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その三

 太った丸い体を横にかがめて手を突き、後ろへ転がらないようそっと石の床に座る。

 硬い石の床はひんやり冷たい。


「死の呪いは一族相伝の祓占術で解呪できるはず……」


 彼女は解呪の祓い魔法を知っている。

 引きこもりで蓄えた知識は伊達じゃない。


 祓占術は体にまとう思念に干渉する。

 思念は普通本人のものだが、他者の思念がまとわりつく場合もある。

 他者の恨みや妬みがまとわりつけば、怨念と呼ばれて体や精神に影響を受ける。

 その怨念の強いもの、それが呪いだ。


 呪いも思念。

 思念に干渉できる祓占術の祓い魔法なら、強力な他者の呪いを取り去ることもできるはずだ。


「確か、解呪を成功させるには、相手術者よりも高い総合運が必要でした」


 得意の占い魔法で自身の未来を占った結果、視えたのは餓死。

 餓死は占いの結果の中でも最悪な死に方を示す。

 なので、いまの彼女の運勢は最低で間違いない。


 相手術者であるベネディクト女王とは、一体どれくらい運勢に差があるのか。


 亡き王の娘、ベネディクトは、父親である王の崩御で若くして女王になった。

 国の頂点に君臨するのだから、金運や仕事運は誰よりもいいだろう。

 ミレーユより十才年上で子供はおらず弟がいるのみ。

 家族運は高くはなさそうだ。

 ほかに女性であれば見た目も健康運の判断要素といえる。

 その点、彼女は誰もがうらやむほどに美しい。

 目付きは少しきついが、綺麗な顔立ちでスタイルが抜群によい。

 腰などは悪魔に魂を売ったのかと思うくらいに細い。


「それに比べてわたくしときたら……」


 かたやミレーユは、父親を殺されたうえに着の身着のままで塔へ幽閉された。

 財産どころか少しの私物も持っていない。

 体はぽっちゃりを通り越し、風船みたいにまん丸。

 お世辞でも美しいと言われたことなどない。

 これまでで一番の誉め言葉は、社交で隣国のランスロット王子に気遣いで言われた「愛らしい」である。


「女王陛下とわたくしの総合運には、天と地ほどの差があるでしょう」


 いま祓い魔法で解呪に挑んでも、呪いの押し合いに負けて間違いなく失敗する。

 もし解呪に失敗すれば、かけられた死の呪いが強制発動。

 つまり塔から出ずに即死だ。


 悲しい現状を目の当たりにして、心が折れかける。

 未来視は制限のある占い魔法で、一年間に一度しか発動できない。

 だからといってほかの占い魔法で運勢を占っても絶望が増すだけ。


 これ以上気力を失くしては生きていけなくなる。

 もう運勢は占わないと決めた。


 とりあえず今日はもう寝たいが、パジャマどころかベッドもない。

 しかたなしに、薄ピンクのドレスのままでホコリと砂だらけの汚い石の床に横になる。

 夕食が出されず空腹だったが、ストレスによる疲労が酷くてすぐ眠りに落ちた。

 でも少しして体が痛くて目が覚める。

 これを朝まで繰り返した。


 夜明けからしばらくして、侍女が朝食を持ってきてくれる。

 十七才のミレーユより見た目十才年上、二十七才程度の大人の女性だ。

 サラサラした金色の髪でボブヘア、少し痩せている。

 ちゃんとノックしてくれた。


「な、中へどうぞ」

「……」


 侍女は塔の中に入ると朝食がのったトレイを渡してくれた。

 勇気を出して挨拶してみる。


「お、おはようございます。わ、わ、わたくしはミレーユ・ヴァイアントです」

「……」


 返事はなかったが会釈はされた。

 無視という訳ではない。

 ただ口はきいてくれない。

 彼女にいろいろ尋ねたかったけど、すぐに黙って塔から出て行った。


「会話はなくても大丈夫です。もともと人は苦手ですし……別にお話できなくても」


 朝食の献立は具のないスープと固くて小さな丸いパン。

 食べられるだけいいが、これが続けば栄養不足になる。

 がりがりに痩せて餓死する未来の自分の姿が脳裏をよぎった。


「とにかく運勢を上げなければいけません!」


 早速、床の小石を並べ変えて別の魔法陣をつくる。

 運勢占いの魔法ではなく、今日のラッキーアイテムを調べる魔法だ。

 リボンとかブローチとか、日によって違うラッキーアイテムを身に着ければ運勢が上がる。


 得意満面で占い魔法を使ったが何も光らなかった。

 当たり前だ。

 塔には何もないのだから。

 それでようやくいまの魔法がまったくの無駄だと気づいた。


 ラッキーアイテムどころか雑貨がひとつもないのを忘れていた。

 物のない暮らしなどしたことがないので、特別な現状が完全に意識から欠落していた。


「ま、まだ方法はあります!」


 アイテムがなくても運勢を上げる方法はある。

 建物の方角と色だ。

 遠い異国には、建物の方角とそれに適合する色で運勢を上昇させる手法がある。

 組み合わせがあり過ぎてミレーユですらすべては覚えていないが、方角と色は占い魔法で調べることができる。


 どんな運でもいい。

 上がるなら上げたい。

 希望を込めて魔法陣を組み替え、上げたい運勢を特定せずに占い魔法を使用する。

 すると、魔法陣からひとすじの光が伸びて塔の壁際が照らされた。


「よかった! どんな運勢か分からないですけど、この方角に対応する色が塔の中にあるみたい」


 方角はたぶん南。運勢上昇の対象範囲がティーカップほどで凄く狭い。


「占い魔法が切れても分かるように、壁の石で位置をよく覚えておきませんと」


 塔の中では、南の方角とは別で三か所が光り輝いていた。

 この三つの光が幸運色を示し、先ほどの方角に適合する。

 ふたつの光は着ている薄ピンクのドレスと薄ピンクのヒールから発せられている。

 どうやら運勢上昇の色は薄ピンクのようだ。


「南の方角に薄ピンクって、確か恋愛運の上昇でしたよね」


 異国で使われる運勢上昇の方法なので記憶があいまい。

 とにかく示された方角の壁際にこの薄ピンクのドレスや靴があればよい。

 服と靴を脱いであの壁のそばに置くか、着たまま壁際に座るか。

 魔法陣の光が当たる壁際へ行ってみると、照らされた壁から水が浸み出ていた。

 浸み出した水で床に小さな水たまりができている。


「……どうしましょう」


 ドレスは水たまりに置けない。

 替えの服や靴はもらえないだろうから。

 とはいっても、あの場所に座るのは嫌だ。

 濡れている場所に長時間座れば体調を悪くしてしまう。


 一縷の希望を託して、離れたところで輝く最後の光へ近づく。

 光の発生源は北側の壁の下の方。

 壁と床の境目に僅かな土があり、そこに同じキノコがいくつも光っていた。

 どれも傘の部分がド派手なピンクで白い水玉模様のキノコだ。


「食べたら絶対に駄目なやつです」


 自然界では珍しい明るいピンク色で、致死性の猛毒があると直感が告げた。



※占い魔法で素敵な恋愛をしますので、期待を込めてブクマしていただけますと嬉しいです。


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