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その四十三

 下心全開の彼にいまの幸せを乱されるなんて絶対に避けたい。


「ヘムンズ様。わたくしたちの婚約は破談になったと国内に知られています」


 一年前、女王の前で一方的に婚約破棄したのは貴族の間で広く知られていると思う。

 なにせわざわざ王城で、しかもみんなの前で婚約を破棄したのだから。

 あれは婚約破棄の証人を得るために彼が自ら狙ったタイミングのはず。

 それをいまさら婚約し直すなど状況的に無理だし、心情的には絶対あり得ない。


「な、なら妾はどうだ。その綺麗な脚を存分に可愛がってやるぞ」


 美しい女を手に入れたい。

 ヘムンズが心からそう思っているのは態度で分かる。

 情熱すら感じた。

 でも思いの強さから口走った言葉は妾の打診な訳で。


 断っても引き下がってくれません。

 一体どうしたら……そうです!

 もうすぐハンナが夕食を持って来てくれます!


 彼が見ている前で、うっかり期待を込めて扉に視線を向けてしまった。

 視線に気付いた彼が笑みを浮かべる。


「なんだ、恥ずかしいのか」


 何を勘違いしたのか、黙って立っていた御付きのふたりを追い出し始めた。


「おい、お前らは外に出ていろ」

「しかしヘムンズ様」

「何かあっては」


「馬鹿者! 女子供しかいないのに心配などあるか!」

「ですが」

「くどい! 彼女の脚をお前らに見せたくないんだよ」


 御付きのふたりが外へ出る。

 続いて彼が扉へ歩き出したので帰ってくれるのかと思ったら、ガシャンと音が鳴った。

 なんと鍵をかけられてしまった。


 振り返ったヘムンズがにへらと笑う。


「これでもう邪魔者はいない」

「ああ、防犯でつけてもらった鍵なのに」


 助けは期待できなくなった。


「そう顔をしかめるな。美人が台無しだぞ」


 ヘムンズがじりじりと近づいてくる。


「ち、近づくのが怖いんです」

「近づかないと女神のような美脚に触れないだろうが」


 ミレーユにとって、これほど男性に褒めそやされるのは初めてのこと。

 一瞬の驚き、そして激しい落胆。

 ヘムンズが見ているのはドレスの裾からのぞく足首ばかりだから。


 体目当て、というか相当な脚フェチのようす。


 き、気持ち悪い。

 こんな人だったなんて。


 嗜好は人それぞれ。

 理解はしているが感情は別物。

 気持ち悪いものは気持ち悪い。

 じりじり近づくヘムンズに体が反応して、気味の悪さで無意識に後退する。

 すかさずアンディがミレーユの前に出た。


「お、お姉ちゃんに近づくな」

「なんだとガキ。どけ。邪魔するなら子供だろうが、不敬罪で処罰するぞ」


「アンディ、相手は王族です。楯突いてはだめ」

「でもこのままじゃお姉ちゃんが襲われちゃう」

「え? 襲われちゃう?」


 アンディの言葉でハッとした。

 事態は気持ち悪いどころではないのだ。


「わ、わたくし、襲われてしまうの⁉」


 死の呪いで塔からは出られない。

 だから、もしここで襲われたらどこにも逃げ場がないのだ。

 下手したら傷物にされてしまう。


 妾になると偽ってこの場を乗り切る?

 だめ、彼はそもそも体目当てですもの。

 こんなに興奮していて「じゃあ続きは後日に」とはならないでしょう。


「お姉ちゃんは僕が守る!」


 アンディが間に入って手を広げてヘムンズに抵抗してくれるが。


「邪魔だ、ガキ!」

「うあ!」


 体格の差はどうにもならず、横へ突き飛ばされてしまった。


「アンディ!」

「子供は大人しく黙って見ていろ」


 急いで床に倒れるアンディに寄り添う。


「大丈夫?」

「痛てて」


 彼を支えて起こしたところで、塔の扉がいつものリズムでノックされる。


「ミレーユ様、お夕食をお持ちしました」


 扉の向こうからハンナの声が聞こえた。


「ハンナが、ハンナが来てくれました!」

「お母さん!」

「入りますね。あ、あれ? 鍵が」


 ガタガタと扉が動くが、鍵のせいでハンナが入ってこられない。


「お母さん助けて! 悪者がいるんだ! いま鍵を開けるから」


 アンディが扉へ向かおうと走り出すが、ヘムンズが行く手を遮る。


「ガキ! 黙って見ていろと言っただろうが!」


 アンディがさっきより強く突き飛ばされてしまう。


「ああ! 小さな子になんて酷いことを」


 少し離れたところまで突き飛ばされて、滑るように前向きに倒れた。


「おいミレーユ。抵抗を続けるなら、あのガキがもっとひどい目に会うぞ」


 これ以上アンディに痛い思いをさせたくない。

 ならばもう、彼を受け入れるしか道はなさそう。


 ヘムンズが近づいてくる。

 受け入れるしかないと理解しているけど、鳥肌が立って後ずさりしてしまう。

 ついに背中が石壁に当たった。

 絶望から座り込む。


「妾にしてやると言ってるんだ、感謝しろ。さあ、その美しい脚を触らせてもらうぞ」


 座り込んで抱える脚へ、舐めるような視線を送られたときだった。

 視界が遮られる。


 突然何かが降って来た。

 なんと目の前に男性が着地したのだ。

 ヘムンズとの狭い隙間に割って入ったのは銀髪の男性。

 ランスロットが目の前に現れた。


「ミレーユ、アンディ、大丈夫か!」


 振り返って微笑みとともに声をかけてくれる。


「ラ、ランスロット様!」


 颯爽と登場した彼に目を奪われた。


 ああ、助けに来てくださいました!



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