その五十
屋上に出ると青空が広がっていた。相変わらず風が強い。
吹き抜ける風が寒々しくて不安を一掃掻き立てる。
眼前ではモリガンが恐ろしい笑みを浮かべ、ケルベロスがよだれを垂らしながら唸り声をあげた。
「ここがお前の死に場所か」
モリガンが屋上を見回して微笑む。
「白いドレスのその姿、これから天使を殺すみたいだ」
嬉しそうに歯を見せる。
天敵の天使を倒せるとでも妄想しているのか。
「わたくしは人間です」
強く否定する。
たまたま恋愛運がカンストして神の領域に到達しているだけ。
祓占術はできても奇跡など起こせないし、殺されたくもない。
とはいえ大した抵抗もできなさそう。
このままではケルベロスに食い殺されるか、奴の魔法で焼き殺されるか。
頼みの綱であるランスロットとスピアはまだ来ない。
来てくれるまで信じて耐えなければ。
ミレーユの切り札は死の呪いの解呪。
祓占術の本質、それは体にまとう残留思念の操作。
呪いとは他者の凶悪な思念がまとわりついたもの。
だから祓占術の祓い魔法なら解呪できる。
死の呪いさえ解呪できれば、一階の扉から外へ逃げだせる。
逆に術者モリガンへは死の呪いが返される訳だ。
そうなれば塔から出て死ぬのはモリガン。
だから塔の外へ逃げれば奴は追ってこられないはず。
問題は呪いの解呪が成功するかどうか。
運勢は少し前に確認した。
相変わらず恋愛運はカンストしており、なんと仕事運や金運が上昇。
健康運も学問運も悪くない。
対してモリガンはどうか。
ケルベロスを連れて近づく悪魔を観察する。
女王の体に憑依したおかげで、奴は事実上王国の支配権を手に入れた。
それは金運や仕事運などに影響しているだろう。
いい勝負にも思えるが、総合運はおそらくモリガンを上回れていない。
なぜなら家族運が最低だったから。
最低の運勢があると総合運を著しく低下させてしまう。
「さあもう後がないぞ」
「ガルルル」
転落防止の石囲いに背中が触れる。
へたに解呪に挑んで失敗すれば、呪いの条件が強制発動。
たぶん即死もありえる。
だけど奴に殺されるよりはいい。
もう一か八か解呪魔法を発動するしかない。
覚悟を決めて空を仰いだときだった。
白い飛竜の急接近が目に入る。
「ランスロット様!」
「何? ランスロットだと?」
白銀の飛竜が急降下してくる。
「ミレーユ、無事か!」
「はい!」
彼は一旦上昇してまたすぐ急降下してくる。
「私に屋上は狭い。ミレーユを頼んだぞ」
すれ違いざまに棒を持った人が飛び降り、ランスロットはまた上空へ戻っていった。
「ふう間に合ったか。助けに来たぜ」
「スピア様!」
赤髪の竜騎士は優しく声をかけてくれたが、言葉とは裏腹に表情は険しい。
「てめえ! あの悪魔だな! とうとうこの塔まで来やがったか」
彼もランスロットと一緒に異種族変化の呪いをかけられたと聞いている。
だから一年前に戦った悪魔モリガンは宿敵と言えるだろう。
「お前、あのときの赤い飛竜だな?」
「ああ。てめえのせいでずいぶん酷い目に会ったぜ」
「ならばあの白い飛竜がランスロットだな? ふむ、報告は本当だったか」
「俺のミレーユを怖がらせやがって! ブチのめしてやる」
スピアが槍を構えるとモリガンがケルベロスの後ろへ隠れた。
「おおこわいこわい。わらわは女の体なのにそんな武器で襲ってくるなんて」
「悪魔が女王に憑依してるだけだろ。女を主張するな」
「怪我をしてはかなわん。ケルベロス、相手してやれ」
「ガルルル」
「おい! ずるいだろ。お前が前へ出て戦え!」
モリガンはさっさと後ろへ下がってしまった。
一見、相手を下に見て眷属を戦わせようとしたようにみえる。
でも奴が長い柄の上部分、鋭い槍先に視線を送るのが見えた。
やはり女王との契約『永遠の美貌』を維持するため、少しの怪我もできないに違いない。
「スピア様! 悪魔は少しも体を傷つけないようにしています」
「女王の体だからか?」
「そうです。美貌を損なうと女王との契約が違反になるようです」
「なるほどね」
スピアが返事とともにさわやかな笑顔を見せると、槍を持ち換えて構え直す。
「ならこの犬が邪魔だな。どけ! 飛竜の長の敵じゃないんだよ!」
小さなステップで斜め横へ飛んでから、勢いよく槍を突き出した。
目で追えないくらい早い。
だが、迫る槍先をケルベロスが俊敏に跳ねて躱す。
「さらに奥へ」
スピアはそれを見越していたのか、槍がさらに突き出される。
「く」
なんとその直線状にモリガンがいた。
彼はわざと奴らが直線状になるように移動してから突いたのだ。
しかしあと少しというところで奴が上へ躱す。
真っ黒い蝙蝠のような翼を羽ばたかせて上空へ逃げた。
「あ、待てこの野郎!」
「貴様、美の女悪魔に野郎はないだろう」
モリガンは頭上の低い位置で止まり、空中で座った姿勢になった。
蝙蝠のような翼をゆっくり羽ばたかせながら、大仰に脚を組む。
「占い女が言う通りこの体は大切でな。悪いが、槍の届かない上空で高みの見物をさせてもらうぞ」
「馬鹿だな。そんなの通る訳ないだろ。なあランス!」
直後、猛スピードで白い巨体が近づく。
「お前の相手は私だ!」
白い飛竜が急降下して、モリガン目掛けて足の鍵爪で突っ込む。
「おっと」
空中に座った姿勢のモリガンがひらりと躱した。
「お前を倒してミレーユを救い、私たちの呪いも解く!」
頭上に逃げた奴へ向け、ランスロットが大きく口を開ける。
白い飛竜の口に魔力が集中していく。
「灰になれ。ドラゴンブレス!」




