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その四十

 南側の水たまりは、恋愛運アップの方角。

 そこに桶を逆さに置いて、北側でむしった毒ピンクと一年間着て汚れたピンクのドレスやヒールを載せている。


「ミレーユ様。これも動かしては駄目なんですよね」

「ぜひこのままで。こうしてピンクの物でフロア内の恋愛運を高めているのです」

「恋愛運を高めて? つまりここは恋愛運の聖域なのですね!」


 一層気合の入ったシャルロッテが桶のあった場所にレンガを積む。

 レンガの台ができて毒ピンクやピンクのドレスが置けるようになった。

 その周囲の水たまりをさらにレンガで囲む。小さな室内池のようになった。


「ねえ、お姉ちゃん。魚入れてもいいかな」

「メダカを入れたら可愛いですね」


「もし水漏れしたら、石灰で目地を塞いでくださいね」

「いろいろありがとうございます。でも大工仕事まで詳しいだなんて」

「宛てもなくこちらへ亡命してきて、いろいろできるようになったんです」


 譲られた廃屋を自分で補修したらしい。

 彼女も同じ貴族のお嬢様として育っているはず。

 技術も助けもない状況で、相当な苦労をしたのは間違いない。


「もっとお役に立ちたいのですけど、明日はもうお義兄様と隣国へ出発なんです」


 再会して二日で出国。

 急だけど、それだけふたりの想いは強いのだろう。


「ミレーユ様。『運命』を教えていただいた御恩、一生忘れません」

「こちらこそ、沢山気遣っていただいて、ありがとうございました」


 最後に手紙のやり取りを約束して別れた。

 この塔に郵便が届くかは分からないけど。


 彼女を見送ったあとで、途中から緊張せず話せたのに気づいた。


 短い付き合いでしたのに、緊張しなくなったのは同じ元貴族令嬢だからかしら?


 人見知りが少しマシになったのかもしれない。

 それならきっと彼女のお陰だと、改めてシャルロッテに感謝した。

 夜になり、ハンナとアンディと楽しい夕食を過ごす。

 アンディが得意そうに掃除や室内花壇造りの話をして盛り上がった。


 ふたりが帰ったあと、あらためて一階フロアを見渡す。


 ここがわたくしの部屋だなんて信じられません。


 砂や小石がない綺麗な床。

 鮮やかなピンクに白い水玉の毒ピンクだって、レンガで室内花壇のようにすれば可愛らしい植物に見えてくる。


 砂とほこりで汚れていた南側の水たまりも、レンガで囲われると小さな室内池みたいだ。

 その室内池の真ん中のレンガ台には、ピンクのドレスやヒールが祀られるように置かれている。


 何もない空間だったのが噓みたい。


 感慨にふけっていると、ランスロットやスピアが珍しく一階の扉からやって来た。

 なんとベッドを持って来たではないか。


 人間に変身したランスロットがスピアと協力してベッドを運び入れてくれる。

 お手洗いと反対の壁際、クモリーナの巣の下に置いてもらった。


「ベッド! ベッド! ベッドです!」


 はしゃいでガラにもなくぴょんぴょん跳ねると、ランスロットが笑顔になる。


「実は昼間に少しずつ作っていた」

「これを作ったんですか⁉」


「ああ、スピアと一緒に」

「嬉しいです!」


 驚いて声をあげるとスピアが得意そうにする。


「木を切ったり材木にしたりは俺、細かい加工と組み立てはランスだな」


 家具職人の精巧さはないがしっかりした造り。

 手の触れるところは滑らかに仕上げられて、使う人への気遣いが感じられた。

 ベッドの寝台面を撫でていたら、いろんな思いが込み上げてくる。

 これでもう石の床に寝ないで済むのだ。


「う、うう。ありがとうございます。ありがとうございます」


 目の前のランスロットがにじんだ。


「喜んでもらえてよかった」


 彼が嬉しそうに目をつむる。

 スピアが続けて自立用の足が付いた扉のようなものを運び入れる。


「じゃーん」

「それって衝立ですか!」

「ランスがさ、占いで来た人にベッドを見られたら嫌だろうって」


 壁の増築は無理でも、衝立で仕切れるだけで十分ありがたい。


「今日は素敵なことが、うう、ありすぎです」


 みんなの優しさが嬉しくてたまらない。

 とうとう我慢できず涙がぽろぽろこぼれた。

 ランスロットが近くに来てくれる。


「ミレーユ、大丈夫か」


 ハンカチで目元を拭いてくれた。

 一方のスピアはおろおろしながらも頭を撫でてくれる。


「よしよし、ほら元気出して。困ったな。泣かせちまった」


 彼らの慰めが嬉しくて余計に感情が高ぶる。


「ランスロット様、スピア様。本当にありがとうございます」


 しばらく涙が止まらなかった。

 おふたりに泣き顔を見せてしまって。

 たぶん目が腫れています。


 恥ずかしくて下を向いたままそっと彼らを見る。

 すると、ふたりと目が合って視線を逸らされてしまった。


 そろそろランスロットの変身が戻るので三人で屋上へ上がる。


「もう変身が解ける。スピア帰ろうか」

「いや俺はしばらくミレーユと居たいかな」


 居残ろうとしたスピアの肩へランスロットが手を掛ける。


「今日は帰ろう」

「だってこんなに可愛いんだぜ? 一緒に寝たいだろ」


「ふたりで過ごすなんて駄目だ」

「なんでだよ。ランスはこの前ミレーユと朝まで過ごしただろ」


 反論するスピアの横をすり抜けて、ランスロットが目の前に立つ。

 またハンカチを目元に当ててくれた。


 拭いて欲しくて上を向く。

 すると彼と目が合ってばちっと音がした。

 すぐに視線が絡み合ってそのまま互いの心が溶けて混ざっていく。

 視線を交わしたのは一瞬なのに、濃密で刺激的で特別な瞬間に感じた。


「赤い目に白い肌。白ウサギみたいだな」

「もう、殿下が泣かせるからです」


 ランスロットが後ろを向く。


「なあ、スピア。今日は私たちが作ったベッドでゆっくり寝かせてあげよう」


 発言と同時にランスロットから光が放たれて白い飛竜に戻る。


「ご、ごめんなさい。それって、わ、わたくしが泣き顔だからですよね」


 それを聞いてスピアがハッと表情を変える。


「あ、そうか! そうだな。悪い悪い、俺も帰るよ」


 スピアも泣き腫らした顔を気遣ってくれたようだ。


「今日はゆっくりベッドで休むといい」

「ミレーユ、いい夢みてね!」


 ふたりが飛び立つのを手を振って送り出す。

 見えなくなるまで手を振ってから、いそいそと一階に下りる。

 ベッドの寝台に布を何枚も敷いて、幸せいっぱいで眠りについた。



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