その四十八
「あ、悪魔モリガンですって⁉ で、ではやはりベネディクト女王陛下を⁉」
「殺してはおらぬぞ。契約だからな」
「そんな。早く女王陛下を開放してください!」
「はあ? わらわはこの女に頼まれて契約したのだぞ」
「頼まれて契約?」
「この女が『愛する人を手に入れるため、永遠に美貌を維持したい』などと言うから叶えてやった」
「陛下を騙したのですか!」
「失敬な。わらわはこの塔に封印されていただけだ。そこへ女王がのこのこ来たんだ」
「まさか、陛下が自分で来て『永遠に美貌を維持したい』と願いを述べたのですか!」
なんてこと。
悪魔に自分から望みを言うなんて。
いくら愛する人を手に入れるためとはいえ、悪魔に願いを言えば相応の対価を要求されて契約を迫られる。
その先は地獄。
悪魔と契約しても最後は破滅しかない。
「叶える代わりに体へ憑依させろと伝えたら自分から契約したぞ。お陰で封印が解かれて自由が手に入った」
「そんな。女王陛下が自ら悪魔を開放したなんて」
驚愕するミレーユをよそに、モリガンは虚空を見つめ目つきを険しくする。
「女王には感謝している。自由を得られて復讐ができるようになった」
「復讐?」
ふわりと宙に浮きながらも、奴の杖を握る手に力が入るのが分かった。
「わらわを封印した祓占術士への復讐をな」
「復讐って、あなたが封印されたのは二百年も前ですよね」
「ほう。よく知っているな。さすがは祓占術士の子孫というところか」
「我が一族の伝記に悪魔モリガンを封印したとありました」
だが悪魔が二百年を生きながらえても、人間はとっくに寿命で死んでいる。
「もう復讐相手はこの世にいません」
「だからな、祓占術士の子孫は皆殺しにすると決めたのだ」
奴はそう言って、人差し指をついとこちらへ伸ばす。
「お前もだ、ミレーユ! お前も殺してやるつもりでいた。だがなぜか議会が反対して処刑できず幽閉になった。しかも幽閉場所がわらわの過ごしたこの封印の塔だとはな」
「封印の塔?」
「お前らは物見の塔などと呼んでおるか」
ようやく話がみえてきた。
二百年前、ご先祖様は悪魔モリガンをこの塔へ封印した。
時が経ちこの塔は忘れ去られ、物見の塔と名前を変えた。
そして数年前、永遠の美貌を望む女王が自国に封印された悪魔の存在を文献か何かで知ったのだ。
彼女はこの塔に来て悪魔と契約し、モリガンを封印から開放した。
「お前は苦しませて餓死させるつもりでいた」
静かにそこまで言ってから顔をゆがめて辺りを見回す。
「だがなんだこの暮らしは! 乞食のように恵んでもらったか!」
「違います! これは労働の対価としていただいたのです」
「ん? お前、そんなに流暢に話せなかっただろう? まるで別人ではないか!」
モリガンの体から出る黒いオーラ、邪気の量が増加する。
「くそ、くそ。わらわは何も上手くいかぬのに!」
奴の歯ぎしりが聞こえた。
「お前はわらわを怒らせた。よっていますぐ処刑する!」
「そんな勝手な! 議会は幽閉と決めたのです」
「もう知るか。殺してから餓死したと報告すれば問題ないだろう」
さらに濃く黒い邪気が立ち上る。
冷静な言葉遣い、静かな立ち振る舞いは本当に女王のよう。
だがこの悪魔が怒りに満ちているのは、体から溢れ出る黒い邪気の量で手に取るように分かる。
「ここまでコケにされて、ただ、魔法で焼き殺すのはつまらんな」
そう言ってふわりとヘムンズの後ろへ飛ぶと、彼を前へ突き飛ばす。
「ひ、ひい。あ、悪魔だったなんて」
「ヘムンズよ」
「あ、あわわ」
「おいっ、ヘムンズ!」
「うひゃあ」
ヘムンズが両手で頭を覆って身をかがめ、おかしな声を上げた。
だいぶカッコ悪いが当然の反応だろう。
奴から出る黒い邪気と黒い翼による空中の浮遊。
悪魔だという告白の信ぴょう性は十分だ。
何も知らずにお供して、急に悪魔だと判明したら怯えるのもしかたない。
ミレーユは一年も前に呪いをかけられ、ランスロットの話を聞いて悪魔が女王に憑依していると想定していた。
それでも正体を間近で見て驚いたのだから。
「ヘムンズ、返事をしないと殺すぞ」
「ハ、ハハハハハイ!」
すっかり腰の引けていたヘムンズが姿勢を正して直立する。
「お前にとってわらわが女王か悪魔か、それはそんなに大事か?」
「へ?」
「さっきまでわらわに惹かれていたのだろう?」
「え、あ、でも悪魔だなんて」
「肉体は女王だぞ」
彼女は浮遊を止めて床へ降りると片手を腰に当てて胸を反らせた。
とったポーズがスタイルの良さを際立たせる。
華奢な背中から黒い蝙蝠のような翼が生えてシルエットが大きい。
逆にそこへ接続する腰の細さが強調されている。
さらに右足をついと前へ出した。
「どうだ? お前の好きな脚だぞ」
「……た、確かに見事な脚線美」
ドレスの裾から黒のヒールへ延びる細い脚にヘムンズの目が釘付けになる。
「わらわの犬となり下僕として仕えるなら、一生この脚で可愛がってやるが?」
「……一生」
「なにせ、この美貌は永遠だからな」
彼のごくりと生唾を飲む音が聞こえた。
モリガンに脚で誘惑されているみたいだ。
でもいくら女性の脚が好きなヘムンズでも、そんなことで悪魔の下僕や犬になる訳がない。
ばかばかしいと思ったが、何とヘムンズが四つん這いになった。
モリガンが彼の背中を踏みつける。
「汝望むもの 生涯授けると約し 地獄の犬として 永劫の主従関係を結ぶ」
四つん這いになる彼の姿が黒く塗りつぶされていく。
モリガンが体を倒して踏みつける右足に力を加えると、ヘムンズが踏まれて嬉しそうに奇声を上げた。
そして黒いシルエットが形を変える。
徐々に塗りつぶされた黒が消えていく。
姿を現したのは犬、いや犬のようなもの。
「に、人間が犬の悪魔にされるなんて」
よだれを垂らし歯を剥きだした頭が三つの犬、体は大型犬よりふた回り大きくて体毛は黒、尾はなんと蛇になっている。
「お前はわらわの忠実な犬。特別に三つ首の猛犬ケルベロスにしてやった」
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