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その三十一

 光が収まってすらっとした銀髪の王子が現れる。

 彼がミレーユのそばへ駆け寄った。


「我慢するな。どこが痛むんだ⁉」

「ち、違うんです。ただ以前のようには耐えられないと」


「耐えられない?」

「みなさんが急にいなくなったのが寂しくて。あ、いえ、すぐに戻ってくると分かっていました。でも暗い中にひとりでいたら、急に寂しさが押し寄せて涙が勝手に……」


 説明していてまた涙が溢れた。


「もう大丈夫だから」


 穏やかな声とともに彼がふわりと抱きしめてくれる。


 寂しさで冷えた心が包まれて、じんわり温められていく。

 誰かがそばにいてくれて助かった。

 されるがままに抱きしめられて、優しさに甘えるように彼の胸に顔をうずめて。


 落ち着くまでランスロットが優しく抱きしめてくれた。

 冷えていた心が温まって、ミレーユはようやく今の状況を考えられるようになる。


 えーと……あ。こ、ここここれって、だ、だ、男性に抱きしめられています!


 よく考えると、人の姿に戻ったランスロットの胸に顔をうずめているのだ。

 男性から抱きしめられるなんて当然初めて。

 あり得ないことが起こっている。

 してはいけないことをしている気がして、緊張しながら見上げると彼と目が合った。


「ひとりじゃない。私がそばにいる」


 ランスロットがじっと見つめてくる。


 返事の代わりに見つめ返すと、彼の腕に少し力がこもった気がした。

 こちらの視線に彼の視線が絡み合う。


 特別な意味じゃないと思う。

 だって寂しくて泣いたのを慰める言葉だから。

 だけど彼の金色の瞳からは優しさ以上の何かが伝わってきて。

 そのせいで鼓動がどんどん早くなる。


 ただ慰められているだけ。

 そのはずなのに……なぜ、こんなに胸が苦しいの?

 もしかして……これが、“好き”ってこと?


 そう思った瞬間、顔がかっと熱くなる。

 今、彼の腕の中にいる。

 抱きしめられている。

 そのすべてが甘くて、経験のない感情が不安で。 


 胸が一杯になった感じになり、呼吸をするだけでも苦しい。

 こ、このあとはどうすればいいのかしら。


 何か喋らなきゃいけない気がして、でも何を言ったらいいのかわからない。

 彼の腕から離れるべきか迷った。

 けど優しく包んでくれる腕の中が幸せで離れたくない。


 緊張が最高潮に達して息苦しくなり、ぼーっとしだしたときだった。


「おい! ふたりして何やってんだ!」


 急に声をかけられて、驚いてランスロットの腕から離れる。

 振り返ると上空に赤い飛竜がいた。

 直後、白い閃光が発せられて赤髪の男性が屋上へ降り立つ。


「あ、スピア様」

「こらランス! 変身したらすぐに扉の固定を外してくれって言っただろ!」


 いつも笑顔のスピアが、珍しく呆れた様子でランスロットに不満を言った。

 スピアは怒っているというより不機嫌な感じだ。


「スピア様お帰りなさい。あの、これからテーブルと椅子を塔へ運び入れるのですよね」


 彼の不満はランスロットに向けられたもの。

 でも何だか気まずくて急いで誤魔化した。


 べ、別に悪いことはしていません。

 寂しさで泣いたのを殿下が慰めてくださっただけですもの。


 でも男性と抱き合うなど、貴族として育った娘が人前で見せることではない。

 それになぜかランスロットから受けた優しさを隠しておきたい気がした。

 それで慰めてもらったという事情を説明しなかった。

 ランスロットにも気持ちが伝わったのか、抱きしめていた理由を黙っていてくれる。


「私はテーブルと椅子をハンナの家から塔の下まで運んだ。仕事はしている」

「ずるいのは仕事じゃなくてさ、ミレーユのことだよ」

「わ、わたくしですか?」


 仕事じゃなければスピアは何が不満なのだろう。

 どうしたものかとランスロットを見上げたとき、彼の体から強い光が放たれた。

 そしていつもの白い飛竜が目の前に現れる。

 もう変身から三十分経ってしまったのだ。


「ランスがそうくるなら俺も遠慮なくいかせてもらうぜ」


 スピアが何やら白い飛竜に断りを入れてから手招きしてくる。


「ミレーユ、これから下のフロアにテーブルと椅子を並べる。ちょっと下りて配置を見て欲しいんだけど」

「テーブルと椅子の配置ですか⁉」


 意識していなかったイベントに心が躍った。



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