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その四十二

 その日も非番の侍女たちが物見の塔に押し寄せた。

 もちろん恋愛の占い魔法が目当てである。


「これでアドバイスは終わりです。無理に焦っては駄目ですよ」

「でも彼を誰かに盗られたらと思うとどうしても気になって。またお願いしますね」


 最後の客が帰ってほっと息をつく。


 慣れとは恐ろしいもの。

 人見知りのはずが、毎日毎日お客の相手をし続けた結果、知らないうちに話せるようになっていた。

 無理をしているので疲れるけど、客商売としてはなんとか成立している。


「お姉ちゃん、お疲れ様」


 アンディが先ほどまで客のいた席に座った。


「ありがとう。一緒にお菓子を食べて休憩しましょう」


 もう夕暮れで少ししたらハンナが夕食を持って来てくれる。

 でもその前に一口だけ甘い物を口にしたい。

 アンディとふたりで、やっと一日が終わったと安堵したのだけど。


 最後の客とは入れ替わりでなんと男性が三人も入って来る。


「ふん。占いをするという美女がいるのはこの塔か」


 先頭の男性がきょろきょろフロアを見回している。

 年齢は年上の二十五才くらい。

 仕立ての良い派手な服からひと目で貴族と分かった。

 あとのふたりは御付きの従者らしい。


 相手が貴族なら慎重に対応しないと面倒くさいことになる。

 丁寧に応対するためアンディと急いで席を立つ。


「あの、今日の占いはもう終わりなのですけど。あっ!」


 というかミレーユはその貴族の男性に見覚えがあった。

 なんと一年前、一方的に婚約を破棄してきたこの国の王子ヘムンズなのだ。


 ところが当のヘムンズはまったく彼女に覚えがないようす。

 腰に手を当て、じろじろとミレーユの顔を見ている。


「小さくてスッキリした顔立ち、確かに噂通りの美人だな」


 頷きながら顎に手を当て、ミレーユの体を上から下までじっくり眺めはじめる。


 初めて彼と会ったときも同じようにじろじろ見られた。

 でもそのときに向けられた軽蔑するような眼差しとはまるで違う。

 ヘムンズは最後に大きく頷いてから満足そうに笑みを浮かべた。


「ふむ、こんなに綺麗な女がいたとは」


 ミレーユのことを、一年前に自分で婚約破棄した女性だと気づいていない。

 しかし彼女にとっては忘れようもない。

 大勢の前で婚約破棄されたのだから。

 その嫌な記憶が切っ掛けで、最もつらい記憶、父親の死と母親の修道院送りが思い出された。

 忘れたい過去がよみがえり、反射的に声をあげる。


「わたくしはミレーユです!」

「そうか、ミレーユというのか」


「お久しぶりですね」

「久しぶり? 初めて会うと思うが。いや、そう言えば昔の知り合いで同じミレーユという名の女がいたか。君みたいな美人とは似ても似つかないが」


 忘れている訳ではない。

 婚約破棄したときの太ったミレーユとは別人だと思っているようだ。


 確かに当時は顔周りに相当肉が付いていた。

 顔の輪郭はまん丸で三重あごだった。

 塔に閉じ込められ、死にかけるほど痩せて顔周りの肉はすっかりなくなった。

 最近はもらったお菓子を食べたりで、こけた頬が少しマシになってはいる。

 それでも、昔の顔とはまるで別人なのは間違いない。


「わたくしがその太っていたミレーユです」

「まさか。彼女と君では月とスッポン、同じ生き物かも疑わしいよ」


「あれから一年間この塔に幽閉されて、少ない食事で痩せたのです」

「また面白い冗談だな。……え? 冗談ではない? ま、まさか本当にミレーユなのか⁉ おいおい嘘だろ⁉」


 目の前の女性が一年前に自分から婚約破棄した相手だと分かり、ヘムンズはひっくり返って驚いた。


 当時のミレーユはまん丸く太り、人見知りで常にびくびく怯えていた。

 特に男性との会話などまともにできず、たどたどしい片言の返事がやっとだった。


 そのときのヘムンズは常に不満そうで、彼女への態度は冷ややか。

 家柄だけで決まった婚約は、きっと彼にとって不本意だったに違いない。


 そんな折、ミレーユの家が取り潰しになると決まった。

 さらに彼女の幽閉が決まって、城へ連行されたところをヘムンズが待ち構えて婚約破棄したのだ。


 ところが再開したミレーユは一年前とは別人になっていた。

 ぽきりと折れそうなほど華奢な体躯。

 細い首回りに無駄な肉など少しもなく、ドレスの首元からは綺麗な鎖骨が見えている。


 動揺はしていても昔のおどおどとした態度ではない。

 むしろ遠慮する仕草には奥ゆかしさがにじみ、まさかの再会にとまどう姿が余計にヘムンズを惹き付けたようだ。


 それがスタイルの良さと合わさるからか、それとも人見知りが治ったからか。

 彼女には特別な雰囲気があった。


 一年前とはあまりの変貌していてヘムンズが驚くのも無理からぬことで。


「ま、まさか、痩せたらこんなに情欲がそそられるとは」

「じ、情欲……」

「婚約破棄は失敗だった」


 彼の口から後悔が漏れた。

 いまさらそんなことを言われても困る。

 困惑していると彼の視線が下ばかりへ向けられていると気づく。


「細い」

「え?」


「細い足首だ」

「あ、足首? え、やだ、見ないでください」


 じろじろと足元を見られて反射的にしゃがみ込む。

 急いで足首を手で隠した。

 するとヘムンズが色めき立つ。


「ひざから伸びる脚がとても綺麗だ」

「いや」


 気持ちが悪くてしゃがんだまま体を後ろに向ける。


 この人、何で脚にこんなに執着するの?


 混乱したがすぐ理解した。

 たぶん彼は女性の脚を好きなのだ。

 それも細い脚を。

 体が丸くて脚が太かったときはずいぶんそっけなくされた。

 いまの鹿のように細い脚が彼の好みなら、婚約した当時に相手にされなかったのも理解できる。


「ど、どうだ、もう一度やり直さないか」

「な、何をおっしゃいますか」


「もう一度の俺の婚約者にしてやると言ってるんだ」

「そ、そんな身勝手な。い、嫌です」

「貴様、王族であるこのヘムンズに逆らうか! 黙って婚約しろ」


 とうとう権力を笠に着て命令を始める始末。


 なぜいまになってヘムンズ様が。

 ようやく幸せな日々が過ごせるようになってきましたのに。



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