その五十一
一瞬の間のあと光の熱線が放たれた。
「そんな大技、わらわに当たるものか」
とても躱せるとは思えない高速の熱線。
だが、空中のモリガンはまるで鳥のように飛んで難なく避ける。
「前と同じように体に穴を明けてやるか」
今度は奴の右手の杖に魔力の光が集中。
その光る杖を突きだして白い飛竜へ突っ込む。
しかしランスロットは予測していたようで杖を咥えて受けた。
そのまま大きく首を振り払って杖ごと奴を放り飛ばす。
「お前に受けた脇腹の傷のせいで再起に一年かかってしまった。もう二度とくらわない」
「ふん。次は傷ではなく、確実に突き殺してやるぞ」
よく見れば白い飛竜の脇腹に大きな傷跡が見える。
なんで塔へ幽閉されて一年経ってから、彼が迎えに来たのか分かった。
ランスロットは悪魔に大怪我を負わされて一年間傷を癒していたのだ。
「スピア、交代だ」
「よっしゃ!」
白い飛竜がこちらへ飛んで来る。
逆にスピアが真上へ跳躍した。
彼らの宝玉が白い光を放つ。
白くまぶしい光が収まると、目の前に白い鎧を着た銀髪の麗人が立っていた。
「次は私がミレーユを守る」
宝玉の力で人に戻ったランスロットがミレーユの前に立った。
先ほどまでスピアが使っていた槍を構えてケルベロスに向き合う。
ではスピアはどこにと姿を探すと、なんと上空に真っ赤な巨体が見えた。
「グォオオオオッッーー!」
真紅の飛竜から、大気が震えるような咆哮が聞こえた。
どうなるのか不安で見上げていると、ランスロットが声をかけてくれる。
「私とスピアは互いに不慣れな姿へ変えられて悪魔に敗れた。だが本来の姿に戻れば遅れなど取らない」
ケルベロスへ向かってランスロットが駆け出す。
走る勢いのままに突き出された槍は横へ躱された。
が、それは想定済みだったのか、器用に柄を回転させて槍尻を敵へ叩きつける。
鈍い音がしてケルベロスが吹っ飛んだ。
「殿下! その猛犬は元人間です。どうか殺さないでください」
「元は人間だと? よし分かった」
屋上の縁の石囲いにぶつかったケルベロスがよたよたと立ち上がる。
今度はその場で三つ首すべての口を大きく開けた。
「危ない!」
大声で叫んだが、声が届くより早くランスロットは動き出していた。
大きな跳躍で空中を跳ぶランスロットに太陽光が反射して白く輝く。
空中の彼に向けケルベロスが体を反らせてブレスを放った。
ブレスが彼の横をかすめる。
直後にランスロットが猛犬の上から左右両側の頭に着地、遅れて中央の頭に槍尻を突き下ろした。
ケルベロスがそのまま床に叩きつけられる。
「ランスロット殿下! 大丈夫ですか?」
腰が抜けそうになりながらも駆け寄った。
「こいつは悪魔が使役する眷属だ。元が人でもこの程度では死なないだろう」
「いえ、そうではなくて殿下が心配で」
ブレスが当たったかもと体を見るが、どこにも怪我はなさそうでホッとした。
彼が空を見上げて指笛を鳴らす。
「ミレーユ、スピアに加勢するから待っていてくれ」
「加勢ってどうやってです?」
「敵が小さいとスピアの大ぶりな攻撃は当てにくい。騎乗して私が攻撃を担当する」
「どうかお気をつけて」
「ありがとう。行ってくる」
お礼とともに彼から頬へ軽くキスされた。
あ、キ、キスをされました。
い、いまのって。
いえ、ただの挨拶だと思いますけど。
でもとても親し気で優しくて。
これまで育んだ関係が凝縮するような頬へのキスだった。
「待てランス。いま何をしたんだ⁉」
ドシンという着地音とともに、スピアが声を荒げる。
「人族がする、親しい相手への挨拶だ」
「ふうん。まあそれならいいか。俺も人に戻ったらミレーユにしよう」
赤い飛竜はランスロットを乗せるとすぐさま上空へ飛び立つ。
上昇する赤い飛竜へ向かって、悪魔モリガンが黒いドレスをなびかせて降下してきた。
光る杖を振りかぶり叩きつけてくる。
それをランスロットが槍の柄で受け止めつつ振り払って反撃。
その槍先がモリガンのドレスの裾を切り裂いた。
「貴様ぁぁああ!」
そこからはランスロットとスピアのコンビが悪魔を圧倒した。
スピアは巨体でありながら空中を起用に飛んでモリガンの飛行に追従。
距離が詰まればランスロットが自在な槍裁きで攻撃。
とうとうモリガンの黒い翼の片方を貫いた。
息のぴったり合ったコンビネーションで、はた目からも竜騎士と騎竜に強い信頼関係があると分かる。
「ぐ、翼が」
「よし、仕留めるぞ! スピア!」
「グォォオオオオーー!」
モリガンは飛行スピードを落としながらも、表情にはまだ余裕が見える。
「なかなかやるな。おい、ランスロットよ、なぜ元の姿に戻れた?」
「悪いがそれは教えられない」
「ならば口を割らせてやる。お前らには弱点があるしな」
防戦一方だったモリガンが、なんとこちらへ向かってくる。
「空中戦はやめだ」
傷ついた黒い翼を羽ばたかせながら、悪魔モリガンが目の前に下り立った。




