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その四十七

 十四時を過ぎてやっと午前に受け付けた来客の対応が終わる。


 最近はずっとこの調子。

 朝食後、少しして非番の侍女たちの訪問が始まる。

 そのまま昼過ぎまで占い続けてようやくひと段落し休憩。

 十五時を過ぎると早番の侍女たちが仕事を終えてやってくる。

 そんな毎日を過ごしていた。


「ミレーユ様、ただいま戻りました」

「お帰りなさい、ハンナ。さあ入ってください。お仕事で疲れているでしょう。アンディとお茶を飲んでしばらく休んで」


「僕がお茶を淹れてあげるね」

「いえ、私もすぐお手伝いしますので」


 ハンナのシフトが早番になり、午後は手伝ってくれるようになった。

 ずいぶん楽になったけど、その分、彼女には負担をかけている。

 なので、占いの返礼品で生活に役立ちそうなものがあればなるべく渡している。


 当のハンナは侍女の仕事中にアンディの世話をしてもらうだけで十分と言うけど、そんな訳にいかない。

 彼女がテーブルや椅子を借してくれて、占いの塔を始めることができたのだ。

 感謝してもしきれない。


 使用した茶器を汲み置きの水で洗い、お湯を沸かし直して新しいお茶菓子をテーブルのスリーティアーズへ並べる。


 午後の最初は貴族の高位侍女を占う予定。

 前回彼女からもらった白のワンピースドレスに着替える。

 白は汚れやすいので普段は着ないが、贈ってくれた相手と会うので気遣いだ。

 さらにすぐ扉を開けられるように鍵を外しておいたが、それがよくなかった。


 扉が大きくノックされる。


「ばかもの。ノックなどいらんだろ」

「でも、ランスロットがいるかもだろ」

「知るか。いいからどけ」


 扉の前で男女の話し声が聞こえた。

 直後、ドカンと大きな音がして勢いよく扉が開く。

 外の光が差し込み、ドレス姿の女性のシルエットが見えた。

 黒いヒールと黒いドレスに見覚えがある。


「ベネディクト女王陛下!」

「生きていたか、ミレーユ。もうとっくに死んだと思っていたがな」


 彼女は視線を白のワンピースドレスへ移したあと、杖を片手にフロアを見回して顔をどんどん険しくする。


「さてと。これは一体どういうことだ?」 


 前に女王が来たときとは塔の状況が大きく違う。

 いまの恵まれた環境が気に食わないのは表情を見れば明らかだ。


 前回女王と会ったときのミレーユは汚れたピンクのドレスを着ていた。

 雨で洗っただけの髪は洗いざらしで整ってなどいなかった。


 でもいまのミレーユの身なりは令嬢そのもの。

 シンプルだが綺麗な白のワンピースドレスを着て、櫛で漉かれた長い銀の髪は艶やか。

 しかも控えめに化粧までしているのだ。


 変わったのは身なりだけではない。


 以前の塔にはテーブルや椅子などの家具はおろか物ひとつなかった。

 内部はただ石壁と床だけの空間。

 しかも床は砂や小石、ほこりで汚れて、南の壁際には水たまりができていた。

 ここが昔、そんな環境だったと想像できる者は誰もいないだろう。


 それくらいにいまの一階フロアは素敵な「部屋」なのだ。


 床には大きなカーペットが敷かれ、中央には古いながらも磨かれてニスで艶の出されたテーブルと椅子。

 壁には装飾用のタペストリーが掛けられ、明り取りで開けられた壁の隙間にはガラスが嵌め込まれて両端に小さなレースのカーテンが束ねられている。

 離れた場所には炭で湯を沸かすためのコンロ。

 北側にはレンガで囲われた小さな室内花壇まである。

 南側にはレンガで囲われた小さな室内池があり、池の真ん中は祭壇のようになっていてピンクの布や小物などが置かれていた。

 お手洗いの囲い板まで、お手洗いと分からないくらい掃除されて色が塗られている。


 そしてフロアの三分の一が衝立で仕切られていた。

 女王がつかつかと塔の中へ進み、衝立の向こうを覗く。


「な、こんな物まで」


 衝立の反対側はミレーユの生活スペース。

 手作りのベッドと水浴び用の桶、衣装タンスが置かれていて、タンスの上には可愛らしい小物が並ぶ。

 そしてドレッサー。

 化粧台の上には貴族御用達の化粧品までが並んでいた。


「まさか、わらわの管理下にある占い女に物を与える輩がいたとは」


 彼女がぎろりとハンナを睨む。

 アンディと抱き合って震えるハンナを守るべく、急いで彼女の前へ立つ。


「彼女はあなたに呪いをかけられて、決まった食事の量しか出していません」

「死んでないのを見ればそんなことは分かる」


「別に誰も陛下の命令には逆らっていないです」

「それで話が通ると思うか?」

「あなたが本当に女王陛下ならば通るかと」


 引きこもりで人見知りの弱点は、このところの強制接客で鍛えられた。

 相手が誰であろうと、もう引き下がったりはしない。


「なんと、女王であるわらわを疑うのか?」

「たぶん女王陛下の肉体に憑依した悪魔。でなければ呪いの力など使えはしません」


 女王の姿をした悪魔は顔に片手を当てて悲しそうな仕草する。

 それに反応せず無視すると、演技は通じないと悟ったか顔を上げた。

 そして口の端を上げて歯茎を見せる。


「……フフフ。くっくっく。あーっはっはっ!」


 乾いた笑いの奥に怒気が見え隠れする。


「分かっていて喧嘩を売るとはいい度胸だ」

「ハンナ、アンディ、塔から出ていてください」


「ダメです。ミレーユ様」

「僕も一緒に居るよ。だってあの変態男も一緒なんだよ」

「大丈夫。わたくしには祓占術があります。もう怯んだりはしませんから」


 けれどもふたりは出ていかない。

 これまで女王やヘムンズにいいようにされてきたからか、いまさら大丈夫と言っても安心できないのだろう。


「では出口に回って扉を開けていてください。お客が来てくれれば騒ぎにできます」

「分かりました。開けておきます」


「もう鍵は掛けさせないよ」

「ガキが! また突き飛ばされたいか!」


 ヘムンズがアンディを威嚇する。

 ランスロットやスピアがいないからか威勢がいい。


 でも、ふたりが扉の近くに待機してくれた。

 これで何かあっても彼女たちは逃げられるだろう。


「いい加減、正体を明かしたらどうですか!」


 女王に詰め寄ると、彼女の体から黒く禍々しいオーラが出始めた。

 さらにゆっくりと彼女の顔の位置が高くなる。

 違和感があって下を見ると、黒いヒールが床から離れていた。

 なんと彼女の背中に黒い蝙蝠のような翼が生えて、ゆっくり羽ばたかせながら体を宙に浮遊させた。


「わらわこそ、美と戦いの女悪魔モリガン」



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