その三十三
スピアが人間になる呪いにかかったのは一年前。
今日まで番になる女性は見つからなかったのだろうか。
「あ、あの、いままでいい女性はいなかったのですか?」
彼は控えめに言っても格好いい。
ランスロットも相当に素敵だけど、スピアの場合は雰囲気が違う。
笑顔の魅力が凄いのだ。
明るくてさわやかで、一緒にいるだけで幸せな気持ちにさせてくれる。
そんなスピアがこれまで人間の姿でいて、パートナーになる女性が見つからないとは思えない。
「いい女性はたくさんいたよ。でもまあランスが飛竜のままだしさ」
「で、殿下が飛竜になってしまったから、お嫁さん探しを、その、控えていたってことですか?」
「ほら、親友が困ってるのにそれどころじゃないだろ?」
「それなら、い、いまも状況は変わっていませんよ?」
ランスロットは呪いで飛竜のままだし、スピアだって呪いで人間の姿だ。
「ランスがミレーユにアプローチしただろ。だから俺も気を遣わずに番探しを再開する。俺だってミレーユのことを優しくていいなって思ってるんだ」
「ア、アプローチって……」
たぶん抱きしめられたことを誤解している。
あれは勝手に寂しくなって泣いたのをランスロットが慰めてくれただけ。
泣いている女性に優しくするのは紳士として普通。
好きとかではないと思う。
もちろん好意を抱かれたら嬉しい。
相手はランスロット殿下ですもの。
でもそれはないと思う。
だってこれまで男性に好意を抱かれたことなんて、ただの一度もないのだから。
いくら恋愛運が最大でも自身の恋愛経験はゼロのまま。
当然自信もないしマイナス方向でしか考えられない。
「それでさ、ミレーユ。俺の番になってくれない?」
「……え? あ、ごめんなさい。いまなんて?」
慌てて聞き返す。
男性に好かれるなんて夢のまた夢だった。
なのに、恋愛運の上昇でありえる話になっている。
それが心をフワフワさせて、スピアの言葉を聞き逃してしまった。
正面の彼はさっきより真剣な顔になると、なんとテーブルの上で手を握ってくる。
「わわわ、手、手を握って――」
「ミレーユ、俺の番になってくれ」
「え? つ、番⁉ えと、あの……冗談ですよね?」
番とは飛竜にとって生涯の相手。
だから「番になってくれ」は結婚の申し込みでありプロポーズのはず。
いくらテーブルと椅子を配置した流れでふざけるにしても、冗談の範疇を超えている気が。
「冗談じゃなく本気だ」
スピアが手を握ったままじっと目を見つめてくる。
いつも通りの微笑みだけど、冗談じゃないのが伝わってきた。
ほ、本気って⁉
本気のプロポーズなのですか⁉
予想も覚悟もない中でいきなりの告白。
貴族同士の婚約だって家柄や利益で検討するので、会いもせずにいきなりの申し入れもある。
けど今回のそれはまったく違う。
スピアはこれまでいろいろ助けてくれて、優しくしてくれた見知った仲。
そんな人から手を握られ正面から見つめられてプロポーズされたのだ。
スピア様はいい人、いえ、いい飛竜。
こんな素敵な相手に結婚を申し込まれるなんて!
生まれて初めて男性から好意を口にされてすっかり舞い上がった。
人見知りで知り合いはおらず。
社交デビューしても太っていて男性には相手にされず。
婚約者にも邪険にされて、およそ恋愛とは縁遠い人生だった。
そんな自分がプロポーズをされたのだから。
「ミレーユ?」
「あの、スピア様。わたくしはいま、塔に幽閉されて出られないのですよ。そ、それなのに結婚だなんて」
スピアには伝えていない。
ミレーユが視た、結婚相手に塔から連れ出されるという未来視の結果を。
だから彼からしたら彼女は塔を出られない相手。
それなのにスピアは結婚を申し入れたのだ。
「ミレーユも俺もランスも、きっとそのうち呪いは解けると思ってる。でも」
「でも?」
「でもたとえミレーユが塔から出られなくても、呪いがあろうとなかろうと、俺は君と番になりたい」
「の、呪いがあろうとなかろうと?」
「優しいミレーユが番なら最高だからな」
貴族として生きた昔のミレーユなら種族の壁に大きく戸惑うだろう。
だけど、もう貴族として振舞う必要もない。
まして結婚を家柄や損得で考えなくていい。
それに未来視の自分は好きな相手と結ばれていた。
だから心のままに決めればいい。
迷わなくていい。
好きになった人が結婚する相手なのだ。
「わ、わわわ、わたくしにはまだ好きな人はいません」
「そうなの?」
「で、でも結婚は好きな人としたいのです。スピア様を好きになったら、えーとそのときに結婚するのでもいいですか?」
「好きになったらか。そりゃそうだな。よし、じゃあ、ミレーユが俺を好きになったら番になろう」
スピアは「待ってるよ」と言葉を足してから手を離した。
予想しない出来事に気持ちがふわふわする。
そのまま席を立って、ランスロットの待つ屋上へと石階段を上がった。
「遅かったな」
屋上に顔を出すと白い飛竜の顔がこちらを覗く。
なんとなく気まずく感じて彼から目を逸らした。
「ああ、ランス。俺が番を探してるってこと、ミレーユに話したよ」
「まさかお前、ミレーユに夫婦になろうと言ったのか⁉」
「夫婦じゃなくて番な」
それを聞いたランスロットがなぜか慌てた。
「そ、それで返事はどうなんだ?」
「ま、これからかな。な、ミレーユ?」
「え、あ、はい。これからですね」
「おい、これからとは一体どういうことだ」
スピアとの問題なのになぜかランスロットがとても気にした。
その様子を見たスピアがにんまりする。
「あいつが先に抜け駆けしたんだ。だから遠慮はしない」
そうつぶやく彼の横顔が少し楽しそうに見えた。




