白い光が放たれる。
すぐに光が収まり赤髪の青年が現れた。
「スピア、私がミレーユを救出する」
そう言ってランスロットがスピアへ槍を投げた。
「いや、俺の突きで一気に勝負をつけてやる」
槍を受け取ったスピアが構えた。
二対一。
空中戦から地上戦に切り替えてもモリガンにとっての不利は変わらない。
しかし奴の狙いは別にあったらしい。
「フン、その白い玉で変身している訳か。なるほどな」
「分かったところで――」
スピアが槍を突き出す。
「――どうにもなんねえだろ!」
それを体を反らして躱した悪魔モリガンが、なんとミレーユへ杖の先を向ける。
「だからこうする」
「させるか!」
ランスロットがミレーユを押して入れ替わった。
「そこだっ!」
モリガンの杖先がランスロットへ突き立てられる。
バキンと何かが割れる音が響いた。
彼の宝玉が砕け散り、白い光が放出される。
運よく杖がランスロットの宝玉に当たって彼のことを守ったのだ。
放出された光が収まり白銀の飛竜が出現した。
モリガンがバックステップで距離をとる。
「まとめて焼き殺してくれる」
「させるか!」
スピアが追従して槍を突き出すが、モリガンはそれを杖で弾き上げて魔法を放つ。
「ヘルファイア!」
スピアの攻撃で狙いが狂ったのか、炎の塊はミレーユたちの後ろ、石囲いに着弾。
石囲いを背にした一匹とひとりの後ろで激しく炎上して逃げ場を奪った。
後ろの業火から白い飛竜のランスロットが庇ってくれる。
「ぐあああっ」
「ランスロット様!」
ブレスを吐ける飛竜の姿だが、魔法の炎でダメージを受けて声を上げる。
「ミ、ミレーユは殺させない」
「ふははは、やせ我慢をするな。いくら飛竜でもわらわの炎は熱かろう」
ようやく魔法の炎は消えたが、モリガンはスピアを警戒しながらもまだミレーユに狙いを定めている。
ところが……。
「う、うぐ。な、なんだ、き、貴様、で、出てくるな」
モリガンが急におかしな声を上げ始める。
何かに抵抗するように悶えていたが、ついに立ったまま意識を失うようにうなだれた。
険しかった顔が別人のように穏やかな表情になる。
『ごめんなさい、ランスロット様』
モリガンは目を細め悲しそうな表情をみせた。
『私はベネディクト。悪魔に体を支配されたベネディクトです』
優しい語り掛けは正面のランスロットに向けられたもの。
憑依され支配されていた女王ベネディクトの意識が戻ったように感じられた。
『ああ、私はなんてことを』
彼女は泣いていた。
ミレーユを守るランスロットを前にして。
『ランスロット様。あなたを想って永遠の美貌を望んだ私が馬鹿でした。悪魔に支配され、あなたを飛竜にし、さらに傷つけてしまうなんて』
「まさか、ベネディクト女王の意識が⁉」
『殿下。お詫びの言葉もありません』
「よかった。これであなたを傷つけずにすむ」
『ご心配をおかけしました。でも私の意識はもうすぐ悪魔に抑え込まれます。ですからその前に』
彼女は愛するはずのランスロットではなく、ミレーユの方へ向き直る。
『ミレーユ様。悪魔モリガンに体を支配されながらも、あなたが塔へ幽閉されるのを見ていました。これはせめてものお詫びです』
彼女は魔力でティアラを物質化するとなんと髪につけてくれた。
小さな花がモチーフの可愛らしいティアラを。
そんな素敵な物をくれたのに冷たい目つきをする。
『それは、ランスロット様へ嫁ぐときに着けたかったティアラです』
「なぜわたくしに?」
『私はあなたが嫌いです。ランスロット様と心を通わせているのですから。ですが、だから私では彼を助けられない。どうかランスロット様を助けてください』
それだけを言い残してベネディクト女王は沈黙。
またも彼女の表情が悪魔のように険しくなる。
「あの女め、勝手にわらわの魔力を使ったな」
悪魔モリガンが意識を取り戻したらしく、再度杖を構える。
「次こそはずさん。燃やし尽くしてくれる」
「殿下! わたくしを乗せて上へ」
「だが、それではミレーユの死の呪いが」
「呪いは解呪しますから」
「灰となれ、ヘルファイア!」
頷いた白銀の飛竜がミレーユを咥えて背に乗せ羽ばたく。
間一髪、モリガンが放った地獄の炎を躱して上方へ逃れた。
が、しかし。
ミレーユにかけられた呪いの条件『塔から離れる』がついに満たされる。
すぐに死の呪いが発動した。




