その三十二
一年間、ミレーユはまったく何もない塔で過ごした。
家具が置かれるのは大事件だ。
借り物のテーブルと椅子ではあるが、がらんどうの空間が部屋らしくなるだけで嬉しくなる。
「いますぐ行きましょう!」
「位置や向きの希望を言ってくれ。それとランス、もう俺が人間と会う目的を彼女に言うからな」
「ま、待てスピア」
制止を無視してスピアが下りて行く。
日付が変わってできるようになったランスロットの一日一度の変身は、さっき終わってしまった。
飛竜のままではどうやっても塔の中には入れない。
「殿下は屋上で待っていてくださいね」
丁寧に断ってから慌ててスピアのあとを追う。
少し申し訳ないですが、このまま屋上で待ってもらうしかありません。
だけど殿下もテーブルと椅子の配置が気になるのかしら。
白い飛竜姿のランスロットがわずかに焦ったように見えた。
石階段を下りて一階のフロアに到着する。
急いで扉のロープを解いた。
「壊れた石灯篭の残骸は邪魔だから外に出すぞ。いいよな?」
「ええ」
スピアが石灯籠の残骸を外に出して、机と椅子を運び入れてくれる。
石壁の明り取りの隙間から薄っすらと月明かりが入って、塔の真ん中に置かれたテーブルと四脚の椅子が照らされた。
テーブルの上に光魔石を置いて魔力を注ぐ。
「わあ」
思わず両手を合わせて感嘆を漏らした。
テーブルと椅子は木製で簡素なものだ。
ハンナには悪いがお世辞にも高価なものとは言えない。
それでも何もなかった空間に家具が置かれたのである。
「こ、これなら占いだけでなく食事も楽しくなりそうですね」
早速奥側の椅子に座ってみる。
いまは何も置かれていないテーブルに魔法陣の紙があるのを空想したら、なんだか楽しくなってきた。
すると向かいの席にスピアが座る。
「先生、実は占って欲しいことがあるんだ!」
彼がテンション高めで話を振ってきた。
客を演じてミレーユを喜ばそうとしてくれているのだ。
スピアは本当に心優しい。
「うふふ、先生だなんて! でも先生は大仰です。名前で呼んで欲しいかな」
「じゃあ、ミレーユ。占って欲しいことがあるんだ」
「何を占いましょう」
まだ魔法陣の紙がないし、小石でテーブルを汚したくはないので何も占えない。
それはスピアも分かっているようで、話だけ合わせてくれる。
「俺の運命の相手だ」
「え⁉ 運命の相手⁉ も、もしや結婚相手ですか?」
逞しい体つきのスピアから結婚という言葉が出て驚いた。
いくら占いごっこで客を演じるにしても結婚相談だなんて意外だ。
「結婚というか、俺の場合は飛竜だから番って言い方になるかな」
「つ、番! え、えーと、その番の相手って女性の飛竜ってことですよね?」
子孫を残すのだ。
当然同種だろうと思って聞いたが違った。
「飛竜にメスはいないんだ。オスしかいない」
「オ、オスしかいない? 飛竜ってオスしかいないんですか! ……ま、まさか番の相手ってオスなの⁉」
なんだか話がおかしな方向にいきかけたが、スピアが激しく首を横に振る。
「違う違う! オスとか勘弁してくれ。もちろん相手は女性だ」
「女性ってメスですか? でも飛竜にメスはいないって」
スピアは困惑するミレーユの目をなぜかじっと見る。
いつもほがらかな彼が急にまじめな顔で見つめてくるのでドキッとした。
「飛竜は人間の女性を娶って番にするんだ」
「うそ」
あまりに衝撃的な話で次の言葉が出ない。
祓占術以外に興味がなくてそんなこと知らなかった。
これまでずっと飛竜が人間の女性を娶っているなら、番の話は割と知られていることなのかもしれない。
「ほら、俺って里長だし、そろそろ後継者が欲しいんだ。それで番になる女性を見つけたいから、まだしばらく人間の姿でいいかなって」
「……番になる女性」
確かに飛竜が人間のお嫁さんを探すなら、人の姿じゃなきゃ話が進まないだろう。
彼のことだって、性格がよくて頼りになるだけじゃなく、このさわやかな見た目だから素敵で格好いいと思うのだ。
終始飛竜の姿じゃいくら何でも異性として意識するのは難しい。
ランスロットだって、たまにああして人の姿で優しくしてくるからドキドキさせられるのだし。
「この宝玉だって、本来は番と同じ姿で過ごすための道具だぜ」
「あの、ちょっと質問です」
「何?」
「飛竜って人間に変身すると、えとその、みんな男前だったり……します?」
「うーん。他の奴が男前かなんて気にしたことがないな。だけどさ」
彼が屈託のない笑みを浮かべる。
「番が見つからない奴はいままでいないらしいぜ」
やはりそうだ。
飛竜のオスはみんな男前なのだ。
正面に座るさわやかな男性を前にして、なるほどねと納得した。




