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その四

 しゃがんでピンクのキノコを眺めていたら、華やかな香りがするのに気づく。


「まるでバラみたい!」


 いくらいい香りがしても見た目が怪しすぎる。

 気持ちが悪くて触るのを躊躇したが、ついに覚悟を決めて手を伸ばす。

 頼れるのが、もうこのキノコしかなかったから。


「べ、別に食べる訳じゃありませんし」


 どんなに空腹でもこのキノコだけは食べないでおこう、そう思いながらひとつ取って魔法陣が示した南の壁際の水たまりへ置く。


 まったく何もないこの塔で、運気上昇のアイテムがあったことが奇跡に思えた。

 でもキノコを置いた南の壁際は太陽が当たって温まる。

 床には水が溜まってびしょびしょでキノコの生育環境に合っていない。

 北の壁際から土ごとキノコを動かして南側に置いても長くもたないだろう。


「唯一の希望ですもの。一日でも長く続けなければ」


 その日からこのピンクで白い水玉模様のキノコを毒ピンクと名付けて世話を焼いた。

 塔の扉を開けて外に手を伸ばし、夕食のスプーンで外の土を掘る。

 それを北壁の毒ピンクの周りに盛って仲間が生える場所を増やしていく。

 キノコは適度な湿り気を好むはずなので、雨水を食器で確保して土や壁を適度に濡らして湿気を保つ。

 そうして北の壁際で毒ピンクの数を増やしては、一本むしって恋愛運が上昇する南側の壁際へ置く。


 それ以外はやることがない。

 時間だけはあるので、魔力がある限り占い魔法を使って運勢上昇の可能性を探る。

 一階の扉を開けて手を伸ばし、落ち葉や小石、コケや土を拾って占い魔法でアレコレ試したけど役には立たなかった。


 運気の向上と笑顔は関係が深い。

 毒ピンクの運勢向上方法とは違う国、東国で幸福を招くとされる風習も試してみる。

 日々変わる吉方位を毎日占って、その方角へ向いてひと笑いするのだ。

 心を殺した微笑みなので、目はたぶん笑っていないかな。


 ほかには毎夜月へ祈りを捧げた。

 月の女神は愛をつかさどる。

 ゆえに月の光は女神からの慈愛であり、その下で好きな人を想って祈れば恋愛運に良い影響を及ぼすらしい。

 よく美女と月が一緒に描かれるのはそういった理由からだ。

 体形のこともあって恋愛なんかずっと前から諦めている。

 好きな人を想うもなにも、好きな人なんていない訳で。


「男性はランスロット殿下しか知らないし」


 元婚約者を想いたくないので選択の余地はない。


「ま、まあ、思うだけなら自由ですよね」


 王子を想って月に祈る。

 まるで片想いをする乙女のように。

 実際はロマンチックからほど遠く、餓死の未来を回避するためだけど。


 さらに屋上で朝日と夕日を見るのを日課にした。

 莫大なエネルギーを持つ太陽は万物にエネルギーを与える運気の塊。

 中でも朝日を浴びれば秘めたる運気の上昇を後押しするといわれ、夕日を浴びれば運気の低下を防ぐといわれる。

 日の出と日没は運気への影響だけでなく、変化のない日常に生きている実感をくれた。


 そんな日々を過ごす。

 運気上昇のため考えられることはすべてした。

 いつか上昇した運勢が現状を変えてくれると信じて。


――そして一年の月日が流れる。


 ミレーユは十八才になった。

 本来ならば結婚する年だが、婚約者からは幽閉の決定と同時に婚約を破棄されている。

 というか、いつまで餓死せずに生きられるかも不明なのに結婚もへったくれもない。

 人見知りのお陰で塔でのひとり暮らしにもなんとか耐えられている。


 物がないせいで運勢上昇の取り組みには苦労した。

 結局できたことは数えるほど。

 でも、北の壁の隅に生えていた毒ピンクを南側へ置くこと、日々変わる吉方位を占い魔法で調べて微笑むことは毎日続けられた。ランスロットを想って月に祈ること、朝日と夕日を浴びることは月と太陽が見えるときだけ。


 夕方になり、侍女が塔へ食事を持って来てくれる。


「い、いつもありがとうございます」

「……」


 返事をしないけど会釈だけは返してくれる。

 それで誰かと繋がっていると思えた。

 侍女が帰ってから光魔石を灯し、石の床に座ってひとりの夕食をぼそぼそ食べる。

 いつもと同じ硬い小さな丸パンと具のないスープをゆっくり食べ終えた。

 ゆっくりなのは、少しの量でも食べた気になれるように。


 少ない食事に慣れて胃はすっかり小さくなった。

 まん丸に太っていた体は信じられないほどに痩せている。

 骨と皮ばかりであばらが浮き出て、あれだけあった贅肉は影も形もなくなった。

 腰回りなどは細身の人がさらにコルセットを締めたくらいに細い。

 お陰で薄ピンクのドレスは布が余ってぶかぶか。

 なので、だぶついた布を両横に寄せて、左右二か所で結んでいる。


 呪いで銀色に変わってしまった髪は、切ることができずに腰まで伸びた。

 身なりが汚れているのは着替えがないから。

 気味悪かった大蜘蛛にも親しみが湧いた。


「もう明かりを消しますね。クモリーナ」


 すっかり夜もふけて、冷たい石の床で眠りにつこうとしたときだった。


――コンコン。

 ノックの音が聞こえた。


「侍女でしょうか」


 この塔への訪問者は一年の間ずっと、同じ侍女が朝夕に来るだけ。


「もう食事は受け取ったのですけど。何かしら」


 その侍女も食事を運ぶ以外でここを訪れたことはない。いつもとは違う些細な出来事に胸を躍らせながら扉を開ける。


 これが運命の瞬間だった。

 永遠に続くと思われた孤独が突然に破られる。

 なんと、外に男性が立っていたのだ。


 え、何⁉ 男性⁉ だ、誰⁉


 男性は銀髪で銀の鎧を着けていて綺麗な玉のついた首飾りをしている。

 背は高く肩幅が広い。

 けれど体の線は細くてスタイルがいい。

 大人びた、それでいて澄んだ声で挨拶される。


「こんばんは」

「え、あ、あ……」


 てっきり侍女かと思って扉を開けたので驚いて反応できない。

 目の前の男性をあらためて見ると、顔立ちが端正で貴族のような品がある。

 この国に珍しい銀髪は艶やかで、金色の瞳を見ていると吸い込まれそうだ。


 似ている! ランスロット様に!


 ランスロット・ハーレイ。

 一年前のあの戦争までは交流のあった隣国の王子。

 ミレーユの家は元々隣国の公爵家から嫁いできた家系。

 隣国との関係はいまだに深くて、数年に一度は王族との社交もあったほど。

 ミレーユのヴァイアント家がこちらの国の家臣という立場から、両国の橋渡し役を担ってきた。

 数年に一度、彼女は後継者として父親に連れ出され、隣国との交流会に出席させられた。そのときに隣国の王子ランスロットと何度か会っている。


 ランスロット王子の髪色は、呪われる前のミレーユと同じ綺麗な金髪だった。

 でも目の前の青年は銀髪だ。

 よく似ているけど金髪ではありません。

 殿下とは別人です。


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