その三十
食べ終わったところで、占いの塔の計画を話してみる。
「うむ。いいアイデアだ」
白銀の飛竜が感心した様子で喉を鳴らすと、続けてスピアが在宅勤務に必要なものを提案してくれる。
「でもさすがにテーブルがないんじゃ、客も相談しにくいぞ?」
「テーブルだけじゃなく椅子も最低二脚はいるか。魔法陣の紙も欲しい」
スピアに続けてランスロットも丁寧な提案をしてくれるが、迫力のある飛竜姿の彼があれこれ気を回すのでギャップが面白い。
ふたりの提案はその通りだと思う。
だけどテーブルや椅子をどうやって手に入れたらいいのか見当もつかない。
物を手に入れるためにお金を得ようとしているのに、それには物が必要だなんて。
「ミレーユ様、どうぞうちのテーブルと椅子を使ってください」
卵が先か鶏が先かの状況に悩んでいると、横で聞いていたハンナが自宅のテーブルと椅子を使っていいと言ってくれた。
だけど女王の命令違反うんぬん以前に、申し訳なくてそんな要望はできない。
「ハンナ、そ、それは頼めません。だって、自宅での食事に困ってしまいますし」
遠慮しようとすると、アンディが笑顔でミレーユの腕をゆする。
「僕はお昼だけじゃなく朝も夜もお姉ちゃんと一緒に食べたい。お母さんもここで一緒に食べればいいよね」
思いもよらぬ提案にハンナを見ると笑顔でうなずかれた。
「朝食も夕食もぜひミレーユ様とご一緒させてください」
あっけに取られているうちにあれよあれよと話が進む。
「よし、善は急げだ。ランスにテーブルと椅子を運んでもらって、俺が一階に並べよう」
「ではハンナたちを乗せて家まで飛ぶ。その帰りにテーブルと椅子を塔の下まで運ぶか」
これから帰宅するハンナとアンディをランスロットが乗せて家まで送り、テーブルと椅子を足で掴んでここへ戻ってくれるという。
「私たちはこのまま帰らせていただきます」
「お姉ちゃん、おやすみ! また明日」
ランスロットの背中にスピアとハンナとアンディが乗り込むと、滑空するように夜空へ飛び立った。
「あの、いってらっしゃいませ」
遠ざかる白い飛竜の背中に声をかけるが、あっという間に小さくなって返事は聞こえなかった。
にぎやかだった塔が急に静かになる。
話し声がなくなると、とたんに屋上を吹き抜ける風がヒューヒュー鳴った。
こんなに強く吹いていたのですね。
吹き抜ける風の音がとても寂しく聞こえる。
屋上は風が強いので塔の中で待とうかと考えた。
だけど、ランスロットが戻ってくるのを出迎えたくてその場で留まることにする。
ここで待つのは殿下のため?
いえ、多分自分が不安だからです。
風の音を聞きながら屋上の床に座っていると、最近よく感じる不安に襲われた。
不安とは知り合いができたのが夢ではないかというもの。
いまの幸せな状況がまぼろしではないかと不安になるのだ。
この塔で過ごした一年の間に夢やまぼろしをたくさん見た。
いっぱいの食べ物、ふかふかのベッド、暖かいお風呂など。
すべて、望んで願って欲した物の夢ばかり。
そんな夢から目が覚めて落胆するのを繰り返す。
そのうちに、夢でもいいから満たされたいと思うようになった。
でも今は違う。
「みんなとの出会いが夢だなんて嫌です」
夢かもしれないと思うほどに、孤独に戻る恐怖を感じた。
銀髪の男性に会いたいと願ったせいで、都合のいい夢を見たのかもしれません。
だって飛竜姿の王子様に出会うなんて、普通じゃありえない状況なのですもの。
すべてが夢かもしれない。
全部が都合のいい妄想で、本当はやはり自分ひとりなのかもと思えてくる。
少し前までは孤独が普通でしたのに。
ひとりが好きなはずでしたのに。
人に優しくされ、ぬくもりに触れたせいかもしれない。
寂しい。
初めて思った。
「嫌、嫌です。ひとりは寂しい」
誰かの存在が心を支えてくれるなんて、一年前には考えられないことだった。
昔は引きこもって過ごすひとりきりの時間が幸せだと思っていた。
でも、いまのミレーユには耐えられない。
人に支えられてようやく誰かと過ごすことの大切さに気づけた。
人はひとりでは生きられないのだと。
「もう、孤独になるのは嫌なんです」
侯爵家のひとり娘なのに社交もせずに家に引きこもって好き勝手した。
どれだけ父親と母親に心配をかけたか。
いくら本人が孤独を平気だと思っても、いっときの子供の感情にすぎなかった。
本当の孤独は耐え難いもの。
それをようやく理解できた。
心配かけてごめんなさい。
母親は修道院にいる。
なんとかして塔から出て修道院へ行って心配かけたと謝りたい。
でも父親に謝ることはもう叶わない。
「お父様、お母様」
屋上に座って両親に思いを馳せる。
孤独と不安と後悔が押し寄せて、屋上でただじっと膝を抱えて過ごした。
一時間で戻ってくると聞いたが、数時間経っても戻ってこない。
やはりもう戻らないかもと絶望しかけたところで、ドスンという振動が響く。
顔を上げると白い飛竜姿のランスロットが目の前に現れた。
やっとハンナの家から戻ってきたようだ。
「遅くなってすまない。テーブルを外へ出すときにぶつけて足が外れたんだ。直すのに時間がかかった」
「そうだったんですね!」
遅れた理由を聞いてほっとしたが、彼は説明の途中で何やら慌てだした。
「ミレーユ、どうした⁉」
「え、あ、殿下」
どうしたと言われて、座って抱えていたスカートが濡れているのに気づく。
知らないうちに両眼からぽたぽたと涙が零れていた。
「な、何があった⁉ 怪我でもしたのか」
「あの、何でもないです」
立ち上がって両手で誤解だと訴えたが、急に白い飛竜からまばゆい光が放たれた。
「え、ランスロット殿下? へ、変身⁉」




