その四十一
翌日。
ハンナが仕事へ出てアンディと過ごしていると、なんとこの塔に届け物があった。
「えーと、送り主はシャルロッテ様と運命の彼からです」
「木箱が四つだよ!」
身なりのちゃんとした商人が運び入れて開封してくれる。
テーブルに並んだのは、見るからに高級そうな茶器のセットだった。
白の陶器に小さな赤い花の絵付けがされた素敵なティーセットが数セット。
それだけではない。
ふたつ目の木箱には炭でお湯を沸かす金属製の湯沸かし器。
三つ目の木箱にはなんと、お菓子を載せる台が縦に三つ並んだスリーティアーズが入っている。
「最後の箱は何かなあ?」
「お茶の葉とお菓子がたくさんです」
「わあ、お菓子だ!」
どれもこれも貴族が使う上質なもの。
しかもお湯を沸かすための湯沸かし器やお茶の葉など、普通は自分で用意するものまで準備されていた。
シャルロッテが気遣いしてくれたのだ。
恋占いを望むのはたぶん女性がほとんど。
この茶器セットがあれば占いで訪れた女性たちをおもてなしできる。
シャルロッテがお義兄様と再会した日、職場の同僚たちに恋の占い魔法のお陰だと話してくれたらしい。
『運命』の出会いが実現したのはミレーユの占い魔法があったからと。
さらに旅たちの今日、最後の挨拶で職場を訪れる際に占いの塔について宣伝してくれると言っていた。
幸せ絶頂の彼女が、侍女仲間に全力で占い魔法を勧めることになっている。
しかも横に愛しのお義兄様を添えた状態で。
「あの、占いの塔ってここですか?」
おかげで、宣伝効果による集客は凄まじいものになった。
昼過ぎから侍女たちが詰めかけたのだ。
午後はアンディに字を教えたりして過ごすつもりでいた。
ところが早番の仕事を終えた侍女たちが、昼過ぎから代わる代わる恋愛相談にやってきた。
それで初対面の相手を接客するという、ミレーユには非常に疲れる状態が夕方まで続いた。
一日中、占い魔法を使い、結果の説明が楽しくて早口になったり、接客で言葉がでなかったりを繰り返す。
感情の起伏で精神がすり減ってへとへと。
終わり際にはハンナも合流して後片付けを手伝ってくれる。
「や、やっと終わりました」
「ミレーユ様、遅くまでお疲れさまでした」
「僕もカップの洗い物とか頑張ったよ」
「アンもよく頑張りました。それにしても、たくさん魔法を使われたようですね」
疲れ切った様子を見てハンナが気遣ってくれる。
「もうふらふらです。魔法の疲れもありますけど、それよりも会話で疲れてしまって」
テーブルにつっぷりして音を上げた。
そこへまた来客が。
「あの、占い魔法ってまだやってますか? さっき仕事が終わって」
「私も気になる人がいるんです」
終わりかと思ったら今度は遅番の侍女たち。
けど、ハンナがもう夜だから非番の日の昼間に来るようやんわり断ってくれる。
ハンナが断ってくれなかったら、夜も寝ないで占うところだった。
少ししたらランスロットとスピアがやって来た。
またあの美味しいサンドイッチを持って来てくれて、みんなで楽しく夕食を食べた。
◇
あれ、なんでベッドに。
いつの間に寝たのかしら。
昨日は本当に疲れ果てた。
食後のお茶で談笑していたあたりから記憶がない。
気がついたら朝になっていて、ベッドで目が覚めた。
こんな充実した一日を過ごしたのは初めてかもしれない。
占い魔法の勉強で書庫に閉じこもっていたころも、気がついたら時間が過ぎていた。
でも、それとはまた違った充実感と達成感が心を満たす。
ハンナとアンディと朝食をとっていると、もうお客がやってきた。
昨日の夜に来たハンナの後輩だ。
知り合いということでハンナが対応してくれる。
「あなたは確かに今日が非番だけど、ミレーユ様はまだ朝食中です。さすがに朝早く来すぎですよ」
「でも最近、彼の様子が変で」
少ない量の朝食なのですぐに終わらせて彼女の案件に対応する。
それから夕方までひっきりなしにお客がきた。
酷いと待ちが何人も重なるほど。
占い魔法を絶えず発動して常に空腹。
もらったお菓子を食べながら飢えをしのいだ。
お客の侍女たちは平民出身で決して裕福ではない。
それに占い結果がよい場合ばかりでもなく、ミレーユはお金をもらいにくかった。
そこで対価は生活用品とした。
始めの数日に渡されたお礼の品は、ブラシやハンカチなどの実用的な小物だった。
品物は恋占いの返礼に相応しい、女性向けの可愛らしい品ばかり。
占いをするたびに塔の中が賑やかになって行く。
ところが数日で状況が変わる。
なんと王族の身の回りを世話する高位侍女から訪問の先ぶれがあったのだ。
高位侍女は貴族出身。
訪問予定日に自分のハウスメイドを連れだってやって来た。
「ふーん。簡素な部屋だけど雰囲気はあるわね。でも街はずれだから相談中が不安だわ」
スピアからもらった木の棒とロープでも扉を固定できる。
だけど開け閉めが不便で夜しか使っていない。
「ど、どうしたらいいですか?」
「扉に鍵くらい付けなさいよ」
塔の扉に鍵が取り付けられた。
もちろん費用はそのお客もち。
これで都度鍵を掛けられて便利になった。
貴族がお客の場合、見栄があるのでほかの相談者の返礼品を気にする。
そのため高位侍女たちのお礼の品は次第に高価になっていく。
高級茶葉や手の込んだお菓子がそのうち香水や化粧品、アクセサリーに変化。
お古でよければと令嬢向けの室内着まで渡された。
身の回りの用品が整い、ミレーユの身なりも変わっていく。
さらにはフロアにカーペット、壁の明り取りにはカーテンまで取り付けられる。
いつのまにか家具と装飾品に囲まれていた。
すべて恋の占い魔法に対する返礼品。
とうとう石壁の武骨さ以外は、貴族令嬢の部屋のようになった。




