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その五

 とにかく返事をしようと必死になるが、ちっとも言葉が出てこない。

 男性の訪問者が予想外すぎて、ランスロットとは別人だと理解するだけでやっと。


「深夜にすまない」

「あ、ええと、は、はい」


「ここは南の物見の塔であっているか?」

「そ、そうです」


「ではやはり君はミレーユか!」


 彼は驚いてそう言うと、なんと彼女の手を取った。


「久しいな。迎えが遅くなってすまない」

「……え?」


 ミレーユは咄嗟のことに混乱してただ手を握られていた。

 男性に手を握られるなんて初めての体験で息が止まる。

 少し遅れて恥ずかしさが込み上げた。

 でもその恥ずかしさは異性を意識したものとは違う。


 汚れたドレスが恥ずかしかったのだ。

 身なりがみすぼらしいのは自覚していた。

 雨の日に屋上で全身を洗っているけど、髪は櫛がないので整えられていないし、ドレスは洗濯できずに汚れている。

 とても人前に出られる姿じゃない。

 本当は侍女に会うのも気になるが、食事をもらうためだと割り切っていた。


 でも、目の前にいるのは毎日会っている侍女ではない。

 銀髪で背が高くて素敵で。

 ランスロットに似て正直ちょっといいなと思う男性なのだ。

 いまの汚くみすぼらしい姿を見られて蔑まれでもしたら悲しい。

 ところがだ。

 予想外なことを言われた。


「愛らしかった君がなんてひどい目に」


 汚れた有様がよほど憐れに見えたのか「愛らしい」などとあり得ない表現で気遣いされた。

 いや、その言葉は以前誰かに言われたような。


「い、嫌、嫌です」


 みすぼらしい姿を見られたくない、汚い恰好だと思われたくない、そう思ったら涙が溢れた。

 握られた手を振りほどいて、汚れたドレスの袖で顔を隠して戸口に座り込む。


「どうか、どうか見ないでください」

「すまない。想定できていなかった。何も用意せずに突然来た私が悪い」


 しゃがんだミレーユにハンカチを握らせてくれる。


「見ないでください。うう」

「帰って準備をしてから出直す。ミレーユ、君を必ずここから助け出すから。あと少し待っていて欲しい」


 彼はそう言い残して去って行った。

 硬い石の床には慣れたはずなのに、寝つけずに朝になった。

 それは昨日の銀髪の男性が気になって寝付けなかったからだ。


 ……彼はランスロット様ではありません。

 ランスロット様は輝くような金髪。

 それに隣国の王族がこんな場所にくるはずないですから。


 人見知りで引きこもりだったミレーユは、自分が人恋しいと思うなど想像もしていなかった。

 だが孤独な一年間で対話がない生活のつらさを思い知った。

 そこへ異性との会話が発生したのだ。

 誰との会話もない毎日にいきなりの出会い。

 あまりに衝撃と刺激が強かった。

 侍女が朝食を運んできたので聞いてみる。


「あ、あの、銀髪の男性って見かけたことはあります?」

「……」


 侍女はいつものように答えなかったが、急な質問のせいか不思議そうに首をかしげる。


「昨日、銀髪の男性が来たんです。この辺りに銀髪の男性っています?」

「……」


 質問の意味が分かったのか侍女は少し考えると、無言のまま首を横に振った。

 彼はこの辺の人ではないらしい。

 ではどこの人なのか。


 我が国は茶色の髪の人が多い。

 貴族には以前のミレーユのような金髪もいるが、銀髪の人は見たことがない。

 社交をしなかったから知らないだけで、世間には銀髪の人がいるのかもしれないが。

 侍女が帰ってからも銀髪の男性のことを考える。

 あの方は、必ずここから助け出すと励ましてくださいました。


 彼とまた会えるかもしれない、そう思うだけで心が弾んだ。

 でもそれと同時にこんなに汚れたドレスではダメだと悲しくなる。


「もしまた来てくださっても、こんな汚い姿ではとても会えません」


 貴族の娘として暮らしていたころに男性との縁はなかった。

 太っていたのもあって人前に出るのが嫌で引きこもっていた。

 男性との接点などないに等しい。

 あの酷い元婚約者とだってまともな会話をしたことがない。


「わたくしを助けるとおっしゃいました」


 隣国の王子ランスロットに似た美男子だった。

 生きるのに疲れたミレーユにとってまさに救世主。


「でも彼に連れ出されたら死の呪いが……」


 彼は呪いのことを知らない。

 本当に彼が連れ出そうとしてくれても、呪われているので塔から逃げ出すことは叶わないだろう。

 それでも自分に味方が現れたのが何より嬉しかった。


 突然降って湧いた出来事に翻弄されてフワフワした気持ちで一日を過ごす。

 夕食を食べて夜が更けるとそわそわした。

 同じ時間に彼がまた来てくれるかもしれない、そう思うと気持ちが浮足立つ。

 けれど扉の前でいくら待っても誰も来なかった。


「夢……だったのかもしれません」


 空腹と孤独で幻覚を見たのかもしれない。


「そうね。きっと幻だったのね」


 深夜まで扉の前にいたけど、ついに諦めて立ち上がる。

 夜明け前の暗いうちから塔の屋上へ向かった。

 日課の朝日を見て、気持ちを切り替えるためだ。


 この塔は昔、平原を監視するために利用されたらしい。

 屋上は結構広くて、兵士なら二十人が整列できるほどだ。

 風が強くて腰よりも伸びたミレーユの銀髪が乱れた。

 まくれるスカートを押さえながら空を見上げていると、ふと星空にある白いシミに気づく。

 その白いシミは次第に大きくなっていき、バサバサと風音が聞こえだした。

 塔の上空に大きな空飛ぶ生き物が飛来する。


「あ、あ、あ……」


 長らく大声を出していなかったため、叫び方を忘れてしまっている。

 ドシンと音がして、吹き曝しの屋上に体長五メートルはある白銀の生物が降り立った。


 トカゲに似た顔、細身の体、膜でできた翼……本で見た飛竜という生き物にみえる。

 だが服を着て銀の板を体にまとっており、胸には玉のついた首飾りまでしている。

 恐ろしい見た目なのにすべてのパーツが美しい。

 神話に登場するような白銀の体はどこか神秘的で、完成された生物だと感じた。

 でも竜は肉食と本に書いてあったのを思い出す。


「グギャァアア!」


 目の前で飛竜が大きく口を開ける。


 ああ! このままでは飛竜にた、た、食べられてしまう!



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