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その三十六

「あの、コックの青年に妹はいますか?」

「はい。最近、妹さんへ買うプレゼントのことで相談を受けました。うふふ、一緒に買いに行ったらデートみたいになってしまって。プレゼントは結構高い物を選んでましたよ」


「ま、まさか、血の繋がった兄妹ですか?」

「ええ。ふたつ下と言ってました。なんでです?」


 ロッテが彼と買い物をしたと笑顔で語ったあと、不思議そうにのぞき込んでくる。


 気まずい。

 もう結果を言うの、やめてしまいたい。


 ミレーユはただの占い魔法オタク。

 占いの魔導書ばかり読んでいた人見知りの引きこもり。

 初対面の相手に悪い話を上手く伝えるなんてできない。


「え、えと、あの、何でもないです」

「もしや悪い結果なんですか?」


「こ、恋は努力次第だと思うので」

「ハッキリ言ってくださいませ。まだ彼を好きになる前なので平気ですから」


 よくない結果を感じ取ったのか、ロッテが占い魔法の結果を求めてくる。

 会話が下手なミレーユには、もうこれ以上誤魔化せなかった。


「その、彼が好きなのは……妹です」

「え、妹? 確かに妹は大切だと言ってましたけど」


「違うのです。兄妹として大事とかではなく、彼の恋愛対象が妹なのです」

「え? ええ⁉ それって妹が好きってことですか⁉」


「その妹も彼のことを好きです」

「そんな!」


 ロッテにとってコックの青年は、一緒の職場でよく相談を受ける仲の良い相手。

 ときには好意と思える言動もあっただろう。

 だけどそれはロッテを恋愛対象とした会話ではなかった。

 照れて話す様子も大好きな妹を想って相談しただけ。

 しかも相手の妹も兄のことが好きときた。

 もしロッテが彼を振り向かせても、義理の妹との関係は最悪のどろどろになるだろう。


「ふ、普通の幸せすら得られないなんて。う、うう」


 悪い結果ばかりで、ロッテがとうとう泣きだしてしまった。

 ハンナが寄り添って慰めながらミレーユへ訴える。


「ミレーユ様。たぶんですけど、ロッテの恋愛運は悪くないと思います!」

「そ、そうですね。お相手はこのふたりだけではないですもの」


「実は彼女って人気者なのですよ!」

「わ、分かります。とても可愛いですし」


 ハンナと必死にフォローする。

 占い魔法で稼ぐなんて人見知りには甘くなかった。

 ただ占うだけでなく、相談相手へのフォローまで必要なのだから。

 泣いていたロッテが急に顔を上げる。


「では、サービスで私の恋愛運を占ってくださいませ!」


 泣きはらしたロッテが半ばやけっぱちで頼んでくる。


「え、あ、もちろんです」


 次に変な結果が出たらどうしようかと迷ったが、この雰囲気で断れる訳もなく。

 別の紙に恋愛運を視るための魔法陣を描く。

 同じように乗せたペンがくるくる回って結果が出た。


「ミレーユ様、なんてでました?」

「えーと、うん大丈夫」


 ほっとした。

 心配とは反対にとても良い占い結果である。

 嘘を言わなくていい。

 もうそれだけでミレーユの気持ちは軽くなった。


「まず、現在の恋愛運は停滞中、です」

「それは分かっていますから!」


 ロッテが顔を手で覆う。

 結果がそれだけなら伝えなかっただろう。


「ただし、ある行動を起こせば激変します。最低の運勢が一気に最高になるでしょう」

「ある行動ってなんです?」


 彼女が顔から手をずらしてミレーユをみつめ、次の言葉を待っている。


「示された言葉は外交、給仕、夜です。近々、外国の来賓と夜会がありますか?」

「明日、お城でありますけど」


「そ、それです! その夜会で絶対に給仕をしてください!」

「給仕をですか? でも私の持ち場は厨房の洗い場なんです」


 希望をにじませたロッテの顔がまた曇って、やっぱり駄目だと首を横に振る。


「それにただの侍女が給仕したところで何も起こらないですよ」

「ロッテさん、よく聞いてください。言葉がもうひとつ示されています。こと恋愛なら絶対に必勝の、最高の言葉が」

「……なんて言葉です?」


 最後にペン先が示した言葉、それは。


「『運命』です!」


 ミレーユが自信を持って告げた『運命』という言葉に、ロッテもハンナもアンディさえもつばを飲んだ。


 『運命』という言葉は悪い場合にも使われる。

 だがこと恋愛だと事情が違う。

 恋愛運を視たときに限れば、この言葉はたくさんの吉兆を示す奇跡の言葉に変わるのだ。


「あなたは給仕の最中に『運命』の相手に出会います」

「でも私は洗い場担当ですし。それに貴族の給仕をしても侍女の私にはなにも」


 するとハンナが彼女の肩に触れる。


「大丈夫、ミレーユ様を信じて。明日は私と持ち場を変わりましょう。ロッテ、給仕をお願いできますか?」

「ハンナさん! でもいいんですか?」


 絶望一色だったロッテの表情に希望が満ちてきた。

 ミレーユが彼女両手を握る。


「ロッテさん、頑張って!」

「私、本当に上手くいきますか?」


「大丈夫、笑顔が幸運を呼び込みます。さあ、帰って明日に備えてください」

「あの、占い魔法のお代は?」


「お金はその、結果がよかったらでいいです」

「ではせめて、このペンと紙を次の占い魔法で使ってくださいませ」


 ロッテは明日に向けて自身に磨きをかけるため、急いで帰っていった。

 塔を離れる彼女を三人で見送ったあと、ハンナがため息を吐く。


「ミレーユ様。これじゃお金は貯まりませんよ」

「だって彼女、結果が駄目で落ち込んでいましたから」

「お姉ちゃんって優しいね」


 アンディが嬉しそうに笑った。

 でも本音は、ただお金をもらいにくかっただけ。

 依頼部分の占い結果は散々。

 なのに代金を請求するなど、後味が悪くてミレーユにはとてもできない。


「それに占い魔法の結果にも責任を持ちたいので」

「よほどいい結果でないと、わざわざ支払いには来ないと思いますよ」


 ハンナに諭されたけど、ロッテにいい結果が出ればそれで充分だと思うようにした。



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